49:ヴィンセントの過去 8
クロードと別れたヴィンセントは、塔の自室で絵本を投げつけた。
「こんなもの!」
子供向けの可愛らしい絵が描かれたそれは、ヴィンセントには忌々しく思えるだけだった。
「アリシアは、悪の魔女じゃない!」
絵本は、悪の魔女を討った賢者の話だ。
誰がモチーフになっている話か、聞かなくてもわかる。
「俺とアリシアは、こんな関係じゃない!」
この絵本のように、憎み合っていない。
自分は魔女を、アリシアを――
「愛しているのに」
――だけど、殺した。この絵本のように。
ヴィンセントはよろよろと椅子に座る。
その周りには様々な歴史書がある。
今、ヴィンセントは歴史書を管理する仕事に就いている。
ヴィンセント自体、歴史にはあまり興味はない。だけれど、ヴィンセントはせざるを得なかった。
新しく作られる歴史書は、アリシアのことを出鱈目に書くからだ。
情勢的なものがあるのもわかっている。政治的な意図もあることも。しかし、ヴィンセントには我慢できない。
絵本や物語は仕方ない。いや、本音を言うならそちらも正したい。
しかし、クロードが言う通り、それを規制するのは、独裁ととられかねない。
ただでさえ、ラリーアルド帝国が他国を隷属させるように支配していた時代があるのだ。下手なことはできない。
この国は平和にしなければいけない。
アリシアが望んだ通りに、争いのない世界に。
「アリシア」
ヴィンセントは目を瞑ってアリシアの名を呼んだ。そうすると、不思議と近くにいてくれるような気がするのだ。
「せめて、歴史書ぐらい、正しい君であるように」
それが、ヴィンセントができる、唯一のことだ。
幸いヴィンセントは寿命がない。これからもずっと、管理できる。
「アリシア」
アリシアは喜んでくれるだろうか。それとも怒るだろうか。
せめて、もう泣かないでほしい。
「アリシア」
――愛してる。
声に出せず、ヴィンセントは泣いた。