48:ヴィンセントの過去 7
ヴィンセントが怒鳴り込んできた。
「クロード、これは何だ!?」
叩きつけられたのは、大衆に受けている絵本だ。
「絵本ですが」
「そういうことは聞いていない」
そうだろうな、と思いながら、クロードは玉座でため息を吐いた。
「……姉が悪の魔女となっていることですか?」
「そうだ!」
ヴィンセントからしたら不本意なのだろう。絵本はひしゃげている。それを見ながらクロードは王として進言した。
「姉は諸外国から見て、悪の化身なのは間違いありません。いくらこちらが否定しようとも、親から子へ、祝福の魔女の話は受け継がれる」
つまり、どうしようもないということを伝えるも、ヴィンセントは不満げな顔をする。
「アリシア自身は悪いことをしていない」
「そうですね。ですが、諸外国から見たら、そう見えないということですよ」
ヴィンセントは歯噛みした。愛しのアリシアが、悪人となっているのが我慢ならないのだろうと、クロードには容易に想像できた。
クロードからしても、姉が悪役となるのは許しがたい。しかし、これは仕方ないことだ。
「市井の人間の自由を規制する気ですか?」
この国が、帝国から王国になってから、市民の暮らしが変わった。自由に生きられる。それが国民にとって、この国にいる意味になっている。
だから、表現を規制するなど、ありえないことだ。
ヴィンセントは何か言いたげにしながらも、現状がわかっているのだろう。不満を抱えながら、塔に帰って行った。
規制を強制することはできる。だけどそれは――
「父と同じになってしまう」
だから、クロードは避けている。
姉を悪く言われるのが業腹だが、為政者として、耐えなければいけないこともある。
それに――
「このほうが、姉上は探しやすいかもしれませんしね」
クロードは何もない空間に手を伸ばす。まるで、そこに何かがいるかのように。
「姉上」
優しく微笑んで、クロードは姉を呼んだ。
「あなたは、存外ひねくれているから、賢者様が普通に暮らしていたら、会いに行かないでしょう」
それを肯定するかのように、クロードの周りにあった書類が少し浮いた。
「……なら、あなたが少し悪く言われるのも、我慢してくださいね」
クロードは捲れた書類を直しながら、そこにいる姉に言う。
「本当は、賢者様のそばにいたいのでしょう?」
泣きそうな顔でクロードが問えば、ふわりふわりとクロードの髪が舞う。
ああ、本当に。
姉は自分を甘やかすのが上手だ。
「姉上」
クロードは見えない姉に手を伸ばした。
「もう少しで、僕も共にいくので」
だから。
「今度こそ、一緒に生きましょうね」
ふわり、と姉が周りを舞った気配がして、クロードは泣いた。