47:ヴィンセントの過去 6
殺さないと宣言された少年は、きょとんとした顔でヴィンセントを見る。
「僕を、殺さない……?」
確認のために呟いた少年に、ヴィンセントは頷いた。
「お前には生きてもらう」
ヴィンセントは剣を鞘に納めながら言う。少年は、相変わらずきょとんとしている。そんな表情もアリシアに似ているから、ヴィンセントには堪ったものではない。
「俺にお前は殺せない」
ヴィンセントの言葉に、アリシアの弟は小首を傾げた。
「それは、僕が姉に似ているからですか?」
少年の問いにヴィンセントは答えない。それが答えだった。
「あなたは、甘い方ですね」
アリシアの弟がため息を吐いた。
「……お前には、俺の後を継いでほしい」
「それも、姉のためですね」
ヴィンセントは否定しない。
「あなたは、そこまで姉を愛してくれたのですね」
アリシアによく似た、自分を殺せないほどに。
「……君は、アリシアと違って、力を使えない」
「……ええ、そうですね」
「無力な人間は殺さない主義なんだ」
「ええ、あなたは優しい人ですから」
まるでヴィンセントを知っているようにアリシアの弟が言う。一体、先読みの魔女にどこまで聞いたのだろうか。
「俺は、王になる」
「ええ」
「この国は帝国ではなく、王国に変わる」
「……名前は、変えないのですか?」
少年の疑問に、ヴィンセントは首を振った。
「少しでも、残しておきたいんだ」
そこまで言うと、心得たように、少年は頷いた。
「悪の魔女アリシアの真実を、少しでも残したいのですね」
その言葉に、ヴィンセントは答えなかった。それが答えだった。
ヴィンセントは少しでも残したかった。アリシアを。
たとえアリシアが皇女であったことを消されても、この名前が残っていれば、ヴィンセントは彼女の痕跡を感じられる。
愛した、彼女を。
「あなたは、本当に、姉を愛してくれたのですね」
まるで確認するように呟くアリシアの弟に、ヴィンセントは答えない。
「姉の力が、あなたに纏わりついていますね」
ヴィンセントがピクリと反応する。
「わかるのか?」
「ええ、まあ、完全にわかるわけではないのですが」
ヴィンセントの周りの纏うアリシアの『祝福』を触るように、アリシアの弟はヴィンセントに触れない程度に手を差し出す。
彼には、見えているのだろうか。このアリシアの痕跡が。
それなら、どんなに羨ましいことだろうか。
「僕の『祝福』は姉が死んだときになくなりましたが、これは、姉が命を捨ててかけたものですね」
分析するように言われ、ヴィンセントは答えに困窮した。
「これは今までの『祝福』とは違う。あなたが受け入れるまで、永遠について回りますよ」
そんなことは、ヴィンセントだってわかっている。
だからこそ、受け入れないのだ。
「俺は、このままでいい」
ヴィンセントの答えに、アリシアの弟は微笑んだ。
「なるほど。それがあなたの選択ですか」
アリシアの弟が手を降ろした。おそらく、ヴィンセントの考えがわかったのだろう。
「……君には、これから、名前を変えて生きてもらう」
アリシアの弟に告げると、納得したように頷いた。
「そうですね。皇族が生き残っている事実が残るのはまずいでしょう」
少年ながらに、現状が見えているようだ。
この子は、いったいどれだけのものを背負って生きてきたのだろう。
「僕の名前はジャンクロード。ラリーアルド帝国第六皇子」
ここにきて、初めてアリシアの弟は自己紹介をした。
「これからはただのクロードになりましょう。通称ジャンと呼ばれていましたし、長く幽閉されていたので、バレないと思います」
彼は微笑んだ。
「姉だけが呼んでいた、僕の愛称です」