46:ヴィンセントの過去 5
※血表現あり。ご注意ください。
「ああ、ようやく来ましたか」
城の一室にいた少年は、ヴィンセントを見るとほっとしたように微笑んだ。
血みどろのヴィンセントに微笑みかけるなど、正気の沙汰とは思えない。
ヴィンセントは血に濡れた剣先を少年の喉に突き付けた。
「……他の皇族は、全員片を付けた」
「それは何よりです。……もちろん、父の首も取ってくれましたよね?」
確認するように問う少年に、ヴィンセントは頷いた。少年は満足そうに微笑んだ。
「僕と姉の無念を晴らしてくれて、ありがとうございます」
嬉しそうに笑いながら、少年は自分の喉に突き付けられた剣を握りしめる。少年の手から血の玉がポタリポタリと落ちた。
「では僕を殺せば、この血は絶えるということですね」
少年は自分の手が傷塗れになるのも厭わずに、ヴィンセントに微笑んだ。まるで、殺してくれと言っているように。
「僕と姉は地位の低い側室の子でした」
少年は、そこにいない人物を見るように、ヴィンセントから視線を逸らして話し出した。
「僕たちは、国を継ぐに値しない人間でした。いずれ、政略的に利用されたでしょうが、それは、こんな形ではなかった」
剣を握る青年の手に力が入る。
「姉と僕は、もっと一緒にいられたはずだった」
ギリ、と少年が歯を噛み締めた。
実際そうだったのだろう。アリシアが、力に目覚めなければ、年頃になるまで、この姉弟は仲良く過ごせていたことだろう。
すべては、アリシアが力を持ってしまったことから起きた不幸だ。
ヴィンセントは少年を睨みつけた。
「……君は、祝福の魔女の弟だな」
「ええ」
少年は笑う。とても嬉しそうに。
「俺が、アリシアのもとへ行くように手引きしたのは、君だな」
ヴィンセントの問いに、少年は笑みを深くした。
「ええ、僕ですよ」
少年は剣を更に力強く握りしめた。
「先読みの魔女が、姉の未来を、見てくれました」
ヴィンセントは少年から目を離さない。
「未来はいくつか用意されています。普通なら抜け道がある。しかし、姉の場合、どの未来も、殺されるものしかなかった」
ポタリポタリと血が落ちる。
「僕は、姉が嬲り殺されるのは我慢ならなかった」
にこり、と少年が笑う。
アリシアに、よく似た顔で。
「だから、一番姉にとっていい死に方の、あなたを選んだんですよ、ヴィンセント王子」
アリシアによく似た顔で、少年は微笑んでいる。
「僕は、姉に似ていました。この国の兵士は、姉に恩を感じている人間が大半だ。姉によく似た僕がお願いしたら、あなたを招き入れるのは簡単だった」
アリシアの警備はありえないほど手薄だった。誰かが手引きでもしない限り。
「お前は、姉が死ぬとわかっていて、俺を入れたのか」
剣を動かさないままヴィンセントが問う。アリシアの弟は微笑んだ。
「ええ。……それが姉の望みでしたから」
ポタリ、ポタリ、と血が落ちる。アリシアと、同じ血が。
「手を離せ」
ヴィンセントが命じると、少年はあっさり手を離した。
「あなたは、これから英雄になる」
アリシアに似た顔で、少年が言う。
「……それは、そうだろう。俺は、帝国を討った男になる」
「ええ、魔女の弟子のあなたが英雄になる。姉が願っていたことです」
英雄。そんなもの。彼女を犠牲にして得た地位など――
ヴィンセントは剣を握る手に力を入れた。
アリシアによく似た弟は微笑んだ。
「さあ、僕を殺してください」
アリシアの弟が両手を広げ、殺せと言ってくる。
だから、ヴィンセントは――
「断る」