45:向き合う二人
「あら、いじめてるわけじゃないんだから、泣かないでよね」
「泣いていません」
アリシアは顔を覆っていた手を退けた。ひどい顔をしているが、泣いてはいない。ヴァネッサはそれを確認すると、アリシアから再び距離を取った。
「前よりは強くなったみたいね」
「おかげさまで」
昔とは違うのだ。ただ閉じ込められて泣いていたアリシアとは。
「なら、大丈夫でしょう」
ヴァネッサは微笑みながら、不意に顔を横に向けた。アリシアたちが森に入るのに使った道の方だ。アリシアは訝しみながら、そちらを見る。
「隠れているのもそろそろ飽きるでしょう。素直に出てきた方がいいと思うわ」
ヴァネッサの言葉に、木の間から人が出てきた。
ヴィンセントだ。
アリシアは息を飲む。
ヴィンセントは一体どこから――
「全部よ全部」
アリシアの考えを見透かしたように、ヴァネッサが言う。
全部、ということは。
――アリシアが、祝福の魔女だと言うことも、聞いていたということだ。
「最後にアドバイスよ」
ヴァネッサは笑いながらアリシアに近寄った。
「前世の罪悪感だとかは全部捨てなさい。あなたはただの、前世の記憶も持っている、アリシアよ。全て含んだアリシア。それ以上でもそれ以下でもないの」
ヴァネッサは、親愛を含んだ瞳でアリシアを見る。
「あなたは、大丈夫よ」
そう言うと、そのまま来た道を帰っていく。
残されたのは、アリシアとヴィンセントだ。
「ヴィンセント」
先に声をかけたのはアリシアだった。
ヴィンセントがビクリと肩を震わせた。
「全部、聞いていたのですか」
アリシアの問いに、ヴィンセントは頷いた。アリシアは、一つため息を吐いた。
何も、わだかまりのないまま、やり直したかった。
でも、もう知られてしまっている。
ならば、今更それにこだわっても仕方がない。
先読みの魔女も言っていた。全部を含めてアリシアだと。
アリシアは、ヴィンセントを見る。ヴィンセントは、顔を歪めている。
「ヴィンセント」
名前を呼んで、ヴィンセントの方へ手を差し伸べると、誘われるように、ヴィンセントはアリシアに近寄ってきた。アリシアの手を取り、その手を頬に当てる。
「……今まで黙っていて申し訳ありません。私は、あなたの師匠だった、祝福の魔女、アリシアです」
アリシアは、覚悟を決めた。
全部を持ったアリシアとして、ヴィンセントと向き合うと。
ヴィンセントはクシャリと顔を更に歪める。
「薄々、そうではないかと、思っていた……」
アリシアの手に頬を寄せ、ヴィンセントは目を伏せた。
「あなたには聞きたいことが、いっぱいあるのです」
アリシアはヴィンセントの頬を撫でながら言う。
そう、疑問は、いっぱいあるのだ。
「なぜ」
アリシアはヴィンセントと目線を合わせた。
「なぜ祝福を拒んだのです」
なぜ。
「なぜ、この国の名前を残したのです」
なぜ。
「なぜ――弟を次の王にしたのです」
ヴィンセントは泣き出す一歩手前の顔で言う。
「あなたを、残すためだ――アリシア皇女」