43:先読みの魔女
「あの、どこに行くのですか?」
先読みの魔女に言われるがまま、外に出たアリシアは、必死に先読みの魔女の後を追う。
「森よ」
「森?」
「あんたの前住んでいた森」
できれば邪魔は入らない方がいいという魔女に、アリシアは黙ってついていく。
前、ヴィンセントを追いかけたのと同じ道だ。本当に、この森は昔から変わらない。——あの時のままみたいだ。
魔女は、アリシアの家までは行かず、森の中ほどで立ち止まると、ちょうどあった切り株に腰かけた。
「さて、まずは自己紹介といきましょうか」
アリシアも手ごろな岩の上に腰かける。
「知っての通り、私は先読みの魔女、ヴァネッサよ」
「私は、今はアリシア・フラッグといいます。前は――」
「祝福の魔女アリシアね。わかっているわ」
だって私は先読みの魔女だもの、という彼女は、昔と何一つ変わっていない。そう、何一つ。
「先読みの魔女……」
「ヴァネッサでいいわ」
「ヴァネッサさん、あなた……不老不死は、本当だったのですか」
ヴァネッサは微笑んだ。
「ええ、あなたの弟子のようなまがい物じゃなくて、私は本当の不老不死よ」
ヴァネッサは驚くほど変わっていない。
濃い紫色の長い髪に、水色の瞳。見た目の年齢は、二十代前半ぐらいだろう。体のメリハリのある、妖艶というにふさわしい女性だ。
そう、二百年前、会ったときと、何一つ変わりない。
「昔から、有名だったでしょう、私」
「ええ、不老不死とは聞いていましたが……正直、本当かどうかは半信半疑でした」
「今はどう?」
「疑いようがないですね」
「疑惑が晴れて何よりだわ」
前世で会ったのは一度きり。父が、彼女を呼んだのだ。国のこれからを見てもらおうと。
それが、『先読み』の力だから。
「何の用ですか?」
「言ったじゃない。面白いことになっているから見に来たって」
ヴァネッサは微笑んだ。
「私は何だって先が見えるのよ。『先読み』の魔女だもの」
「プライバシーの侵害です」
「昔のあなたはそんなこと知らなかったのに、随分賢くなったわね」
「馬鹿にしているのですか」
「いいえ、正直に言っただけ」
やはり、この魔女は苦手だとアリシアは思う。つかみどころがない。
「なぜ、今現れたのですか」
「なぜって決まっているでしょう。先が読めたからよ」
アリシアは眉を顰めた。
「それで?」
「随分冷たいじゃない。二百年ぶりなのに」
「それは申し訳ございません」
形ばかりの謝罪をするアリシアに、魔女は声を出して笑った。
「あなた、随分いい性格になったわ。うんそっちの方がいいわね」
「そうですか」
「そうよ。あの頃のあなたは、ただ飼い殺しにされていただけだもの」
飼い殺し。確かに前のアリシアに相応しい言葉だ。
「それで私に何を伝えに来たのですか」
「ただアドバイスに」
魔女はアリシアの目を見つめる。
「どうもごちゃごちゃ考えすぎているのよ、あなた。前だ、今だって。いい? あなたはアリシアなの。前世もアリシア、今世もアリシア。全部含めてあなたでしょう」
「……言われなくても、わかっています」
「いいえ、わかってないわ。わかってないから、悩んでいるのよ」
アリシアは不快に思い、魔女を見つめ返す。魔女は相変わらず笑っている。
「前世がどうだろうが関係ない。あなたは確かにアリシアよ。前世の記憶をしっかり持った、アリシア」
そうだ。アリシアは、前世の記憶を持っている。持ってなければ、きっと、性格も何もかも違っただろう。
だから、全部含めてアリシアなのだ。
「あなたが魔女の記憶を持っているのは必然よ。そして、弟子を救うのは、あなたにしかできないこと」
「どういうことです?」
訝しむアリシアに、ヴァネッサは言った。
「あなた、あれが本当に呪いだと思ってるの?」