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勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか? 作者:黒井へいほ

第一章

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3-4 山賊との共同戦線

 最近、よく勇者様は複雑な表情を浮かべている。考えることが多い、という感じだろうか。勇者というのも大変だ。


 しかし、先ほどの発言には震えた。

 少しずつ勇者としての自覚が芽生えつつある、といった感じだ。


 だが、無理はしていないだろうか? 俺は、我が国は、本心から彼女に無理をしてほしくないと思っている。帰りたいと思えば、なんとしても帰らせてあげるべきだ。


 ……難しい。帰ってほしくないが、帰らせてあげたい。

 頭を悩ませていると、勇者様に声を掛けられる。


「あそこじゃない!?」


 先からは怒声。激しい戦闘音。

 山賊たちの先に見えているのは、オーガと呼ばれる一本角の鬼。しかも数体だった。下には多数の小鬼、ゴブリンの姿もある。鬼が小鬼を従えるのは当然の話だ。


 しかし、コブリンの姿もなければ、オーガがこんなところにいるのもおかしい。一体どうして……。

 いや、考えるのは後にしよう。全てが終わってから調査すればいい。この間もそんなことを考えたような気がする。いつものことか、とも思えた。


「わたしに作戦があるわ! まず、山賊たちを下がらせて!」


 勇者様はビーッと剣で線を引く。


「ここより後ろまで下がらせるのよ! 頼める?」

「……そんな言い方はやめてください」


 俺が肩を竦めると、勇者様は笑った。


「任せたわ、ラックスさん」

「お任せください、勇者様」


 これでこそ仲間というものだろう。

 その場で何か準備を始めた勇者様を残し、俺は山賊たちの元へ向かった。

 当然、こちらに構っている場合では無い山賊たちの後方へ立ち、大きく息を吸って……叫んだ。


「聞け! 者ども!」

「うるせぇ!」

「あ、はい。聞いてくれますかね、策とかあるんですが。できるだけ多くが助かるような、そんなやつです」

「よぉし乗った! どうすりゃいいかいいやがれ! ってかお前誰だ!? 人質じゃねぇか! まぁ、こまけぇこたぁいいな!」


 さすが山賊、今すべきことは分かっている。話が早いなと、俺も手短に伝えた。


「まずあそこ、ミサキお嬢様がいるところまで下がる! 全力で下がる! いいな!?」

「あの子誰だよ!?」

「こまけぇこたぁいいんだよ!」

「あんまり細かくねぇけどな!? ……よし、射手と魔法を得手としているやつは先に下がれ! それから前も下がるぞ!」

「「「おおお!」」」


 山賊にしては中々の統率力。頼りがいがある感じだ。

 先に下がった後衛たちが矢と魔法を放ち、前衛もじりじりと下がる。俺は、山賊の頭の補佐をしていた。なんだこの状況。


「後衛下がるぞ! もう少しで予定の場所だが、焦るなよ! 逃げるのにはまだ早い!」

「前衛はドンドン下がれ! でないと、後衛が下がれないぞ! ……後衛で中級魔法を使えるやつが三人くらいいたな? 合図を出したら放て! そうしたら一気に下がるぞ!」


 たまにいるんだ、こういう山賊。捕縛することが難しい、狡猾なやつら。彼らも、間違いなくそちらの類だ。山賊なんてやめて、国に仕えればいいのに……。


「こっちは大丈夫よ! 準備できてるわ!」

「魔法……ってー!」

「走れえええええええええええええ!」


 頭の合図で派手に中級魔法が放たれ、前衛が敵に背を向けて走り出す。そして全員が勇者様の引いた線を越える。後は追って来る敵を、勇者様がどう防ぐかだ。


「《ストーン・ウォール》」


 石の壁が道を塞ぐ。

 しまった、勇者様は相手を甘く見積もっているようだ。俺の説明不足が原因だろう。


「ダメです、勇者様。それでは壊されてしまいます」


 轟音と共に、壁の中心へ罅割れが入り、蜘蛛の巣のように広がる。勇者様は慌てて、もう一度同じ魔法を唱えた。


「《ストーン・ウォール》!」

「ですから、それでは時間稼ぎにもなりません。……とりあえず、山賊たちは先に逃げてくれ。退路は頼む」

「よし来た。こっちは任せていいんだな? いや、任せた!」


 勇者様があわあわしながら何度もストーン・ウォールを唱える。だが、前列にオーガたちが並んでいるのだろう。次々と石の壁が壊されていった。


「《ストーン・ウォール》!」

「……走ってください。このままでは魔力切れを起こします」

「待って! まだわたしはやれるわ!」

「勇者様! ここは――」

「信じて!」


 彼女の目を見て、俺は躊躇わず前に出る。疑ったからではない。信じたからこそ、俺が前に立たねばならない。


「なにかあっても自分が時間を稼ぎます。勇者様は、思うがままに行動なさってください」

「えぇ、ありがとう」


 盾を強く握り、息を整える。同じように、後方でも息を整える音が聞こえた。

 石壁の砕ける音。残るは後一枚。……ではない。


「《ストーン・ウォール》。《ストーン・ウォール》」


 勇者様のように、一度で道を塞ぎきることができない。二度使って、なんとか道を塞ぐことができた。

 それを二度繰り返し、残る魔法は一度。

 だが三枚となった壁も、オーガへ容易く蹂躙される。残る盾は、己自信だけとなった。


「大丈夫、大丈夫、守れ、守れ、守れ、守れ……」


 願うように呟く声を守るために、身構える。腰を低くして、一撃で吹き飛ばされることがないよう、足を地面へ打ち付けた。


「――いける! 《ストーン・ウォール》……からの、《ストーン・ラバー》!」


 目の前に一枚の石壁が出現する。そして今までと同じように破壊され……無かった。

 それは、とても、とても奇妙な光景だった。

 石の壁は叩かれている。だが砕けずに伸びることで、相手の攻撃を防いでいた。


「やったわ!」


 後方にいる勇者様を見る。――その右目は、青く染まっていた。

 なにかに覚醒した、もしくは人から勇者になろうとしている。そんな感覚に戸惑いを覚えた。


「……勇者様」

「見た? 今のはね、石の壁をゴムにしたのよ。魔法で壁を柔らかくしたときから、こういったことができるのは――」

「これは、魔法ではありません」

「……え?」


 明らかに、魔法で出来る範疇を超えている。

 そして、彼女の眩く光る青い瞳。

 なにか異変が起きていることは分かり切っていた。


「で、でも魔法で土を泥にしたでしょ? これもあれと一緒で――」

「土を泥にするのと、石をゴムでしたか。それにするのはまるで違います。分かりやすく言いますと、林檎をトマトにできますか?」

「……できない、わね」


 勇者様が自分の体を抱きしめて震え出す。

 しまった、言い過ぎていたと、ここでようやく気付く。

 俺は兜をガンガンと叩いた後、勇者様の手を握った。


「さすが勇者様ですね。お陰で、この窮地を脱することができます。たぶんそれは、勇者に与えられし力だったのでは? 魔法以外の力があっても不思議ではありません! すごいですね!」

「……そうね、確かにそうだわ。なるほど、チート能力ってやつね。身体能力とか、魔法とかがそうだと思っていたのだけれど、別に与えられていたのね。なにかを変質させる能力かしら? 色々試してみないといけないわね!」

「えぇ、そうですね。ですが、とりあえずは……逃げましょうか」

「賛成だわ!」


 空元気だったのは分かっている。だがそれでもと、俺は震える手を握り締めながら、その場から逃げ出すしかなかった。

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