42:アリシアの気持ち
ヴィンセントは相変わらずだ。
アリシアと顔を合わせないように過ごし、アリシアがいないときを見計らって用意された食事を食べる。
綺麗に洗われた食器を見て、食事を取っていることに安心する。
――アダムは大丈夫と言っていたけれど。
これは本当に大丈夫なのだろうか。
アリシアははあ、とため息を吐きながら、食器を仕舞う。
アリシアは久しぶりに絵本を開いた。
魔女を倒す、弟子の話。
この物語は、前世で読んだ、魔女と英雄の話がもとになっているのだろう。
時代と共に、話が変わるのはよくあることだが、あの英雄の物語が読めないのを少し寂しく思う。
弟とよく読んだ、英雄の話。
自分の弟子は、英雄になったはずなのに。
「本当に、ままなりませんね」
たぶん、ヴィンセントは過去のアリシアに囚われているのだ。
アリシアが思う以上に、ヴィンセントの中で大事だったということだろうか。
嬉しいけれど、悲しい。
「私は、何のわだかまりもなく、やり直したいのに」
だから、言えないのだ、自分が魔女なのだと。
もし言ったら、ヴィンセントと仲良くできるだろうか。それとも、ただの扱いにくい人間になるのだろうか。
アリシアにはヴィンセントの気持ちがわからない。だから、怖い。
だって、アリシアは、ヴィンセントの仇なのだから。
――せっかく、何の関係もない、普通の娘として生まれ変わったのに。
「今度こそ、うまくやりたいのに」
本当に、ままならない。
アリシアは絵本の中の、弟子を撫でた。
「お取込み中悪いんだけど」
突然聞こえた声に、アリシアははっとして顔を上げる。
自分の部屋の窓から、顔を覗かせている人間がいる。
「面白いことになってるから、来たわよ」
窓から覗く女性の顔には、見覚えがある。
魔女のアリシアが、一度だけ会った。
「先読みの、魔女……?」
魔女は妖艶に微笑んだ。