39:ままならない感情
感情がコントロールできない。
ヴィンセントはままならない自分に苦しんでいた。
こんなことは二百年間で、初めてだ。
二百年間、心動くことなど、なかったのに。
アリシアと過ごす日々の中で、どんどん自分が変わっていく。
まるで二百年前の自分のように。
これではいけない。このままではヴィンセントは時を止めていられなくなる。
今だって、彼女の残骸は、ヴィンセントを幸せにしようと漂っている。
ヴィンセントが少しでも温かな気持ちになると、すぐに触れてこようとする。
「だめだ」
それだけはだめだ。
そうでなければ、ヴィンセントは魔女のアリシアを感じられない。
だから、本当は、離れるべきなのだ。
なのに。
――離れがたいと思っているなんて、どうかしている。
歴史学者としてやってきたアリシア。
ここに来るぐらいだから、とても頭がいいはずなのに、抜けているアリシア。
笑顔が柔らかいアリシア。
料理が上手なアリシア。
小さな体で動き回る姿が可愛いアリシア。
まったく容姿は似ていないのに、魔女のアリシアに似ているアリシア。
「どうして」
今更、どうしろというのだ。
再び、愛情を持つなどと。
「俺にはそんな資格はない」
誰かを愛する資格も、愛される資格も。
ヴィンセントは、目的の為に、愛する魔女を殺したのだから。
だから、罰を受けなければいけないのに。
――コンコン。
静かな室内で響いたノック音に、ヴィンセントは顔を上げた。
ノックする相手など一人しかいない。
「ヴィンセントさん」
アリシアが扉を隔てて言った。
「お話をしましょう」