36:初めての服屋
「じゃあ行こうか」
突然現れてそう言ったアダムに、アリシアは首を傾げた。
「どちらに?」
アダムは笑顔で言った。
「可愛い服を買いに」
◇◇◇
「やっぱ意中の相手を射止めるには、可愛い恰好でしょう!」
そう言いながらおしゃれな女性服店に入って行ったアダムを、アリシアは慌てて追いかける。
こんな服屋は生まれ育った田舎にはなかった。そもそも、服屋がなかった。様々な物が売られている雑貨屋で服を買うのが普通だった。
というわけで、アリシアにとって人生初の服屋である。
おしゃれな店員、おしゃれな服、おしゃれな客。
目に入る全てがアリシアには新鮮だった。
ので気後れした。
「むむむ無理です! こんなお店! 私には場違いです!」
アダムの服の裾を引っ張って店から出ようとするアリシアに、アダムは必死で抵抗した。
「いや、それ男の俺のセリフでしょ!?」
「アダムさんはいいんです! なんかこう、おしゃれなんでしょう!?」
「なんかこうおしゃれって何!?」
「おしゃれはおしゃれです!」
「こんなときに田舎コンプレックス出さないでくれる!?」
んんっ、と咳払いが聞こえ、二人がそちらに顔を向けると、店主がこちらを見ていた。店主だけではない。店員も、客もアリシア達に注目していた。
アリシアとアダムはひとまず静かにすることにした。
「私にこんなお店無理です……」
「アリシアちゃん一人じゃ無理なのがわかっているから俺がいるんだよ」
任せて! と笑うアダムがこの時ばかりは頼もしく見えたアリシアである。
「アダムさん、あなたはこの戦場に立ち向かうんですね」
「何言ってるの?」
よくわからない思考に陥り始めたアリシアを放って、アダムは服を選ぶことにした。店内はアダム以外女性しかいないというのに、服を物色するその様子は、まったく迷いがない。
「はい、アリシアちゃん、試着ね」
「え? こんなおしゃれな服を!?」
「当たり前でしょ? 似合ってるかわからないし、サイズも合わないかもしれないし」
アダムに押し付けられた服を手に渋っていたアリシアだったが、意を決し、試着室に入った。
「女は度胸! そうですよねアダムさん!」
「うんそうだね。試着室で大きな声出さないで」
試着室のドアの前でアダムから注意されるも、アリシアは今戦場に挑む戦士の気分のため、耳に入らなかった。
手にはとてもおしゃれな服が数着。決して自分の実家近くの雑貨屋にはないものだ。
「いざ!」
「お願い静かに着て」