35:ヴィンセントの好きなところ
「もしや私、思っているよりヴィンセントに好かれているのでは!?」
アリシアは食事を片付けながら、先ほどのことを思い出していた。
中々にいい雰囲気だったのではないだろうか。
食事が終わるとヴィンセントはいつもより早く部屋に戻ってしまったのが残念だ。
「ねえアリシアちゃん、俺がいるのすっかり忘れてるでしょう」
「は!」
すっかり一人きりのつもりで呟いていたアリシアは、洗った食器を隣で拭いてくれているアダムを思い出した。
「わ、忘れてませんよ?」
「うそ下手すぎでしょう」
「うっ、ごめんなさい……」
「賢者様に夢中で私なんてどうでもいいのね!?」
「びっくりするぐらい女言葉似合いませんね」
「うん、今欲しいのはそういう言葉じゃなかったんだけどね」
キュッキュッと音を立てながら食器を拭いていたアダムはそのままの姿勢で言った。
「賢者様のどこが好きなの?」
「うっ」
うっかり皿を落としそうになったがなんとか踏ん張った。
「いや、だってさ、賢者様って不愛想だし、面白い会話できるわけでもないし、女心には疎いし、基本引きこもりだし、顔はいいけど……あ、もしかして顔?」
「アダムはヴィンセントさんに恨みが……?」
「いや、俺は賢者様結構好きだけどね」
あんまりな言い方にヴィンセントを嫌っているのかと思ったらそうではなかった。ヴィンセントが嫌われていなくてよかった、と安堵する。
「ずるいなあとは思うけどね」
「え?」
「で、どこが好き?」
アダムは皿を拭きながら、にこにことアリシアの返答を待っている。
「こう、急に好きになったのではなくて、一緒にいる間に、徐々に好きになっていったと言いますか……」
「うん」
「あまり表情は動きませんが、その分、ふとしたときに笑ってくれたりするのが、嬉しかったんです」
「うん」
「色々手伝ってくれて」
「うん」
「悪い人でないことも、すぐにわかって」
「うん」
だからアリシアは、安心してあとを任せて死ねたのだ。
彼ならきっと弟を悪いようにはしないだろうと思って。
きっと救ってくれると――確信できたから。
「だから、私は、彼が大好きなんです」
アダムは静かに食器を拭いている。きゅっきゅっと拭く音が響いた。
やっぱりずるいなあ、という声が聞こえた気がした。