ペパーミント・バニラビーンズ①
カンカンカンカン!!!!起きて!!!!!ハリポタパロの時間だよ!!!!カンカンカンカン!!!!!!
獅子寮監督生リサ姉(混血)と蛇寮監督生おねーちゃん(純血)をまとめました。
さよリサ予定ですが、まだまだ友情の手前。
表紙をお借りしています⇒illust/62322490
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バーン! と大きな音が聞こえて、駆けつけたときには、事態のほとんどが終わっていた。玄関ホールから近い廊下、5メートルくらい離れて向かい合っている生徒がふたりいて、お互いに杖を向けあったまま、呆けている。両方とも下級生だ。呪文か呪いか、なにがしかの魔法を放ったようだった。その両方を、ふたりの中間あたりに立った光の壁が、弾いて消してしまったらしい。
「スリザリン、グリフィンドール、2点減点!」
凛とした声が響いた。杖を構えた3人目が人垣を割って歩く。ひとつに束ねた水色の髪に、強い意志の見えるエメラルドの瞳。ネクタイの色は緑。スリザリンの監督生だ。
監督生が杖を下げると光の壁が消えた。なんとなく緊張していた廊下の空気が弛緩して、ざわざわとした喧噪が戻る。騒ぎを起こした原因らしい生徒の片方、スリザリン生のほうが、ショックから抜けるなり自寮の監督生をきっと睨み上げた。
「どうしてこっちまで減点されるんですか? 挑発してきたのはあの貧乏人が先なのに!」
「相手を格下だと思うなら無視しなさい。あなたの行動は寮の品位を下げています」
監督生は冷淡に切り捨てると、ふたたび杖を出して振った。まだ顔を真っ赤にして怒っているスリザリン生の足元に散らばった荷物が、するすると集まっては鞄におさまっていく。
スリザリン生が苦々しい表情で礼を述べると、監督生は「もう行け」と合図した。乱暴な会釈とともに駆けていった背中を、エメラルドの瞳は見送ることもしない。かわりに、もう一人の原因であるグリフィンドール生を見た。正確には――その背後で、一連のやりとりを立ち尽くしたまま眺めていた、もうひとりの監督生を。
「校内での私闘は校則違反よ。寮生の躾けはきっちりとしておくことね」
「……忠告、ありがとう。元気いっぱいで可愛くて困っちゃうんだ」
軽薄に笑った顔を、ひらひらと振った手のひらを、エメラルドの瞳は鋭く射抜いて、くるりときびすを返した。
残された監督生は小さくため息を吐いた。視線をずらせば、自寮の生徒が震えながら俯いている。とくべつに目をかけている子ではないものの、勝気だがけんかっ早いほうではなく、むしろ優しい性格の生徒だということは知っていた。その子が、泣いているわけではないようだが、唇を噛みしめて拳を握りしめているのがわかった。
(……しつけなんて、できないけど)
それでも自分は監督生だから、できることはしなければならない。
「落ち着いたら、談話室に行こう。レモンティーは好き?」
低い位置にある頭が小さく頷いたのを見て、もういちど小さく息を吐いた。
5年目となった学生生活を、今井リサは事件と騒動とともに過ごしている。
―――
監督生に息抜きの時間は多くない。
「会いたかったよ友希那ぁ~!!」
だからこそ、これはリサにとって貴重な時間だった。寮の離れた幼馴染と学校でゆっくり話をするためには、ふくろうを飛ばしあって時間をすり合わせなければならない。それに、寮の代表選手としてクィディッチで忙しい幼馴染と、今年から監督生で業務が滞りがちなリサ、ふたりの都合が重なるのは、ほとんどが授業が始まる前の早朝だ。そうして作った時間に、眠い目を擦りながら空き教室で待ち合わせをするのが、リサの至福の時だった。
湊友希那はリサの幼馴染で、一番の親友だった。元クィディッチ選手の友希那の父と、魔法省勤めのリサの父が級友で、ほとんど生まれたときから一緒にいるようなものだ。
「よく頑張っているのね、リサ」
「毎日がんばってるよ~~っ。でも、なんか、もう自信ない! 最初からなかったけど!」
「そう卑下する必要はないと思うけれど……」
端正な顔に困惑と気遣いが滲むのを、リサは申し訳なく思いながら、心地よくも感じた。飾ることも構えることもなく、ただの自分としてお喋りができる空間が嬉しい。
寮の居心地が悪いわけではない。友人たちに気を遣っているのでもない。ただ、ローブの胸元に刺した監督生の証の『P』バッジが重かった。
「あの子みたいには、できないなぁ……」
思い返すのは水色の髪にエメラルドの瞳。自寮の生徒を一喝して下がらせた横顔。口論での揉め事が魔法での喧嘩に発展するのを見て、リサが騒ぎに気付いて駆けだしたときにはもう、あの子はきっと迷わずに杖を構えていたのだろうし、呪文を唱えるときだって少しの躊躇いもなかったのだろう。
重い重いためいきを吐くリサに、友希那は困った顔をしていた。
「紗夜のことを言っているなら、真似しなくていいんじゃないかしら」
「あ、友希那、仲いいんだっけ……。真似はできないけどさ、監督生としては、アタシよりあっちのほうが正しいんじゃないかなって思うんだよね」
「正しさって?」
「なんて言うのかな、騒ぎがおさまるまでの速さもそうだし、呪文も正確だし……それにさ、自分の寮からも点引くとか、なかなかできないよ」
『盾の呪文』で作られた光の壁は、大理石の床に対して垂直ではなく傾いていた。そうしてひとつの呪文は天井に、もうひとつの呪文は、床にむけて跳ね返って消えた。リサは物音を聞いてすぐに杖を握りしめたけれど、結局、間に合わなかった。
間に合ったとしても、リサにあんな芸当ができるだろうか。あんなに人の多い廊下で。それに、喧嘩両成敗といっても、自寮からも点を引くなんて、恨みを買いそうなこと。
「……けれど、そのぶん、紗夜には敵も多いわ。私は頼りにしているけれど、皆に慕われるタイプではないと思う」
友希那は少し視線を落とした。紗夜の敵のことを考えているのかもしれない。
寮での紗夜のことを、リサは何も知らない。友希那から話を聞いて、あの子がとても真面目で責任感が強い性格だということしか。それから自分の目で見た、とても優秀で、冷酷なほどの決断力があるということ、それくらいだ。
減点されたスリザリン生の悔しそうな顔を思い出した。喧嘩を売ったのはリサの寮の子だった。二人は顔を合わせるたびに嫌味をぶつけあう、いわば犬猿の仲といえる間柄で、いつも通りのやりとりから二人ともカッとなって杖を出したのだという。喧嘩の原因はお互い様というところだ。リサが話を聞いてやったら、生徒は少しばかり荷が下りたような表情をしていた。
リサが悲しくなったのは――あの生徒たちはもともと友達だったのに、学校に入って、寮が分かれてから、かみ合わなくなったのだと言っていた。つるむ相手が変われば考え方も変わる。スリザリンの子は頑なに、グリフィンドールの子は強気になって、このところはお互いのことがどんどん嫌いになっていくと。
リサと友希那のように、変わらない絆を重ねていける友達もいれば、かれらのように食い違ってしまう子たちもいる。
こんなことが伝わったとしても、紗夜はきっと、興味なんて抱かないだろうけれど……。そう思うと、リサはまた、ためいきが生まれるのを止められなかった。
「紗夜のことを怖いと思う?」
「えっと……うん、ちょっとだけ」
「そう」
――怖いっていうか、合わないタイプだなって、思う。
そんなリサの心情を透かし見たのか、友希那は苦笑を浮かべた。紗夜は友希那にとって大事な友人だと聞いている。でもそれを押し付けることはできないから、仕方ないと思って納得しているのだ。
そんな友希那が浮かべているのは、とても大人びた表情だと、リサは思った。そして心臓が少しだけ早くなる。
小さな頃から可愛らしかった友希那は、このところどんどん綺麗になっていく。クィディッチ選手だった父親に素直に憧れて目を輝かせていた幼少期、根拠のないドーピング疑惑で追放された父親の名誉を取り戻すと誓ってクィディッチにのめり込んだ低学年の時期、そして数年越しに父親の疑惑が晴れて、憑き物が落ちたような晴れやかな顔で空を翔る今。リサはそのすべての友希那を見つめてきた。だからわかる。友希那はこれからも綺麗になっていく。
そんなことを意識すると、顔にかかった髪を耳にかける仕草とか、長い睫毛を伏せたときの目元とか、そういうものに、ついリサはどぎまぎしてしまうのだ。
「リサはそのままで、リサらしい監督生だと思うわ」
「そうかなぁ」
「だってリサを嫌いな人はいないでしょう? 皆に優しくできるというのは、リサのすごいところよ」
友希那はそう言って、花のように笑う。現金だけれど、リサはこの笑顔を見るだけで、またもう少し自分は頑張れると感じる。
カッとなって杖を振ったあの生徒に、友希那の話をしてあげようと思った。寮が違ったとしても、考え方や立場が変わっても、お互いに手を離さなければ、友達でいることはできるのだ。少なくともリサは、そう信じている。