27:アリシアの過去 2
※子供に対する暴力行為あり。ご注意ください。
アリシアはあの後すぐに弟と引き離された。必死に抵抗したが、所詮子供の力だ。あっけなく弟を奪われ、アリシアは一人牢屋に入れられた。
小さいアリシアにとって、牢屋は恐ろしいところで泣きわめきたかったが、それ以上に連れ去られた弟は心配だった。
あの子はどうしているのだろう。怖い思いをしていないだろうか。
不安でいっぱいなアリシアは、一晩経って牢屋から出された。
そして連れてこられたところは、アリシアにとってあまり会ったことのない、父のもとだった。
何が起こっているのかわからない。アリシアは縄をされたまま、父の前に通された。
「やあ、我が娘よ」
久しぶりに会う父は、久しぶりすぎて、最早他人としか思えなかった。
「……お久しぶりです。父上」
それでも父にきちんと挨拶したアリシアに、父は目を細めた。
「どうも、我が娘は魔女だったようだ」
「私は魔女ではありません」
「昨日までな」
父が片手を上げると、そばに控えていた部下が動いた。
連れてこられたのは弟だった。
「クロード!」
思わず声を上げると、ぐったりしていた弟が目を開けた。
「姉上……?」
アリシアは駆け寄ろうとするも、父の部下に阻まれた。
「離してください! クロードに何をしたのです!」
アリシアが叫ぶと、父が笑う。
「少しばかり、実験させてもらっただけだ」
「実験……?」
父はおもむろに弟の腕をナイフで切りつけた。思わず悲鳴を上げるも、その傷はすぐに塞がった。
何だ。何が起きている。
混乱しているアリシアに、父はとても嬉しそうに声を上げた。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ! これぞ魔女の力!」
アリシアには、父は狂人に見えた。
いや、おそらくこの時に父は狂ったのだろう。魔女の力に魅入られて。
「昨日、お前が力を使っただろう? それでこの子は怪我をしない、痛みを感じない人間になったのだ」
「なにを、言って……」
そこまで言って、アリシアははっとする。
昨日、自分は、何をしただろう。
痛がる弟が可哀想だから、弟が痛くないように願い、怪我に怖がる様子を哀れに思い、怪我が治るようにと。
そう、そう願った――
「そうだ、アリシア」
父は信じられない様子のアリシアに向けて、笑みを深くした。
「お前が、願ったのだろう。この子に」
そう、願った。確かにアリシアは願って、それから、痛みがなくなり、怪我が治り――
そんなこと、あるはずない。
「そ、そんな……願うだけで叶う力なんて聞いたこと……」
「魔女はそれぞれ力が違う。お前の力がそうだっただけだ」
「うそ……」
自分が魔女だなど、信じられない。昨日まで、何もなかったのだ。昨日まで、ただの子供だったのに。
「父さんはお前の力に興味があるんだ」
肉親ながら、とても欲に塗れた醜い顔だった。
父は弟を引っ張ると、その首を絞め出した。
「な、何をするのです!」
「興味があると言っただろう」
弟から、苦しそうなうめき声が聞こえる。興味があると言った。それはつまり、アリシアに力を使えということだろう。アリシアは懸命に叫んだ。
「クロードを離して!」
何も起こらない。
「クロードにひどいことをしないで!」
何も起こらない。
そうしている間にも弟の顔色悪くなっていく。時間がない。どうしようどうしたらいい!
昨日、昨日自分はどうやって願った? どうやった?
弟のために。弟が悲しまないように。そう、それはまるで。
「クロードが、苦しみませんように」
祝福のように。
ふわり、と光が舞った。
苦しそうな声を上げていた弟の顔色は戻り、安定した呼吸音が聞こえた。
「姉上」
首を絞められたままなのに、普通に呼吸をし、声を出している。
つまり、そういうことなのだろう。
「素晴らしい」
弟の首から手を離さず、父は恍惚とした表情で言った。
「素晴らしい! この力さえあれば我が国はもっと偉大になれる!」
これはもう父ではない。欲に溺れた化け物だ。
「クロードを離して!」
「離すわけがないだろう」
父はまるで物のように、弟を持ち上げた。
「クロード!」
「これは大事な人質だ。だからわかるなアリシア」
クロードが必死で暴れるが、子供が大人の力に敵うはずもない。ならばとアリシアが口を開こうとすると、後ろからきた父の部下に布を噛まされた。
「んー!」
もがくも解けそうにない。
「余計なことをされては敵わん。いいか、アリシア、弟が大事だろう?」
ぶらりと弟を片手で持ち上げながら父だった男が言う。
「ならば、どうすればいいか、わかるな」
アリシアは、ただ頷くしかなかった。