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私の名前に関して疑問に思われる方が結構いるようです。
本当はプロフィールに明記するべきなのでしょうが、 ちょっと複雑で、かえって誤解を生みそうなのです。
たとえば「イギリス国籍を持つ香港系在日中国人」なんて言っても誰も判らないよね。
今回そのことに関して書いてみようと見ようと思います。

私の父の名は<黄頌徳>といいます。
香港で生まれ、18、9才の時に関西学院大学の留学生として来日し、 戦後から貿易業、飲食業などを営み、現在も現役で働いています。

母の名は<黄多美>。
華僑と日本の芸者の間に生まれました。
DohYohのジャケットに使われている写真は、その芸者さんです。 生まれてからまもなく中国の本妻のもとに引き取られるのですが、 18、9才の頃に日本に戻ってきます。 17年ほど前に癌で他界しました。

父と母は戦前、神戸でめぐり会い、戦後、結婚し、3人の子供を産みました。 その一人が私です。 わたしは<永燦>と名付けられました。 つまり、私の本来の名前を漢字で書くと<黄永燦>となるわけです。

幼少の頃、私は<燦ちゃん>(さんちゃん)と呼ばれました。
でも、父は<ウィンツァン>と広東語で呼んでいました。

小学校の低学年は、四谷にある中華学校に通いました。
そこでは北京語で<ファン・ヨンツァン>と呼ばれました。

小学三年生から日本の学校に通い始めると今度は 日本語で<コウ・エイサン>と呼ばれるようになりました。

高校に入る頃、私はイギリス人になりました。
父は香港パスポート、つまりイギリスの植民地のパスポートを持っていたのですが、 懇意だったイギリス領事の薦めと裁量で、家族全員、イギリス人になってしまったのです。
今度は広東語をそのまま英語に置き換えて <WING TSAN WONG>が正式の名になったのです。

その時、外国人登録など日本の書類上ではそれをそのまま日本語に置き換えて <ウォング・ウィング・チャン>と書かれるようになります。
高校時代は<ウォング君>などと呼ばれました。
たとえば香港(HONG KONG)をホングコングなんて呼びませんよね。
まるでキングコングみたいですね、、、(^o^)

19才頃、演奏活動を始めるとき、 <江夏健二>という名前を使うようになります。
自分の過去や繋がりを切り離したいと思ったことと、 世を忍ぶ仮の名、偽名というか匿名でいたいと思ったのです。
名前の由来は、叔父に江夏健一という人がいて、 俺は二番目でいいや、という大変イージーな付け方です。

30代の後半、私は自分の音楽に目覚めると同時に 本来の自分の名前に戻りたいと思うようになります。
つまり、父が私に名前を付けた時の呼び方 <ウォンウィンツァン>に、、、。

今、ほとんどの友人や知人は私のことを<ウォンさん>と呼んでくれます。
でも時たま<コウ君>とか<ウォング君>とか呼ぶ人が現れたりします。
最近再結成したジャズのグループのメンバーは<江夏>と呼んでくれます。
フォークシンガーの及川恒平氏は<さんチャン>と呼びます。
ワイフも時々<さんチャン>と呼んだりします。
及川氏や何人かは手紙の宛名は<黄永燦>と漢字で書いてくれます。

<黄永燦>
<コウエイサン>
<ファンヨンツァン>
<WONG WING TSAN>
<ウォングウィングチャン>
<江夏健二>
<ウォンウィンツァン>
そして<さんチャン>
すべて、それぞれの私であり、愛しい名前たちです。
どれで呼んでいただいても結構です。

<人>は<名前>ではありません。
深い瞑想の中で、「私」はただの「存在」そのものです。
ありがとうございました。

1999年6月13日  ウォン・ウィン・ツァン


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