19:好きだった髪型
「こ、これは母が言っていたデートというものですね!」
ヴィンセントとお祭りに行く約束を取り付けたアリシアは、自室でああでもないこうでもないと服を選んでいた。
なぜかヴィンセントではなく、アダムに「飛び切り可愛い恰好をしておいで」と言われたからである。
「飛び切り可愛い恰好……」
とはなんだろうか……。
幸い祭りまではまだ少し時間があるからとゆっくり選んでいるが、一向に決まらない。
可愛い……可愛いとはいったい……。
ついに可愛いの定義について考えだしたアリシアだったが、コンコンと響いたノックの音で飛び上がった。
「ははははい!」
「アダムだけど」
ヴィンセントではなかった。脱力して、扉を開ける。
「どう、決まった?」
「決まりません……」
アリシアがしょげる。
「そもそも可愛いって……可愛さって……なんでしょう……」
真剣な顔で告げるアリシアに、アダムが吹き出した。
「ひどいです……私は真剣に悩んでいるのに……」
涙目で睨みつけるアリシアに、アダムは未だ収まらない笑いを堪えた。
「いやだって……そんな真顔でそんなこと考えてるの……? 何なの……?」
「可愛いを考えたらわけがわからなくなったんです!」
アリシアが顔を赤くする。
「どうせ! どうせ田舎者です! おしゃれなどわかりません! もういいんです!」
アリシアがその辺にぶちまけた適当な服を一枚引っ張り出すと、アダムが慌てて止めた。
「わーわーわー! ごめんごめん! 自棄にならないで!」
「知りませんこれでいいです!」
「いやそれはない。それはない」
急に真顔でアダムに否定され、アリシアは自分の怒りが萎びれた。
「それはやめよう。本当にやめよう。運動着みたいだから」
「あ、はい」
普段、部屋着にしている一枚を運動着と言われたアリシアだったが、アダムのあまりの真剣な表情に、その服を手放した。
「俺が選ぶからそこで座ってて」
「は、はい」
あれ……? デート行く服って人に選んでもらうものなのだろうか……?
アリシアが戸惑いながら言われた通りに椅子で座っている間に、アダムはせっせと服を選別している。
方向性が決まったのか、いくつかの服をアリシアに当てる。
「うん、これにしよう!」
それはシンプルな白いワンピースだった。ただ、裾にレースがあしらわれ、ふわりと広がる様が好きで、アリシアも気に入っていた。
「うん、大人過ぎず、子供過ぎず。アリシアちゃんのいいところをちゃんと出せる服だね」
「あ、ありがとうございます……?」
アリシアは礼を言う。突然のことで驚いたが、これで無事に服が決まったとほっとすると、アダムが笑った。
「じゃ、次はアクセサリーね!」
「え?」
◇◇◇
「おしゃれというのは、とても疲れるものなのですね……」
ぐったりと椅子にもたれるアリシアは、アクセサリーはもちろん、薄く化粧まで施されていた。アダムは大変器用な男性だった。自分で上手に化粧ができず、普段すっぴんのアリシアは、その手腕に感動した。
だから、なぜ化粧道具を持参していたのかは、あえて聞かないことにした。藪をつつく気はない。
「それでは最後の仕上げに」
「まだあるんですか!?」
驚愕の声を上げるアリシアに、アダムは楽しそうに笑う。
「髪も大事だよ」
そう言うと、アリシアの髪に触れる。
繊細な動きですいすいと髪を結いあげるアダムに感心していると、あっと言う間に美しく編み込まれた髪型ができた。
「すごい……」
「昔ね、よくこの髪型を人にしてあげることがあってね」
「そうなのですね」
鏡の中の自分を見ながら、アリシアはそっと髪に触れる。
懐かしい。
「私も、この髪型が、一番好きだったんです」
もうあの頃とは違う髪色をしているけれど。
また、この髪型をできるなんて。
懐かしくて嬉しくて切なくて、アリシアは微笑んだ。