34:ヴィンセントの気持ち
ヴィンセントは自室で一人、自分の右手をじっと見つめていた。
先ほどアリシアに握られた手だった。
柔らかい手だった。魔女のアリシアの手より少し小さかっただろうか。
無意識に手を開いたり閉じたりしたヴィンセントは、湧き上がる気持ちを誤魔化すように、目を閉じた。
二百年前に比べて、自分は大分感情が欠落してしまった。そうなるように生きてきた。
だから、この気持ちも、気のせいだろう。
自分がこんな感情を持つのは、二百年前から、ただ一人なのだから。
ヴィンセントは目を開けて、窓の外を見た。
満月だ。アリシアも見ているだろうか。
そう考えて、首を振る。
自分は何を考えているんだ。
最近、ふと気づくとアリシアのことを考えることが増えた。天真爛漫で、愛嬌があって、どこか祝福の魔女に似たアリシア。あの笑顔を向けられると、思わず自分も笑顔を返してしまうようになった。
ここ最近の自分は、どうかしている。
「俺は」
ヴィンセントは右手を握りしめた。
「俺は、何も感じない」
そう、それでいいのだ。
そうすれば、ヴィンセントはいつまでも魔女のアリシアを感じていられる。
「俺は」
ヴィンセントは満月から目を逸らした。
「幸せになどなりたくない」
彼女のいない世界で幸せになど、なりたくない。
なれるはずもない。
だからヴィンセントはこれからも生き続ける。
それでいい。君がいないことで感じる胸の痛みも大事なのだから。
ヴィンセントは自分の心を閉じるように、目を瞑った。