16:ヴィンセントの過去 4
※流血表現あり。ご注意ください。
『祝福』は祝福の魔女本人にはかけられない。
そして、『祝福』は、一度かけたら消えない。
つまり、根本である、魔女を殺す必要がある。
アリシアがぽろりとこぼした『祝福』のことを聞いてから、すぐに出した結論だった。
しかし、他に手はないかと必死に探してしまった。
そうしている間にも、敗戦国の民は苦しんでいる。元々、もう抑えきれないと思い、ヴィンセントが直接ここに来たのだ。
彼らの限界は当然だった。
魔女を、アリシアを殺さない限り、ラリーアルド帝国を攻めることはできない。
どうせ、殺されるなら。殺さねばならないなら。
――せめて、自分の手で。
◇◇◇
「ど、して」
アリシアの口から血が溢れる。
原因はヴィンセントがアリシアの胸に突き刺した短剣だ。
「どう、して」
もう一度、アリシアが訊ねた。
「『祝福』を与えたからだ」
そうだ。そのせいだ。
それさえなければ、殺さずに済んだのに。
ヴィンセントは自分の右手についたアリシアの血の感触を感じながら話す。
「あなたの『祝福』は、自分にはかけられない。そうだろう? 以前怪我をしたときに、うっかりそう漏らしたのは、他ならないあなただ」
アリシアはドジだった。大事な秘密を、自分を殺そうとしている男に漏らしてしまうぐらいに。
「ど、して……?」
アリシアが、再び吐血した。ヴィンセントは抱きしめてやりたい気持ちを我慢しながら拳を握った。
「みんな死んだ」
ぽつりとこぼした声に、アリシアは反応した。
「両親も兄弟も、友人も、何もかも、死んだ」
アリシアの目が見開かれ、体がカタカタ震え出した。
「あなたが、この国の兵士に与えた『怪我をしませんように』という、『祝福』のせいで、こちらは傷の一つも負わせられず、ただただゴミキレのように殺された!」
アリシアが、わずかに首を動かした。首を振りたいのかもしれない。
「あなたのせいで、今やどの国もこの国に逆らえない! 周辺国は隷属国に成り下がった!」
首を振って、違うと言いたいのだろうか。そうだろう、きっと違う。アリシアはそんな結果を望む女性ではなかった。
「アリシア、君さえ死ねば、『祝福』に頼り切ったこの国は終わる」
殺さねばならない。
アリシアの目から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
こんな状況にも関わらず、美しいとヴィンセントは思った。
「ごめ、なさい」
アリシアが、震える唇で話す。
「知らな、かったの」
ヴィンセントは目を見開いた。
ああ、ああ。やはり。
「いいこと、してると、思ってたの。ごめ、ね。知らなかっ、た。ごめ、なさい」
謝る彼女に、ヴィンセントは何も返せない。
できれば殺したくなかったと。
共に生きたかったと言ったところで、今更なににもならない。
愛しているとさえ、口にするのもおこがましい。
だって、自分は彼女を殺そうとしている男なのだ。
アリシアが、ヴィンセントに手を伸ばした。
「……何だ? 最後に俺を呪うか?」
そんなこと、『祝福』ではできないとわかっている。だが、できれば呪ってほしいと、願わずにいられなかった。
彼女が与える呪いなら、受け入れられる。
ヴィンセントの考えなど知らない彼女は、笑った。
「ヴィン、セント、が、幸せになれま、すように」
やめろ。
ヴィンセントは叫んだ。
「やめてくれ!」
俺なんかの幸せを。そんなものを願うのだけは。
恨んでくれたらいい。憎んでくれたらいい。殺したいと思ってほしい。それだけのことを自分はしている。だからだから。
アリシアの『祝福』をやめさせようとするも、光がヴィンセントを包み込む。
「やめろやめろやめろ!」
そんなもの。
君のいない世界で幸せなど。
最後に彼女は声にならない声で言った。
――幸せに、ヴィンセント。