番外編
コミカライズ始まりました! それを記念して……いや特に記念してないな! フルチン先輩と黒鋼総代のエピソードだしね!
リンクはページの下部に貼ってありますので、コミカライズ版「学園騎士のレベルアップ!」もよろしくお願いします!!
「黒鋼クラスの総代、やっべーよな。あの人が騎士になるってマジ?」
「だよなあ。成績とかやっべーくらいに悪かったのに、それでも卒業できるんだから偉いとこの子どもは得だよなぁ」
「え、あの人の親ってやっべーの?」
「やっべーよ。だってこの国の……」
* *
黒鋼寮の「名誉ある」寮長という職責を後輩であり、死ぬほど生意気な黒髪の新入生——もうすぐ2年生——にぶん投げてきたフルチン先輩こと元寮長は、春の訪れを感じさせる学園内を歩いていた。
向かう先にベンチがあり、ゆらりと紫煙が立ち上っている。座っているのは黒のパーカーフードを頭までかぶった男だ。
パンツにはじゃらじゃらとシルバーのアクセサリをつけており、
元寮長は、その横にどっかりと座った。
「なーに黄昏れてんだよ、ツヴァイ」
「……あ?」
右手に持っているのはタバコ——長いキセルの先にタバコの葉を詰めた代物だった。黒の持ち手には虹色のラメが振られてあって、一目でわかる高級品だ。
口にもピアスをつけているこの男、黒鋼総代のツヴァイはじろりと元寮長を見た。
「てめーこそ、ガラにもねぇシケた顔してんじゃねーよ」
「え、俺様が憂いを帯びたイケメンだって?」
「死ね」
「ぎゃっはっは」
からからと快活に笑う元寮長。
すぐにふたりの間に会話はなくなり、静けさが訪れた。
「ツヴァイよぉ……お前の
「…………」
「それを言うと俺もだけどな。在学中に子ども作って騎士の義務を逃れる大作戦は大失敗だったわ」
「…………」
キセルからはもはや煙が立ち上っていない。
ツヴァイは地面を見つめながら言った。
「……残ったのは、25人か」
「だな。例年より多い……
「……悪かったな。お前がほんとうは騎士になんかなりたくねーってのに、俺に付き合わせちまった」
ぽつりと聞こえてきた謝罪の言葉を、元寮長は聞かないフリをした。
「バァカ、俺様だって子どもができてりゃ変わってたさ」
「…………」
すでにそれがウソだということをツヴァイは知っている。
子どもがいる学園生は、確かに騎士になることができないという規則があった。騎士になった後にできるのは構わないのだが。
元寮長は入学のころからこの制度を利用して「騎士になる義務を回避してやる」と息巻いていたが——彼の実家は厳しい貴族家だから——この元寮長が女子に手を出してもきっちり避妊を行っていることはとっくにツヴァイも把握していたのだ。
それはすべて、ツヴァイをひとりにしないためだ。
ツヴァイに待ち受けているのは騎士になってからの厳しい人生。彼を守るのは自分しかいないと元寮長が心の奥底で決意していることはツヴァイにもわかっていた。
「……クソが。なんで俺が
ツヴァイはただひとり、今年の黒鋼クラス卒業生で黒鋼士騎士団以外の配属となる。
その配属先が白騎獣騎士団だというのだからなんという皮肉だろう。
元寮長が騎士になる道を選んでまで、ツヴァイとともにいようと決意してくれたというのに——違う騎士団に配属となれば年に1度会えるかどうかも怪しくなるのだ。
「先代王の落とし
先代王が死ぬ間際に行った「隠していたが実は他にも子どもがいる」というセンセーショナルな告白。それがツヴァイである——実のところツヴァイはジュエルザード第3王子の叔父に当たる——という事実は、貴族の中では徐々に広まりつつあった。声高に話していると王家批判に当たり非常にまずいことになるので、みんなこの話題は慎重に扱うのだ。
ツヴァイがそういう血を引くからこそ、白騎獣騎士団に引っ張られたと考えるのは当然のことだろう。入学時の「公正の天秤」によるクラス分けとは違い、騎士団による選抜は人がやることだからだ。
「だけどお前の心は黒鋼クラスにある。違うか?」
「…………」
「難しい立場のお前は、なるたけ波風立てずに学園生活を送る道を選んだ。おかげで毎年20人かそれを切るくらいの人数で卒業するってのに、今年は25人だ。すげーことだよ」
「……ま、波風立てまくる道を選んでるヤツもいるがな」
「ソーマのことは今言うなって! アイツは頭おかしいからな!」
元寮長がぶんぶんと腕を振ると、ツヴァイは口元をわずかにほころばせた。
「……ツヴァイよ、俺はさ、お前が白騎獣騎士団に入るよう、ジュエルザードが口添えしたんじゃないかと思ってるぜ」
「なんだと?」
「1年のとき、お前、ジュエルザードに勝っただろ。非公式の武技の練習試合で」
そのせいで黒鋼クラスは貴族から目の敵にされ、クラスメイトに被害が及んだのを見たときツヴァイは波風立てずに過ごす道を選んだ。
「あれからずっと本気を出さなかっただろうが。その腕、錆びちゃいねえんだろ。知ってんだよ、俺は、お前が武技の訓練を陰でこそこそやってっことをよ」
「…………」
「いちばんになれ、ツヴァイ。白騎獣騎士団に行っていちばんになるんだ。で、騎士団を改革しろよ」
「……んなこと、できるわけ」
「できる」
「なんで断言できんだよ」
「できるさ。1年坊主がやってんだろ」
「あ……」
ツヴァイは思い出す。
今年の新入生、黒鋼クラスの大躍進を。座学の試験も、武技の大会も、黒鋼クラスが上位にどんどん食い込んでいる。
「アイツらにできてお前にできないわけがねえ。つうかよ。アイツらがこの学園で結果出しまくって5年後に俺たちの騎士団入ってきたときが怖えーんだわ。俺、パシリにされそう」
「フッ、それくらいがちょうどいいだろ。てめーはもうちっと痩せろ」
「うっせー。この包容力が魅力って言ってくれる子もいるんだよ」
「お前に騙される頭の軽い女の子がかわいそうになってきたわ……」
「言うじゃねーか」
「ああ、いくらでも言ってやる……」
ツヴァイは立ち上がるとキセルの中身を捨て、足の裏で踏み潰す。
「……次に会ったときに、な」
そのときは違う制服を着ているだろう。片方が白で、片方が黒だ。
「ああ……またな」
元寮長もまた立ち上がり、どちらからともなく拳を差し出し、それをぶつけ合うとふたりは互いに背を向けた。
別れの挨拶にしてはあまりにもさりげなかったけれど、それで十分だった。
進む道は違うが、やがて交わるだろうことはわかっていたから——ふたりがともに騎士でいる限り。