めくるめくきらびやかな夜
ドレス姿のオリザちゃん、レアすぎぃぃぃぃ! そして俺たちは徒歩なのにオリザちゃんたちはなんで馬車なん?
「おい、ソーマ。ほら」
「……ん?」
オリザちゃんが馬車の上で手をこっちに出した。
「ほら」
「え、なに? お金? お金ないのに馬車呼んじゃったの?」
「……ちっげーよタコ! ドレスで外歩けるわけねーからちゃんと事前に手配してんの! さっさとエスコートしろボケ!」
「あ、はい」
そっちか。びっくりしたよ、オリザちゃんなんてエスコート
ふと見ると、オレンジ色のドレスを着たルチカはトッチョにエスコートされて複雑そうな顔をしつつこっちをちらちら見ていたりするし、他の女子たちも黒鋼の男子たちにエスコートされて馬車から降りていた。アイツらいつの間にそういう役回り決めてたの……!? あ、そういやクラス対抗戦で各チームに女子1人ずつ入れようと提案したのは俺だったわ。そりゃこうなるわ。
シルクの手袋をしたオリザちゃんの、予想外にほっそりとした手を取ると、慣れた足取りで彼女は下りてきた。
「俺でよかったの?」
「あ? アンタは不満なのか?」
「えっと、いや、リットじゃなくていいのかなって……ていうかリットは?」
俺がきょろきょろすると、
「いいから、行くぞ」
ぐいっと引っ張られた。ほらね、俺がエスコートされてるだろ?
「……他に言うことは?」
オリザちゃんが言う。その頬はほんのり赤い。
わかってますって、こういうときに言わなきゃいけない言葉は。俺は鈍感系主人公じゃないからね。
「キレイだよ。いつもの明るく元気なオリザちゃんもいいけど、今日の君は見違えるようだ」
「なっ——!?」
ドレスに手袋、胸元は開けていて首にはシルバーのネックレスがあった。
髪は整えられて青色の花がつけられてある。うっすら化粧もしているようで、ただでさえ大人びているオリザちゃんはこれだと18歳くらいに見える。う〜〜ん、実年齢を知らなければストライクゾーンに入ってくるのに!
「どうしたの?」
「べ、べ、別に……な、なんでもねーよ……」
俺の褒め言葉を聞いて真っ赤になっちゃったオリザちゃん可愛い。あと5年経ってたら告白してたな。
おしとやかになっちゃったオリザちゃんと、相変わらず影のように付き従ってくるスヴェン、それに他のクラスメイトたちとともに会場へと入っていく。
「おお……」
思わず声が漏れた。
天井に吊り下がったシャンデリア……これ、いくつあるんだ?
めちゃくちゃ広い。
中央はダンススペースになっていて、談笑するためのテーブルは壁際に並んでいた。
すでにダンススペースのど真ん中で弦楽隊は優雅な音楽を奏でていた。あまりに広いものだから、そこで演奏しないとダンスしてる人たちに聞こえないんだろうな。
全校生徒が集まるんだから、そりゃ広いよなぁ……。
5学年で2500人くらいいるはずだ。
会場の入りは半分くらいで、これからどんどんやってくるはずだ。
どこにどのクラスが集まる、とかはないみたいだけれど、ジュエルザード王子殿下がいるあたりには人が集まっている。おっ、キールくんだ。向こうもこっちに気がついてはにかみながら小さく手を振ってくれたので振り返す。ばっちり燕尾服を着込んだキールくん。なにを着せても似合うよなぁ。
「こら、女子をエスコートしてるときに他の女に手を振ってんじゃないよ」
「いでっ」
オリザちゃんに耳を引っ張られた。
「違うって、キールくんだから」
「……それはそれでなんかムカつくんだが」
「いやいや、キールくんは別格でしょ。むしろ人間がキールくんにかなうわけないでしょ」
「アンタのその認識、歪んでねーか?」
そんなことを言いながら、我ら黒鋼1年は空いているスペースで固まることにした。履き慣れないヒールを履いた女子はイスに座って休んでいる。
なんとなく、だけどクラスごとの違いが見えてくるな。
華やいだ集団は黄槍で、その周囲にいるのが碧盾。
白騎と蒼竜は完全に分離している。見た目は似てるんだけど、ジュエルザード殿下がいるほうが白騎だろう。
緋剣は女子だけで固まってるからわかりやすいな……おっ、リエリィだ。俺が手を振るよりも前に、弦楽の音が止んだ。どうやら、そろそろ始まるらしい。
……そういやほんと、リットの姿が見えないな。どこ行ったんだろ。
ハッ、まさかアイツ! すでに会場にいて女子に声をかけてるんじゃないだろうな!? よく見るとウチのクラスの男子も数人いないし! 特にトッチョの取り巻きの連中! ナンパタイムなのか!? ずるい! 俺も黄槍の上級生に声を掛けたい! フルチン先輩を捜さねば!!
と、そのとき——全体の照明が抑えられ、外から射し込んでくる茜色の光だけがほぼ光源となった。
『栄光のクラッテンベルク王国における、最高の学び舎に通いし最高の生徒たちよ』
魔道具によって拡大された声が聞こえてくる。
学園長だ。
ヒゲの長い、俺の知る限り唯一「魔法」を使える人。
『生命の芽吹く春は終わり、生命の燃え上がる夏となっている。本校はこれより1か月ほどの休みとなるが——』
どこにいるのかと探してみたけど、見えない。この会場にはいないんだろうか?
1年生はもちろん、低学年は神妙な顔で学園長の話を聞いている。
だけど上級生は慣れたものなのか、近くの人と小声で談笑していた。
『——今宵は楽しみたまえ。我らがクラッテンベルク王国に栄光あれ』
それが最後の挨拶で、「栄光あれ」のところで俺たちは一斉に胸に手を当てた。「礼儀作法」の教科書にそう書いてあったからな。
と同時に、音楽が再度始まった。これまでよりもずっと大きな音量になっている。
照明が再度光量を増し、最上級生たちがダンスエリアへと出てくる。男子が女子をエスコートする姿は堂に入っていて、特にジュエルザード殿下はもうすごい。どこにいてもわかるってくらいキンキラキンだ。
上級生が先に踊り、下級生は後、というのは決まっているらしい。
さて、と。
「それじゃあ食いますか!」
俺やクラスメイト男子たちの目は、テーブルに給仕され始めた食事へと向いていた。
見たこともない豪華な料理が、今日は全部食べ放題!
さあ、食うぞ〜!!
* キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク *
音楽が始まると同時に、キールの従兄弟である第3王子ジュエルザードがダンスに行ってしまったので、それまで王子に遠慮していたであろう女子生徒たちが一斉にキールへと殺到した。
「キルトフリューグ様、本日のダンスのお相手は決まっていらっしゃるのですか?」
「いかがでしょう、今宵、わたくしのために少々お時間をいただけませんか」
「まあ、自分から誘うなどとはしたない……」
「それならばあなたはキルトフリューグ様から離れてくださいませ」
いつものことではあったが、いつもと違うのは、
(これは強烈なニオイですね……)
彼女たち全員が、てんこもりに盛った化粧とアクセサリで武装しており、さらには目立つためにこれでもかと香水を振りかけているのだ。広いとは言えここは室内。ニオイが入り交じって頭が痛くなる。
さらには、舞踏会はすなわちパートナーと過ごす時間でもあり、キールのためにふだんは盾になってくれるクラスメイトたちも自分のパートナーと過ごし、あるいはパートナーを選ばなければならなかった。
いわばキールは、肉食獣の群れに放り込まれたニワトリのようなものである。
「そうですね、今日の相手は——」
だからと言って相手がいない、というわけにはいかないのが、貴族の面倒なところである。適当な家格、適当な年齢の女性をそばにおいておかなければ「見映えが悪い」。キールもそこは承知しているし、殺到している女子たちもそれがわかっているから「最初に選ばれる」ためにここにいるのだ。
(同じ白騎クラスの方に、我慢していただきましょうか……)
と、無難な選択をしようとしたときだ。
そのときふと、キールの視線が近くの集団へと向いた。
そこにはキールと同じ状況——いや、男女逆転はしているが——が繰り広げられていた。
(男子が殺到してエスコートを申し出ているお相手は……リエルスローズ嬢!)
緋剣クラスは女子しかいないために、男子が集まってダンスを申し込むのは舞踏会では常のことだった。
ただ、リエリィの周囲だけは異様なまでに男子が集まっている。1年生はもちろん、上級生もわんさかと。
リエリィも、こちらを見た。
ふたりは同時にうなずく。
「失礼。もう決まっているのです」
えぇ〜、という残念な声が上がり、リエリィの周囲でも同様の声が上がった。
ふたりは人混みをかき分けてようやく面と向かい合う。
「リエルスローズ嬢、本日もおきれいでいらっしゃいますね」
「キルトフリューグ様、ごきげんよう」
「今宵のお相手をお願いしても?」
「喜んで」
まったく喜んだふうはない、冷たい顔でリエリィはうなずくとキールの手を取った。
とはいえキールもまたリエリィに話しかけながら視線は違うところを探している。
「ソーマくん、いませんね……」
「もっと入口のほうにいましたもの」
「では先に必要な方への挨拶を済ませ——」
「——ソーマさんのところへ行きましょう」
貴族にとって舞踏会は「仕事」の一環であり、キールもリエリィもそこはしっかりわきまえている。むしろふたりにとってほぼ100%が「仕事」のこの舞踏会で、ソーマだけは面倒なことを考えずともよく、話して楽しめる相手なのだ。当然、会いに行けるなら会いに行きたい。
「おい、あれ……」
「キルトフリューグ様と、グランブルク家の『吹雪の剣姫』か?」
「あのふたりがパートナーだなんて聞いていないぞ」
周囲の貴族がざわついているが、これも想定の範囲内である。
ふたりはジュエルザード王子を始め、上級生の高位貴族に挨拶をしていく——と、
「あァ……? 白騎の
正面に、燃えるような赤い髪を逆立てた男子生徒——蒼竜クラスのヴァントールが立っていた。
彼が連れているのは蒼竜クラスの女子だろう。はっきりとわかるほどに敵意に満ちた目でキールを見てくる。
「ヴァントール様、よい夜ですね」
仔馬、などとバカにされてもキールは余裕の笑顔を崩さずに会釈する。
「ずいぶんと余裕こいてんじゃねェかァ……。対抗戦で白騎クラスが4位だなんてのは、ここ10年なかった珍事だと聞いてるぜ?」
「はい、戦ったお相手が強敵でしたからね。あと少しで勝てたのですが、とても残念です」
「……チッ」
ヴァントールが舌打ちしたのは、結局、蒼竜クラスも白騎クラスとの接戦にもつれ込んで3位という微妙な結果だったからだろう。
大勝した黒鋼はともかく、緋剣クラスに2位を取られたことはヴァントールにとっても計算外だったに違いない。同様に、キールを完全封殺できるかと思ったのに最終的には突破され、個人順位でも抜かれそうになったというのもまた計算外だったはずだ。
それがわかっているからこそ、キールは微笑を浮かべていられる。
「ヴァントール様、次の対抗戦が楽しみですね? おっと、しかし蒼竜クラスと当たるかどうかはわからないのでしたね。残念です。本気になった白騎クラスをお見せしたいのですが」
これは暗に、「対戦クラスの決定に関与していただろ?」と言っているのである。そして「次も当てろ。さもなくばお前は逃げたことになる」とも。
「……キルトフリューグぅぅぅぅうぅうううう」
ヴァントールの額に青筋が立ち、燕尾服の下の筋肉がぎしぎしと軋みを上げている。
わかりやすく発せられた殺気に、腕の立つ数人の生徒ががこちらに視線を投げてきた。
「ヴァントール様……ここではお止めください」
「……わァッてるよ……」
蒼竜の女子生徒に腕をつかまれ、ヴァントールは去っていった。
「ふぅ——あそこまで正面からぶつかってこられると、こちらも疲れますね」
「……キルトフリューグ様も、大変ですもの」
「いえ、私なんて……ソーマくんに比べればこれくらいのこと」
「ソーマさんと比べるのが間違っています。あの方はちょっと見たことがないほどの規格外ですもの」
「リエルスローズ嬢がそこまで言いますか」
「はい」
真顔でうなずいたリエリィは言った。
「抜剣したわたくしが、素手のソーマさんに勝てませんでしたもの」
さすがのキールも、それは知らなかったので目を丸くした。
「…………あの、リエルスローズ嬢が剣で、素手のソーマくんに……」
「負けましたもの。完敗ですもの」
「…………」
信じられない、という顔で首を横に振ろうとしたキールだったが、
「……彼はほんとうに2ケタの累計レベルなのでしょうか?」
リエリィは小首をかしげながら、こう言った。
「当然、違いますもの」
今さらなにをおっしゃるのですか? と付け加えて。