そして、ルネサスなど車載半導体メーカーも、TSMCの先端プロセスのキャパシテイをめぐる争奪戦の渦中にいる。そのようなかで、昨年2020年にコロナ騒動が起きたわけだが、TSMCにおける車載半導体製造には、どのような影響があったのだろうか。
コロナによる自動車産業へのダメージ
図3に、2016~2020年の日本における新車販売台数の推移を示す。新車販売台数は月ごとに大きく変動するが、特に年度末の3月に毎年大きなピークがあることがわかる。2020年はクルマメーカーがコロナの直撃を受け、多くの工場が減産したり停止したりした。図3を見ても、2020年の新車販売台数が低調であることが見て取れる。
ここで、2016~2019年の毎月の平均新車販売台数(以下、平均台数)と、2020年の販売台数との比較を行った(図4の上)。そして、この両者の差、つまり2020年は毎月、平均台数に対してどの程度、落ち込んだかをグラフにしてみた(図4の下)。
その結果、2020年の新車販売台数は3~4月に5万台以上落ち込み、さらに5~6月には8万台以上の減少となっている。この減少は7月以降、少しずつ回復していき、10月には平均台数を2.1万台上回り、ほぼ完全回復を遂げたといえる。
この状況から、今年2021年は自動車メーカー各社とも、予定通りに新車を生産しようと計画したはずである。ところが冒頭で述べた通り、車載半導体が不足したため、世界中のクルマメーカーが減産に追い込まれようとしている。では、なぜ車載半導体が不足するのか。
TSMCの半導体種類別出荷額
図5に、TSMCの半導体種類別の出荷額の割合を示す。まず、2018年後半以降、TSMCの出荷額に占める約半分がスマートフォン向けであることがわかる。そのなかには、スマートフォン用アプリケーションプロセッサ(AP)および4Gや5G用通信半導体などが含まれる。その最大のカスタマーがiPhoneを販売している米アップルである。
また、2020年に入って、High Performance Computingの割合が急拡大していることがわかる。これは、コロナ禍によって、テレワークが世界的に普及するとともに、巣ごもり需要によって、ネット販売が拡大し、さらに高性能ゲーム機が売れるようになったことに起因する。例えば、テレワークの普及とともにPCの需要が拡大し、TSMCに生産委託しているプロセッサメーカーの米AMDのビジネスが拡大した。また、世界中の通信量が飛躍的に大きくなったために、アマゾン、マイクロソフト、グーグルなどクラウドサービス事業者によるデータセンタ建設が活発になり、そこには大量のサーバーが必要で、そのサーバーには高性能プロセッサが搭載される。以上のような事情で、High Performance Computingの割合が急拡大したのである。
TSMCの車載半導体の割合
一方、車載半導体(Automotive)は、そもそもTSMCの出荷額の中では割合が大きくなかったが、2020年第1四半期と第2四半期の4%から、第3四半期にその半分の2%に減少している。これは、自動車メーカーがコロナの直撃を受け、図4で説明したように、特に2020年5月と6月に、クルマメーカーが新車の生産を大幅に減産したため、その頃にTSMCに対する車載半導体の注文が大きく減らされたためと推察できる。
ここで、トヨタに代表される自動車メーカーは「ジャスト・イン・タイム」の経営手法により、部品の在庫を極力減らすようにしている。また、半導体の製造には、ウエハを工場に投入してから500工程(先端プロセスの場合は約1000工程)のプロセスを完了するまでに2~3カ月程度かかる。そのため、例えば毎年3月に新車販売台数が倍増することがわかっているのなら、遅くともその半年前にはそれに必要な車載半導体を発注していると考えられる。
ところが、突然発生したコロナ騒動により、自動車メーカーは計画通り新車を生産することができなくなり、TSMCへの半導体の発注を大幅にキャンセルしたと推測できる。そのため、TSMCにおける車載半導体の出荷額の割合は、2020年第3四半期に半減して2%になった。これに対して、TSMCはどのような行動をとるだろうか。
なぜ車載半導体が不足するのか
2020年後半、TSMCにおける車載半導体の工場の稼働率が大幅に低下したはずである。しかし、TSMCには先端ファブレスからの生産委託の要求が捌ききれないほど来ている。TSMCとしては、稼働率が低下した工場を遊ばせておくはずはなく、先端ファブレスが委託する5G用やAI用の半導体をその工場で製造し始めるだろう。
したがって、本来は車載半導体専用だった工場は、別の最先端半導体の製造で瞬く間に埋まってしまったと考えられる。そして、その別の半導体の製造には2~3カ月はかかるため、その間に、車載半導体に切り替えることはできない。これが、車載半導体が不足している第1の理由である。
次に、例えば別の半導体の製造が2020年内に完了して、再び車載半導体の製造に切り替えることができたとしても、そのウエハプロセスが完了するには2~3カ月かかる。よって、その間は、クルマメーカーは車載半導体を調達することができない。これが、車載半導体が不足している第2の理由である。
車載半導体の供給不足はいつ解消されるのか
さらに、いったん別の半導体の製造を行った工場を、すぐに車載半導体の製造に切りかえることができない事情が発生する可能性がある。その理由は2つ考えられる。
まず、別の半導体、例えば5G用やHigh Performance Computing用などの半導体の需要が極めて大きく、かつ利益率も高い(何しろ車載半導体のような超高信頼性や「ライン認定」は必要ない)ため、TSMCがビジネス効率を優先して、その工場では車載半導体をつくらない方針を取る可能性がある。その場合は、TSMCが車載半導体用に工場を別途建設することになり、「ライン認定」をゼロからやり直すため、最低でも1~2年はかかる計算になる。
一方、別の半導体の製造が完了したら、再び元の車載半導体に切り替える場合でも、すぐに製品ができないかもしれない。というのは、別の半導体の製造のために、製造装置は変えないが、プロセス条件は大きく変更されていると思われる。その場合、ドライチング装置、CVD装置、スパッタ装置などの真空チャンバを使う装置は、装置の内部が変質している可能性が高い。
そのため、2~3カ月かけて車載半導体の試作を行って、表1に示した要求仕様を満たすかどうかの確認を行う必要が生じる。その際に、もし想定していた仕様の車載半導体ができない場合は、500~1000工程のプロセス開発をやり直す必要がある。すると、再度、「ライン認定」を取り直すことになるため、その期間は最低でも半年~1年程度かかると思われる。
以上をまとめると、車載半導体の不足が解消されるには、最低でも半年~1年、長引けば1~2年かかると予測する。冒頭の日経新聞にある「車載半導体の供給が正常に戻るまでには半年近くかかる可能性がある」というのは、楽観論としかいいようがない。多くの自動車メーカーにとって、事態は極めて深刻であると思われる。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)