このように超高信頼性の車載半導体を、自動車メーカーの「ライン認定」を受けて、がんじがらめの状態で製造し、その価格は徹底的に「Low」を要求されるため、ルネサスの技術者からは、「本当は車載半導体なんかつくりたくない」という本音を聞いたことがある。
東日本大震災で被災したルネサス那珂工場
そのようにトヨタが「ライン認定」していたルネサス那珂工場が2011年3月11日に発生した東日本大震災で被災した。多くの製造装置がひっくり返り、クリーンルームの壁には亀裂が走った。その結果、ルネサス那珂工場はトヨタ用ECUを1個も製造できなくなり、トヨタはハイブリッド車「プリウス」を1台も生産することができなくなってしまった。
そのため、トヨタとデンソーは、ルネサス那珂工場の復旧を支援するため、約2500人の社員を応援に送った。その当時、トヨタ向けのECUは、ルネサス那珂工場の8インチラインにて、0.18μmプロセスで製造されていた。ルネサスには那珂工場以外にも西条工場、滋賀工場、川尻工場、シンガポール工場など、0.18μmの8インチラインが多数あり、代替生産は可能だった。
にもかかわらず、ルネサスも、トヨタも、他工場で代替生産しようとせずに、被災した那珂工場の立ち上げに固執した。その理由は「ライン認定」にあったと聞いた。つまり、那珂工場以外の半導体工場でトヨタ向けのECUを製造する場合、改めて「ライン認定」を行う必要があり、それには半年~1年程度の時間がかかる。それよりも、すでに「ライン認定」されている那珂工場を復旧したほうが早いとの判断だったのだろう。
このように、コンシューマー用に比べると非常に厳しい信頼性が要求される車載半導体を製造する場合、自動車メーカーが半年~1年程度かけて「ライン認定」を行うということが慣習となっている。そして、その半導体工場になんらかのトラブルが生じても、容易に他の半導体工場での代替生産ができないのである
28nm以降はTSMCへ生産委託
そのルネサスは、45~40nmあたりまでは自社で設計し、自社の半導体工場で車載半導体を製造していた。ところが、微細化が進むにつれて、その開発費や設備投資に巨額資金が必要になってきた。そこで、28nm以降の車載半導体については、設計は自社で行うが、製造はTSMCに生産委託することになった(2018年3月26日付日経新聞)。
つまり、ルネサスは45~40nmまでのレガシーなプロセスを使う車載半導体は自社で製造するが、28nm以降の先端プロセスを必要とする車載半導体はすべてTSMCに製造を委託する「ファブライト」と呼ばれる半導体メーカーになったわけである(図1)。
その当時、筆者はルネサス関係者に「TSMCの半導体工場も『ライン認定』を受けるのですか?」と聞いてみたことがある。その回答は、「当然です。TSMCの車載半導体専用ラインは『ライン認定』を受けています」ということだった。
車載半導体に対する変化
そして、ここ数年、車載半導体に対する大きな変化が起きている。2011年にルネサス那珂工場が東日本大震災で被災した際、トヨタ用のECUは8インチの0.18μmプロセスで製造されていると説明した。つまり、今から10年前は、車載半導体の多くはレガシーなプロセスで製造されることが多く、最先端のプロセスが使われることはほとんどなかった。
それは、車載半導体の製造はレガシーなプロセスでも十分間に合っていたし、クルマメーカーが非常に厳しい信頼性を要求することから最先端プロセスは使いにくいという事情もあったからだ。ところが、ここ数年、クルマ産業にはCASE(Connected、Autonomous、Shared & Services、Electric)の大津波が一挙に押し寄せてきており、クルマ産業は100年に1度の大変革期に突入している。その結果、冒頭の日経新聞の記事に「EV1台当たりの半導体使用量はガソリン車に比べて2倍多い」とあったように、クルマに使われる半導体の数や種類は年々増加の一途をたどっている。
そして、特に“C”と“A”、つまりネットにコネクテッドされた自動運転車が普及しており、そのような自動車には5G通信用に最先端プロセスで製造された通信半導体(例えば米クアルコムのベースバンドプロセッサ)が必要である上、加えて自動運転を行うために、やはり最先端プロセスで製造された人工知能(AI)用の半導体(例えば米NVIDIAのGPU)が必須になってきた。
要するに、CASEの時代を迎えて、車載半導体はすべてレガシーなプロセスで製造することはできず、5G通信用やAI用などの半導体は、TSMCの7nmや5nmなどの最先端プロセスが必要になってきたのである。
逼迫するTSMCの最先端プロセスのキャパシテイ
TSMCは2018年に7nmの量産を開始し、2019年には最先端露光装置EUVを使う7nm+の量産を立ち上げ、2020年には5nmの量産が立ち上がり、今年2021年には3nmのリスク生産が始まる。その3nmの本格量産は2022年に開始されるが、現在は2024年から生産を始める2nm用の製造装置や材料選定を行っていると聞いている。
このように、TSMCは世界の最先端の微細化を突っ走っているが、そのキャパシテイが逼迫している。というのは、アップル、クアルコム、AMD、NVIDIA、ブロードコム、ザイリンクス、メディアテックなど、世界中のファブレスが最先端の半導体を設計し、その製造をTSMCに生産委託しようとしているからである(図2)。
また、2015年あたりまでは最先端の微細化を牽引していたインテルは、2016年に10nmの立ち上げに失敗して以降、その先に進むことができていない。その結果、7nm以降については自社生産を諦め、ルネサスと同様にTSMCに生産委託することになりそうである。これも、TSMCの先端プロセスのキャパシテイを逼迫させる要因になるだろう。