黒鋼寮要塞化計画
翌日から一週間がまた始まった。クラス対抗戦まで2週間を切ったということもあって学園内にもピリッとした空気が流れている。
実技の授業は集団戦のトレーニングが中心になった。エクストラスキルは封印だ。どこでスパイされているかわからないものな——ただでさえ学園には外部の修繕業者が多く入っている状態だから。
座学の授業も、ジノブランド先生にお願いして教室内で素振りする時間を取らせてもらった。教室の後ろには木製の的を置いて、レベルが100を超えたクラスメイトはそこでエクストラスキルの試し撃ちをしてもらう。
「で、できた……できたよ俺も!」
今までできなかった仲間がエクストラスキルを撃てるようになると他のクラスメイトも発奮する。エクストラスキルを使える仲間は飛躍的に増えていき、トレーニングをサボっていたリット以外はこのまま行けば全員攻撃系のエクストラスキルを使えるようになりそうだ。
実のところリットもあるスキルはめっちゃ伸びてるんだよな。
【剣術】 48.71
【弦楽】 22.05
【舞踏】 14.10
【馬術】 15.77
【防御術】 20.57
【詐術】 87.19
【筆写】 8.07
合計、216.46——そう【詐術】が伸びているんである。
さすがにリットも自分のスキルを見てドン引きしている。
「……お前、なんか悪いことしてないよな? トレーニングサボって王都で結婚詐欺とかしてないよな?」
「し、してないよ! するわけないだろ!? ボクをなんだと思っているんだよ!」
そうは言うけどリットさん。
スキルはウソを吐かないんですよ……。
「そ、そう言えば、フランシスと黄槍の上級生の話を聞いたときとかもそうだけど、ボ、ボク結構変装して隠れたりしているから、そのせいかもね!?」
「お、おう……」
「そこは疑ってても『そうだったのか』とか納得してくれるところなんじゃないかなぁ!? ボクたちの間に友情は!?」
「いやまぁ、リットの天稟がさ……」
「あ……」
ぽん、とリットは手を叩いた。
「確かに天稟のせいというのはあるかもね……こんな妙なスキルが伸びてるんだから。ボクも『
「レア天稟なんだよな」
「うん。図書館で調べてみたけど、載ってなかった」
代表的な天稟が掲載されている辞典があるのだけど、俺の「
ともあれ、リットは対抗戦でエクストラスキルを使えないと思っておいたほうがいいだろう。
「おい、ガリ勉小僧……お前、今度はなにするつもりだ?」
放課後、黒鋼寮の前でフルチン先輩に声を掛けられた。
今の俺は鉄製のヘルメット(黄色に塗った)、上下は薄汚れたツナギ(中古品)という格好である。そして同じ格好のクラスメイトが何人もいる。今日もゼロ災で行こう、ヨシ! ……親父が経営してた町工場では毎朝このかけ声してたっけなぁ……俺が整理したけど(遠い目)。
「あ、はい。黒鋼寮の要塞化を進めています」
「今なんて?」
「『黒鋼寮』です」
「それより後の言葉だよ」
「『進めています』」
「お前わざと間違えてるな?」
「要塞化です」
「……おかしいな。ここは俺の寝床であり女子を連れ込める愛しの男子寮の前のはずなんだが」
「女子連れ込んだら校則違反でしょ。なに寮長が堂々と罪を告白してるんですか。あとたいして愛着なんてないくせに」
「む! 警備員のジジイどもがいるじゃねえか! 俺はもう行くぞ!」
「あでっ!?」
俺の額にデコピンを入れるやフルチン先輩は突風のように去っていった。
いってぇ……フルチン先輩、俺の不意を突くとはやるな……。
赤くなっているだろう額に手を当てていると、警備員のガラハドさんがやってきたので俺は打ち合わせを始める。
そう、オリザちゃん(おそらく彼女のお兄さん)のアイディアである黒鋼寮強化、俺の中では「要塞化」を進めるべくガラハドさんたちにも相談しているのだ。
「ソーンマルクスくん。なかなかよいアイディアではないかね」
「はい、ありがとうございます。ガラハド先生」
「しかし、ここだの……バリケードを設けるのはいいがそれだけでは足りん」
ガラハドさんが指差したのは寮の外周をぐるりと取り囲む木製バリケードだ。丸太を削って加工する予定である。
「内側を掘って空濠としよう」
「なるほど、バリケードを乗り越えても外壁を簡単によじ登らせないように、ですね」
「それだけではないぞ。陰になっていることでトラップも仕掛けやすい」
「トラップ……
「なんだね、それは」
俺はまきびしの説明をした。忍者が投げるアレである。鋭い刃が靴底を貫通して足の裏に突き刺さるという。
「よいアイディアじゃの。しかし鉄製では錆が早いからの、1か月……いや、2週間ごとに回収して新しいものに切り替えらるようにせねばなるまい」
「そうします」
「聞くに、先日は投石で窓を割られたようじゃな」
「はい……バリケードを作ってもそれをやられるとどうしようもないなと思っていて」
「周囲の木を切るぞ」
「……なるほど、隠れる場所がなければ襲撃しづらいということですか」
「そのとおり。そこにマジックランプの街灯を多めに設置しよう」
「それはすばらしいですが、黒鋼寮のために学園が予算を割いてくれるとは思えませんが……」
「街灯用のマジックランプは予備が多い。燃料となる魔石についても警備予算があるでの、なんとかなろう」
「なんと。よろしいのですか」
「犯罪を防ぐために使うのじゃ、そのための予算である。次にこの場所じゃが——」
俺とガラハドさんはどんどん話を進めていった。
工事を進めるに当たってはクラスメイトたちががんばった。
他のクラスにもバレバレだったが「こっちは警戒してんだぞ!」というアピールも兼ねているのである。
「要塞化プロジェクト」は対抗戦までには終わらないだろう。だけれど、即効性が高く重要なところから手を打てば、1日作業しただけでも効果が見込めるはずだ。
事実、3日後には警備員さんが2人の侵入者を捕まえた。
* マテュー=アクシア=ハンマブルク *
手紙を読む手が震えている。読み終えるとその紙をぐしゃぐしゃにしてマテューはゴミ箱に放り込んだ。
「余計なことを……!」
書かれていた内容は至極単純なもの。
「学園に手配した人員を増やした」とそれだけだった。
しかしそれこそマテューの考えと真逆を行く。
自分の日記を何者かに読まれたと知ったマテューは、まず自身の身の危険を感じた。そして親が送り込んできた人員や、クラス対抗戦で当たる黒鋼クラスへの嫌がらせを止めるよう連絡した。
この目的は2つあって、1つはマテューが動きを停めたことで敵方の動きが際立つ。誰が敵で誰が味方なのか見極めたかったのだ。
もう1つは、リット=ホーネットの身を案じた。マテューにとっては恋い焦がれたファーリットの親族である少年を守りたかった。マテューが手を止めたというのに、この段階で黒鋼クラスに手を出すヤツがいればそいつは限りなく怪しい——日記を読んだ犯人かもしれない。
しばらくはそれでよかったし、マテューは周囲を注意深く観察していた。だが親はそれだけでは不足だと思ったのか、学園に手配した業者を増員し——つまるところ手先を増やし「勝手に動くぞ」と言ってきたのだ。
「そんなに俺が信用できないっていうのかよ……」
マテューが歯ぎしりしながら私室を出た。
黄槍寮のエントランスに向かうと——声が聞こえてきた。
「——おいおい、送り込んだのが捕まったとかマジか?」
「——フランシスくん、なにやってんのよほんと……失望したぜ」
「——お前には散々情報も渡してるんだ、次はしくじるなよ……
上級生の声だ。
マテューは、エスカレーターを上がっていく上級生と、取り残されたように突っ立っているフランシスを見た。
「……どうした、フランシス。連中となにかあったのか」
「い、いや……なんでもないよ」
マテューの顔を見ず、フランシスは去っていく。
「なんだ……?」