15:ヴィンセントの過去 3
侵入はあっさりと成功した。
あんまりにも簡単すぎて、肩透かしを食らった気分だ。
今回、直接殺すことを目的として侵入したのではない。ある程度は、ラリーアルド帝国の兵士から『祝福』の話は聞けたが、すべてではない。祝福の魔女の力は未知数だ。
その未知数部分がわからないまま攻め込むわけにはいかない。反乱軍とラリーアルド帝国の国力からしても、侵略の機会は一回だけなのだ。
だからヴィンセントは、魔女のそばで力について調べることにした。弟子という立場で四六時中一緒にいれば、いずれボロが出る。そうすれば、この帝国を打ち滅ぼせる。
ヴィンセントは行き倒れに見えるように、服に泥を塗って、扉の前で倒れこんだ。
これで騙せるかどうかはわからない。だが、捕らえたラリーアルド帝国の兵士は、魔女は世間知らずで、お人よしだと言っていた。
もし――もし騙せなければ、刺し違えてでもその場で殺すだけだ。
ヴィンセントは腰の剣に手をかけた。
――それだけの覚悟をしたと言うのに、魔女はあっさりとヴィンセントを家に上げたばかりか、空腹を訴えるヴィンセントに食事まで提供した。
行き倒れに見せかけるために、二日前から断食していたヴィンセントは出される食事に警戒しながらも、毒がないことを確認すると、パクパクと次々口にした。特にスープがおいしかった。
魔女を魔女だと知っているヴィンセントを見ながら、ニコニコしているアリシアを見て、ヴィンセントは訝しんだ。
――世間知らずにしても、ここまで警戒心が薄いことなど、あり得るだろうか。
考えても仕方ない。ヴィンセントはこの魔女の内面など、知らないのだから。
ヴィンセントは本来の計画通り、魔女に弟子にしてほしいと申し入れた。
アリシアは弟子入りを拒絶した。しかし、その理由が自分を弟子にしたくないのではなく、自らの能のなさからきていることがわかったヴィンセントは、もう一押しだと確信した。
「どうかここに置いてくれ。他に住む場所も、金もない。雑用ももちろんやろう。女の一人暮らしだ。用心棒も兼ねよう。剣には少々覚えがある」
その一言で、アリシアは陥落した。
◇◇◇
弟子になったヴィンセントは、アリシアに怪しまれないよう、雑用などをせっせとこなした。アリシアがこちらに懐くのは思ったよりも早かった。
アリシアはドジだ。よく木の根に足を引っかけて転んでいるし、書き物をすると字をしょっちゅう間違えてあたふたしていた。
そのたびにヴィンセントはあきれた気持ちになりながら、少女のことをどこか憎めなくなっていた。いつしかドジを見るたびに笑っていた自分がいた。
アリシアがヴィンセントより優れているのは、薬草の調合と、料理の腕だけだった。薬草の調合に関しては、薬師を上回る腕の良さだった。ヴィンセントは役に立つと思い、積極的に学んでいった。アリシアも、やっと教えられることができたと、嬉しそうに笑っていた。
アリシアの料理はとてもおいしかった。特に初日に出されたスープをヴィンセントは気に入っていて、たびたびリクエストした。アリシアは微笑みながら、料理を作ってくれた。おいしくて、ずっと食べていたいと思った。
――ヴィンセントは自分の感情の変化が恐ろしくなった。
これは祝福の魔女だ。仇だ。いずれ殺す相手だと、必死に自分に言い聞かせた。
言い聞かせても、笑いかけられるたび、柔らかい声を聞くたび、ヴィンセントの心は揺れた。
込み上げてくる愛しさを、隠すことが難しくなったとき。
反乱軍から、もう限界だと、知らせが入った。