13:ヴィンセントの過去
ああ、夢だと、すぐに気づいた。
何度も繰り返し見た夢だ。
――ヴィンセントは王子だった。
小国ながら、緑豊かな国。そんな国に生まれた、第三王子。優しい父母。仲のいい兄弟たち。そうした平和の中でヴィンセントは生きてきた。
あの日までは。
◇◇◇
城が燃えている。
「王子、王子、お逃げください!」
兵士が必死に叫んでいる。まだ十を過ぎたばかりの少年であるヴィンセントは初めて味わう恐怖に震えていた。
「――ヴィンセント」
燃える火をかいくぐり、父がきた。後ろに兄二人がいる。母はいない。
母はさっき、自分をかばって死んでしまった。
死んだ母の亡骸に縋るヴィンセントの頬を父が撫でた。
「お前は逃げなさい」
父は笑っている。
「どうして、ラリーアルド帝国が……? 協定があったはずでしょう……?」
ヴィンセントは涙を堪えながら、父に言った。
「わが国で最近発見された鉱山が欲しかったらしい。協定など、もはや関係ない」
一番上の兄が答えた。
「あの国は、魔女の力を得た」
「まじょ……」
言葉を繰り返したヴィンセントに、二番目の兄が言う。
「祝福の魔女だ。おかげで、我々は、敵兵を一人たりとも傷つけられない」
魔女がラリーアルド帝国の兵士に『祝福』を与えたのだと言う。ヴィンセントにはよくわからなかった。
「お前は強い魔力がある。それは成長すれば、戦力となるだろう」
父は相変わらず笑っている。
「だから、お前は生き延びねばならない。いずれ、あの国を滅ぼすために」
必要な存在なのだと父は言った。
「父上や兄上たちは一緒に来て下さらないのですか?」
三人は首を振った。
「我々が囮になる。その隙に逃げなさい」
父の言葉に二人の兄も頷いた。
「嫌です! 一緒にいきましょう!」
縋りつくヴィンセントの手は、父によって払いのけられた。
「最後の王族であり、戦闘でも活躍する魔力の高い王子は、残された民の心の支えになる。いずれ、お前はあの国を滅ぼす中心人物となるだろう。どうか、我らの仇を討っておくれ」
呆然とするヴィンセントを残し、三人は戦火の中に戻っていく。
「待って! 待って! 父上! 兄上!」
「いけません! 逃げましょう!」
大きなうめき声が聞こえる。ヴィンセントは震えながらも、父たちが去っていったほうへ手を伸ばすも、兵士に止められる。
「でもみんなが!」
「陛下方の死を無駄にするおつもりですか!」
死。
うあ、という叫び声が聞こえた。その声は父の声に似ている。ヴィンセントは泣きそうになりながら、兵士と共にその場を去った。
――父上、兄上、母上、国のみんな。
みんなみんな、死んでいった。
何人もの死体を見ながら逃げる幼いヴィンセントは、涙を拭う。
――必ず、必ずあの国を滅ぼしてやる!
もう涙はこぼれない。
その目には、復讐を心に決めた憎悪の炎が映っていた。