12:ヴィンセントについて
母の言うことすべてを真に受けてはいけない。
アリシアがそれを学んでから三ヶ月が過ぎた。
「おいしいー! おかわり!」
「はい」
差し出された皿に炊き立てのお米をのせる。この米というのも、百年ほど前に他国からきたもので、アリシアはなぜ二百年前にはなかったのかと悔しい気持ちになった。
「ハンバーグ! は! ご飯何杯でもいける!」
軽快に食べる姿は気持ちがいい。ニコニコしながら食べるアダムにアリシアも微笑んだ。
あの日、アダムに初めて会った日。せっかくなのでと食事に誘ったら、彼はたびたび食卓に顔を出すようになった。
「アリシアちゃんのごはん本当においしい! お嫁さんになってもいいんだよ?」
「お断りしますね」
「きっぱり断られたー!」
嘆く様子を見せるも、あまり傷ついているようには見受けられない。きっと冗談なのだろうとアリシアは判断している。
ちらりとヴィンセントを見ると、黙々と食事を口に運んでいる。
今日の食事も口に合ったようだとアリシアはほっとした。
「ふうーん?」
声に振り向けば、アダムがニヤニヤとした顔でこちらを見ている。
「なるほどねぇ」
アダムは楽しそうに言う。
「こうして食事作るのも、賢者様のためなんだ?」
「なっ!」
からかい交じりの言葉にアリシアは抗議の声を上げる。
「ち、違います!」
「違わないでしょ? 健気だね」
「ち、違う……」
焦りながらヴィンセントを見ると、彼は食事の手を止めている。本当にそういう意図はなかった。ただ、ただアリシアは――
「そうじゃなくて」
アリシアは焦りながら叫んだ。
「仲良くなりたいだけです!」
◇◇◇
「なにやら失敗した気がします……」
あの後、アダムは爆笑し、ヴィンセントは苦い顔をしながら無言を貫き、アリシアは顔を赤くするという、なんとも言えない空気になった。
救いだったのは、ヴィンセントが「明日も頼む」と言ってくれたことだった。
拒否されたらどうしようと思っていたアリシアは胸を撫で下ろした。
「三ヶ月……」
ここにきて、もう三ヶ月が過ぎた。
アリシアはヴィンセントから借りた本を撫でた。
「さすが、賢者の塔ですね」
今まで学んできたもの以上の詳細を記した歴史書が山のようにある。
アリシアが知らないことがいくつもあった。
——しかし、どれにもヴィンセントがいつから呪いを受けたのかは書いていない。
「でも」
それ以外で、知り得たこともあった。
自分が死んだあとのヴィンセントのその後、そして、自分に会う前のヴィンセント。
「トゥルースの最期の王族……」
ヴィンセントは、ラリーアルド帝国が最初に滅ぼした国の、王子だった。