第13話 獅子王様、飼い主候補に出会う
「ゴルル…(なぜ余の可愛いしぐさを見ると皆死ぬのだ…。……はっ! もしや余のあまりの可愛さに頭がどうにかなって……!?)
頭がどうかしているのは獅子王なのだが、それを指摘してくれる老猫は不在だ。
「ゴルル(ふふ、余の可愛さで死ねたのなら、こやつらも幸せであっただろう、もぐもぐ)」
この世でこれ以上不幸な死に方は中々見つからないだろうが、やはり老猫は不在だ。
残さずゴブリンを食した獅子王は、そこでようやく木の影にかくれていた少女の存在に気づいた。
「ゴル……?(んん……?)」
ローブのフードを目深に被り、木の根の間に身を隠していたのだろう。
怯えているが、逃げ出す様子はない。
フードの影から、注意深く獅子王を見つめている。
「ゴルル……(人間か……? 余の鼻をごまかすとは、よい隠形であるな)」
獅子王は震える少女を見下ろし、少し思案する。
もちろん飼い主になってもらうための勧誘を行うかどうかだ。
村では飼ってくれないかと頼むたびに失神されてしまった。
この娘も同じように気を失ってしまうかもしれない。
しかし、だからといって挑戦しないわけにも行くまい。
行動しなければ、何も得ることは出来ないのだから。
望むものを手に入れられるのは、常に行動したものだけだ。
獅子王は無駄にポジティブだった。
「ゴルル……(そこな娘よ)」
鋭い爪を器用に操り、少女のフードをそっと外す。
金色の髪を肩まで伸ばし、海のように碧い瞳が印象的な娘だった。
体は震え、涙をにじませながら、それでもしっかりと獅子王を見つめ返していた。
「ゴル……(良い目をしているな)」
獅子王はかつて爪牙を交えた者たちを思い出した。
強さ弱さに関係なく、こういう目をしたものは手強かった。
「ゴルル(余のご主人様としての資格は充分か)」
資格も何も、獅子王は正直なところ飼ってくれるなら誰でも良かった。
雰囲気を出して言ってみただけだ。
「ゴルル!(良いだろう。そなたは余の可愛さを一身に浴びるに値する!)」
獅子王は前足をぐっと伸ばし背すじをぴんと張る。
それは獅子王の思い描く、今日一番のかわいいポーズだった。
弓なりにしなったその姿は、寝起きの猫が如き愛らしさだ。
ただし、それをやっているのが巨眼赭髯たる獅子王でなければだ。
しなを作った魅惑のポーズで、獅子王は全力のかわいいポーズを炸裂ささせた。
「ゴルル!(キラッ☆)」
デスウインク&ボムスマイルが少女を襲う。
「……?」
物理的破壊力を持つほどの獅子王の可愛いアピールに、少女はキョトンと首を傾げた。
「ゴル!(……な、なにい!?)」
獅子王は驚愕した。
モンスターたちは胃の内容物をすべて吐いて倒れ、心臓が潰れ、脳が爆散した。
必ず殺すと書いて必殺と読む、この可愛いポーズを一身に浴びて無傷だと。
「ゴル! ゴル!(ニコッ☆ ニコッ☆)」
様々な可愛いポーズを少女へと浴びせかけるが、少女はキョトンとしたままだ。
おどおどと困ったようにしているが、ダメージを受けているような様子はない。
獅子王が意思の疎通を取ろうとしていると判断した少女は、獅子王のポーズを真似してみた。
「え、えっと……ニコッ☆」
「ゴアアアアアアッ!?(ごはああああああっ!? 可愛いいいいいいいいっ?!)」
思わぬ反撃を食らって、獅子王は吹き飛ばされた。
これが本当の笑顔だというのか。
天使がごとき愛らしさに、獅子王は絶望した。
「ゴ、ゴルル……?!(そ、そなた、何者であるか?!)」
自分の可愛いポーズを受けてなんとも無く、挙句の果てにより可愛いポーズを返してくるなど、ただ者ではない。
「えっ、あっ! も、申し遅れました! 私はリリノア・ハイランディアといいます! 先程は助けていただいてありがとうございました!」
獅子王の言葉をそのまま受け取った少女は、折り目正しく一礼した。
「ゴルル……(そなた、余の言葉が理解できるのか?)」
「あ、はい。魔物言語は一通り分かります」
「ゴルル……(す、素晴らしい……)」
いよいよ持って、これは理想のご主人様なのではなかろうか。
だが、慎重に勧誘しなければならない。
いったい今まで、獅子王がどれほどの失敗を繰り返してきたと思う。
なんとそこそこ大きい村民人口なのだ。驚愕。
「ゴ、ゴルル……(よ、余は実は、飼い主を探していてな)」
冷静に考えれば頭のおかしい発言なのだが、この少女リリノアに取っては渡りに船の発言だった。
「ほ、本当ですか!?」
この二人の出会いが何を引き起こすのかは、まだ誰も知らない。
伝説のモンスターテイマーの誕生の瞬間であった……?(´・ω・`)