第11話 獅子王様、参上する
「はぁっ……はぁっ……!」
夜の森を転がるようにして少女は駆ける。
背後にはゴブリンの集団。
サビの浮いた槍や棍棒を携え、いやらしい笑みを浮かべながら少女を追い回している。
捕まれば、自分がどんな目に合わされるかは明白だった。
肺が痛い。足の感覚がない。心臓が破裂しそうだ。
少女は恐怖と苦しさで涙をにじませながら、それでも懸命に走った。
何度もころんだ膝はすりむけて血を流し、鮮やかな青いローブは泥に汚れてくすんでしまっている。
それでも少女は諦めなかった。
叶えなければならない夢があったから。
「私は、立派なモンスターテイマーになるんだ……! お母さんみたいな、立派な……!」
だが、実際はどうだ。
自分を守ってくれるモンスターはおらず、追いかけてくるゴブリンたちを手懐けることも出来ない。
地面に突き出ていた石に足を取られ、少女は転倒する。
疲労困憊した体は、受け身を取ることも出来ずに地面に転がった。
「あ、ああ……」
母の形見の杖が転がっている。
拾おうとしたその杖が、分厚い皮の足に踏みつけられた。
「ギギギ」
「ゲググ」
「ギャッギャッ」
絶望に染まる少女の顔に、いくつもの人影が落ちる。
自分を取り囲んで見下ろしてくるゴブリンたちに、少女は身をすくませた。
子供のような体格に、異様に大きな頭。
乱杭歯が並ぶ口は引き裂け、下卑た笑みを浮かべている。
それは食欲か性欲か。
ゴブリンの巣に運ばれた女の末路は筆舌に尽くしがたい。
「「「ギャハハハ!!」」」
ゴブリンたちは棍棒を一斉に振り上げた。
四肢を砕き、弱らせてから巣に持ち帰るつもりなのだろう。
少女は固く目をつむり、それでもなお、諦めを否定した。
腰のポシェットをまさぐり、羊の腸で防水加工された球体を取り出す。
勢い良く地面に叩きつけると、皮がパンとはじける。
中に入っていたのは刺激性の強い植物の粉末だ。
粉塵は舞い上がり、粉末の効能を知っていた少女だけが、目を閉じて鼻と口を手で塞いで被害を防ぐ。
目や鼻に粉が入ったゴブリンたちは、武器を取り落として転げ回った。
少女はその隙に囲いを抜け、杖を踏んでいたゴブリンを突き飛ばし、自分の武器を取り戻す。
転がるようにして大きな木のところまでたどり着いた少女は、杖をゴブリンたちに向けて宣言する。
「わ、私は!」
足をくじいたのか、立ち上がると足首に鈍い痛みが走った。
少女は顔をしかめつつも、その視線をゴブリンたちから離さない。
「私は、諦めない! 絶対に、諦めない!」
目鼻をかきむしり、ようやく痛みが抜けてきたゴブリンたちは、憎悪のこもった瞳で少女を睨みつけた。
武器を拾い、ゆっくりと少女を取り囲む輪を狭めていく。
恐怖で歯を鳴らしながら、少女はそれでもうつむきはしなかった。
ゴブリンたちはもう少女に一切の容赦をしないだろう。
怒りに煮えたぎる子鬼たちの眼光は、それをありありと語っていた。
少女は、カチカチとうるさい歯を食いしばることで黙らせる。
固いつばを飲み込み、杖を握り直す。
ゴブリンたちは奇声を上げ、一斉に少女へ向かって飛びかかった。
そして──
「ゴルルゥ!(またせたな! 可愛い可愛い、余の登場であーる!)」
大きな木の後ろから、その木より大きな獅子王が姿を表した。
絶対諦めないウーマンズ(´・ω・`)