第9話 獅子王様、また騙される
「ゴルル(先生、余は分からなくなってしまった)」
「にゃ、にゃあ……(こ、こやつ。もう戻ってきよった)」
ぬうっと、自分に影を差す巨大な獣に、老猫は自分の失策を呪った。
村で一番大きい村長の家。
その屋根で日向ぼっこをしていた老猫の前に、獅子王は行儀よくおすわりしていた。
周囲は怯える村人たちでいっぱいだ。
攻撃してくる様子もなく、ただ村へやってきた巨大な獣をどう扱っていいか、村人たちは困惑しながら見守るばかりだ。
クワやスキを携えているが、獅子王に挑もうという無謀な勇気を持ったものはいない。
「ゴルル(人間たちは、なにをざわざわしているのだ? はっ! もしや、余の可愛さに気づいて飼い主として立候補しようと……!?)」
「にゃー(目を覚ませ。夢を見るのは自由じゃが、今は昼じゃ)」
「ゴルル(ぐぬぬ、先生は容赦がない)」
「にゃー(して、今日はどうした。しばらくはペットに必要な何かを探し求めると思っていたのじゃがのう)」
「ゴルル(それが、修行により数々の可愛らしい仕草を見に付けたのですが)」
「にゃー(ほう)」
「ゴルル(それを見た魔物たちが、みな爆散してしまいまして)」
「にゃー(ほう、爆散……えっ?)」
「ゴルル(どうしたものかと……)」
どうもこうも。どうしろと。
一介の飼い猫にすぎない老猫には、難しすぎる質問だった。
相手が爆死を選ぶほどの醜いポーズとは、いったいどれほどのものなのか。
「ゴルル(少し試しにやってみせましょ──)」
「にゃー!(よい! 見せずともよい!)」
村が滅びてしまう。
老猫は必死で阻止した。
「にゃー(はぁ……。この際じゃから、はっきり言おう。おぬしはペットになるには難しい姿をしておる)」
「ゴルル(姿ですか? 大きく、強く、たくましい。余ほど美しい獣は存在せぬと臣下にはよく言われておりましたが……)」
獅子王の増長の一端がここにあった。
暗黒大陸の常識は、人間大陸の非常識だ。
「にゃー(ペットには大きさも強さもたくましさもいらんのじゃ……)」
「ゴルル(あれ? ですが、先生はペットには体や顔など関係ないと仰られていたような……)」
「にゃー!(だまらっしゃい!)」
「ゴ、ゴル!(は、ははっ)」
口からでまかせのボロが出たところを一括して黙らせるあたり、この老猫はやり手だった。
周囲の村人たちが、さらにどよめく。
小さな猫に巨獣が平伏する姿は、あまりにシュールな光景だった。
「にゃー(そうさな、まずはその大きな体を小さくするところから始めよ)」
「ゴルル(体を小さく……! それはどうやって……!?)」
どうやっても無理だろう。
老猫の厄介払いの方便がまた炸裂したのだ。
「にゃー(それを見つけるのもまた修行よ)」
もっともらしく言う老猫のでまかせは、今回かなり苦しいものだった。
が、尊敬する師の言葉を獅子王はあっさり信じてしまう。
「ゴル!(承りました!)」
「にゃー(承ったのか?!)」
「ゴル?(え?)」
「にゃー(いや、なんでもない)」
老猫は目をそらした。
獅子王はそれを不審に思うこと無く、背すじをぴんと伸ばす。
「ゴルル!(先生! この獅子王、必ずや小さくなるすべを身に着け、成長した姿を先生にお見せしましょうぞ!)」
地を蹴って村を軽く飛び越え、西へと走り去る獅子王。
老猫はその背を見送り、やれやれと息をついた。
「にゃーん(もう帰ってくるなよ―)」
こうして、獅子王はまたしてもまんまと騙されたのであった。
そしてそれがさらなる悲劇を、以下略。
老猫が村の守り神として崇められるようになるまであとわずか(´・ω・`)