第7話 獅子王様、師と出会う
猫だよ!(´・ω・`)
「ゴルッ(なにやつ……!)」
歴戦の獅子王はすぐさま戦闘態勢に入った。
周囲を見渡す必要もなく、すぐに声のぬしは見つかった。
それは家の屋根に箱座りした、一匹の老いた猫だった。
日向ぼっこの最中だったのか、のんきにあくびをしている。
「ゴルルッ(答えよ! 貴様、いま余に向かってなんと言った……!)」
「にゃーん(愚か、と言ったのよ)」
「ゴルルッ(おのれぇぇ、余を愚弄するか……。いや、分かったぞ。貴様嫉妬しているのだな? 余のこの愛らしい姿に!)」
ふふん、嫉妬乙とばかりに獅子王は胸を張った。
凄まじいまでの自惚れだった。
「にゃー!(この未熟者めが!)」
「ゴルッ?!(な、なんだとう?!)」
老猫の一喝に、獅子王は怯んだ。
今まで獅子王にそんな態度を取ったものなどいなかった。
敵対するものは数多くいたが、自らを叱責してくるものなど皆無だったのだ。
「にゃーん(村人たちは、お前の可愛さにやられたのではない。ただ恐怖で気を失っただけじゃ)」
「ゴ、ゴルル(きょ、恐怖だと? 馬鹿な、余は何もしていない。愛らしく顔を近づけただけではないか)」
それが人間にとってどれほどの恐怖か、獅子王にはわからない。
「にゃーん(やれやれ、そこで少し見ておれ)」
老猫は呆れたように鳴くと、器用に屋根から飛び降り、気絶した一人の頬を舐めた。
「う、うう……」
買い物の途中で気絶した彼女は、悪夢から目を覚まし、起こしてくれた老猫に目を留めた。
「にゃーん(ご主人、怖い目にあって可哀想にのう。さぁ、わしを胸に抱いて心を癒やすが良い)」
「あ、あら。ミケじゃない。私、どうして倒れていたのかしら? すごく悪い夢を見たような……」
どうやらこの女性は老猫の飼い主だったらしい。
赤子を抱くように猫を胸に抱いて立ち上がる。
そして目の前にいた獅子王の存在に気がついた
「あ、あああ……」
同時に自分がなぜ気絶していたかを思い出し、先程の光景が悪夢などではなかったことを思い知る。
「こ、来ないで、化物……!」
「ゴルッ!(化物っ!?)」
獅子王は後頭部を殴られたようなショックを受けた。
暗黒大陸では、勇ましいや美しいとはよく言われたが、化物呼ばわりされたのはこれが初めてだった。
獅子王は傷つきやすい乙女ハートの持ち主だった。
「ゴルル……(う、嘘だ。余は信じぬぞ……! そなたは余の可愛さにあてられて気絶したのだろう? なぁ、そうなのだろう?)」
「い、いやあ……! 食べないで……!」
ずいと詰め寄ると、女性は老猫を抱きしめ、自分の背で守るように隠した。
「お、お願い……! 私はどうなってもいいわ。だから、この子だけは食べないで……! この子は私が子供の頃からずっと一緒なの……! 大事な家族なの……!」
己の身より、飼っているペットを案じるその姿勢。
素晴らしい愛情だった。
今の獅子王には、到底手に入れられそうにないものだった。
「ゴルル……(そんな……。本当に余が怖くて気を失ったというのか……)」
女性がひどく怯えていることを、ようやく獅子王は思い知った。
「にゃーん(よく分かったかの? お主は可愛くなどない。大きく凶悪でただただ人を怖がらせるだけの魔獣じゃ!)」
「ゴアアアアッ!(ぐわあああああああ!!)」
老猫の容赦のない言葉に、獅子王は打ちのめされた。
「ゴルル……(余は、余は本当に可愛くないのか……?)」
「にゃーん(うむ!)」
「ゴアアッ(ぐはああああああっ!)」
しっかりトドメまで刺された。
しくしくと打ちひしがれる獅子王に、老猫は飼い主の胸の間から諭す。
「にゃーん(おぬしはペットというものを舐めておる。ペットとはそのように容易くなれるものではないのだ)」
老猫の言葉は、獅子王の胸に深く刺さった。
「にゃーん(大きな体、恐ろしい顔、そんなものは関係がない。おぬしはペットになるための重要なことを身に着けておらんのじゃ)」
「ゴルル(ペットになるための重要なこと……!? それはいったい……!?)」
指し示された一つの光明に、獅子王は顔を上げる。
「にゃーん(わしの口から言うのは簡単じゃ。だが、それでは意味がない。自分で考え、身につけてくるが良い)」
「ゴルル……(お、おおお……!)」
獅子王は感激した。
ここまで自分のことを思い、かつ叱咤してくれるものが今までいただろうか。
いや、いない。
獅子王は生まれて初めて、師を得たのだ。
「にゃーん!(ゆけい! 大いなる獣よ! そなたが答えを得た時、ふたたび
「ゴルルル!(はい、先生!)」
獅子王はキラキラと目を輝かせ、夕日に向かって駆け出した。
老猫は慈しむような目でその様子を眺め、しばらくしてふにゃりと体の力を抜いた。
「にゃーん(やれやれ、口からでまかせを言うのも疲れるのう。しかし、うまく追い出せた。これでもう村には来んじゃろ。あれがペットになれる方法なんぞまったく思いつかんわ)」
老猫の言ったことはまったくのデタラメだった。
「た、助かったの……?」
呆然と困惑する飼い主に、老猫はにゃーんと甘えるように答えた。
獅子王はこうして狡猾な老猫に、まんまと騙されたのであった。
そして、それがさらなる喜劇──ではなかった。
悲劇を引き起こすのである。
老猫が狡猾すぎる(´・ω・`)