第5話 獅子王様、婚活──ではなくペット活動を始める
獅子王様のアピールタイムが始まる(´・ω・`)
「ゴフゥ……(ごきげんよう。そなたが記念すべき最初の我がご主人様候補だ。どうだ、余のこと、飼ってみぬか?)」
獅子王はその巨体を縮こまるように伏せて、目だけを精一杯窓に押し付け、中に住む女性へ甘えるように声をかけた。
「ゴルル……(余としては三食昼寝付き、日に六度のモフモフを希望するが、どうだ?)」
「………………」
当然、言葉など通じているわけがない。
女性は時が止まったように、まばたきさえ忘れて固まるばかりだ。
「ゴルル、ゴルルルル……(場合によっては食事なしのモフモフだけでも良いぞ。余は狩りも得意であるからな。だがモフモフは譲れん。あの猫どもの幸せそうな顔。余も味わいたくて仕方がないのだ)」
「………………」
「ゴルル……(ど、どうした、なぜ答えてくれぬ……? 余が何か粗相をしたか? 余はちゃんと厠の場所も覚える賢いペットだぞ? お得だぞ?)」
「………………」
獅子王は人の気持ちがわからない。
ゆえに相手が怯えているとは露とも思っていなかった。
「………………」
「………………」
沈黙が一匹と一人の間に流れる。
どう考えても、獅子王と人との最初の接触は失敗に終わっていた。
獅子王は当初、のんびりと気の向くまま人里を探そうと思っていたのだ。
が、彼女の発達した嗅覚と聴覚は、目を使わずともすぐに近隣の住人の位置を把握してしまった。
見つけてしまったものはしょうがない。
運命とは自分で切り開くものだ、と数分前に『ご主人様との最初の出会いは運命的でなきゃ。きゃっ☆』とかほざいていた自分の発言を忘れ去る。
疾風の如きスピードで、あっという間に村までたどり着き、獅子王はすぐ近くに建っていた家を覗き込む。
裕福ではないが、貧しいというわけでもなさそうな内装だ。
「ゴルル(悪くない、悪くないぞ。余が住むには少々狭そうだが、なぁに、無理やりねじ込めばなんとかなろう)」
家主さん逃げて。この獅子王様、お家を破壊する気満々ですよ。
まずは家主に挨拶をばと、獅子王は視線を屋内に巡らせる。
ガシャンと陶器が割れる音がした。
そこには、目を見開いて獅子王の目玉を見つめる女性が立っていた。
記念すべき第一村人に出会った獅子王は喜び勇んで声をかける。
「ゴフゥ……(ごきげんよう──)」
以上が冒頭までの流れだ。
両者の沈黙が支配する空間の中、それを打ち破る、ドアを開けはなつ音。
慌てた様子の少年が家へ駆け込んできた。
「なあ! 母ちゃんってば! 婆ちゃんが変なんだって! 聞いてよ! 母ちゃ──」
「ゴフゥ……ゴオルルル……(おお、そなた。この者の息子か。よい、なおさら良いぞ。一家団欒の中でモフられるのは余の望むところだ。どうだ、そこな子供よ。可愛いペットを飼ってみたくはないか?)」
精一杯の可愛さアピールであるウインクは、二人の意識を奪うには十分な怖さだった。
親子はばたりと床に倒れ伏す。
「ゴルウ!?(な、なぜ寝る!? はわっ、まさか余のあまりの可愛さに気を失ってしまったのでは……!? なんと罪づくりな余なのだ……!)」
ひどい勘違いだった。
勘違い系獅子王だった。
なぜそんなに自分の可愛さに自信があるんだ(´・ω・`)