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現代アート集団「カオス*ラウンジ」をセクハラと退職強要で提訴。「アート業界のホモソーシャル性、変わるべき」

安西彩乃さん

アート集団「カオス*ラウンジ」で働いていた安西彩乃さん。セクハラと退職強要の背景には、アート業界の根深い体質の問題があるという。

撮影:今村拓馬

現代アート集団、カオス*ラウンジ(以下カオスラ)でセクシャルハラスメント・パワーハラスメントを受けたとして2月1日、勤務していた安西彩乃さん(25)が合同会社カオスラと元代表社員の黒瀬陽平氏(37)らを相手取り、416万円の損害賠償と解雇無効の地位確認を求めて提訴した。

訴状によると、カオスラは安西さんに対して違法な退職強要を行ったほか、2020年7月分の給与に関しても一方的に賃金を減額したという。安西さんは同年8月、自身が黒瀬氏らから受けたセクハラとパワハラの実態についてnoteに執筆、公開した

カオスラは10月、名誉を毀損されたとしてnoteの削除と500万円の損害賠償を求め、安西さんを提訴している。

「自分にも非があるから」という問題ではない

安西彩乃さん

実名・顔出しで告発した理由を「この経験をなかったことにしたくない、同じような被害を起こしたくなかったから」と話す安西さん。

おかしい異常なことが積み重なってる これまで感情を殺して耐えてきたがもうむりだと思った(中略)自分にも非があるからと不当な内容を受け入れてしまったけど、(中略)やっぱり受け入れられない

これは2020年7月、安西さんが自身のTwitterに投稿した内容だ。

その後8月、安西さんはnoteで、カオスラを告発する文章を公開する。

カオスラは、2010年にインターネットを中心として立ち上がった現代アーティスト集団だ。メンバーは美術批評家の黒瀬氏、アーティストの藤城嘘氏、梅沢和木氏の3人で、アニメなどのサブカルチャーをモチーフにしたアートで注目を集めてきた。

安西さんは2019年4月、アルバイトとしてカオスラに入社。その少し前から、出版社「ゲンロン」が運営し、黒瀬氏が主任講師を務める「新芸術校」でアシスタントとして働いていた。黒瀬氏とはイベントを通じて知り合い、本人からゲンロン・カオスラの職を紹介してもらったという。

「断れば仕事がなくなる」

黒瀬氏は、ゲンロンが主催するアートスクール「ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校」の主任講師を務めていた。ゲンロンは2020年7月、カオスラとの契約を解除、黒瀬氏は主任講師を退任した。

動画:ゲンロン友の会

入社直後から安西さんは、黒瀬氏から髪を撫でる、腰に手を回す、服に手を入れられるなどのセクハラを受ける。拒めばゲンロン・カオスラ双方で仕事を続けられなくなると考え、強く拒絶できなかった。

当時カオスラの役員・スタッフはアルバイト1人を除いて全員が男性だったため、相談もできなかったという。その後、黒瀬氏によるセクハラは徐々にエスカレート。2019年7月に初めてオーラルセックスに応じる。

その後も通常のセックスを要求され、仕事だと思ってパソコンを持って待ち合わせに向かうとホテルに連れて行かれることがたびたび起こり、安西さんは精神的に追い詰められていく。

同時期に安西さんは仕事で職場に宿泊する際、カオスラのアルバイトスタッフからも寝ているところに抱きつかれる、身体を触られるなどのセクハラを受けたという。

搾取から始まる「恋愛関係」?

安西さんは一時期、仕事場に行こうとしても行けないほどストレスを抱えてしまったという。

(セックスを)拒めば退職のリスクがあり、受け入れても搾取からは逃れられず、一緒に働いている他の人からは(代表との関係について)疑いの目を向けられる。精神的につらく、仕事を続けられる気がまったくしませんでした」

仕事に行こうとしてもストレスで引き返してしまうほどになった安西さんは黒瀬氏に「仕事を続けたいが、どうすればいいかわからない」と訴えると、黒瀬氏から「恋愛関係だと思っていた」と伝えられる。

安西さんは驚いたが、一旦は関係に合意したという。

「それまでの搾取の状態よりはマシという意味で、(恋愛関係に)同意しました。その後、恋愛感情が芽生えたことも事実です」

安西さんとカオスラの認識の違いの一つは、この点にある。

カオスラは、安西さんに対する訴状によると、「(黒瀬氏との関係は、安西さんの)意に反する性的な関係ではなく、両者の自由な意思の下行われた恋愛関係」と主張している。

一方、安西さんの担当弁護士である山口元一氏は、こう語る。

「12月から1月の間だけを切り取れば確かに恋愛関係と言えるかもしれない。けれど、そもそも恋愛の始まり方として、2人の間にお互いを自然に尊重して愛情を醸成させるエピソードがあったかというと、その部分はない。その前後を見ずに『これは個人間の恋愛関係の話だ』ということは、一方的な見方だと思います」

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「恋愛関係終えるなら、仕事も辞めてもらう」

安西彩乃

一度は恋愛という関係に合意したものの、安西さんは苦しみから抜け出せなかった。そもそもの2人の関係性が、経営者と雇用者という立場の不均衡を利用したものだったからだ。

安西さんは「たとえ恋愛感情があったとしても恋愛関係になるべきではない」と考え、仕事の関係を続けたまま別れたいと切り出すと、黒瀬氏は「恋愛関係を終えるなら、仕事も辞めてもらう」と告げたという。当時のLINEのやり取りには、こうつづられている。

「黒瀬さんの方から寄ってきて、仕事での関係と都合の良い親密な関係を求めてきたんだよね それを都合が悪くなったら簡単に切り捨てる、私は使い捨てられて仕事も辞めることになるって無責任で腹が立ちませんか?」(安西さん)

「たしかに『仕事をちゃんと全うしたいという気持ちを人質にとって』たことは事実だし認めるけど、それを利用して、仕事続けてって言ってるんじゃない 直接会って、チャンスをくださいって言ってるの(中略)なんとかつなぎとめるための時間をくださいって言ってるの」(黒瀬氏)

山口氏によると、黒瀬氏のこうした言動もパワハラの条件に該当するという。

「なぜ自分から辞めないのか」と会議で責められ

安西彩乃

「当時は恋愛関係を承諾したことへの負い目が強く、セクハラの事実を伝えられなかった」という。

そして2020年5月、黒瀬氏の妻に不倫関係が発覚。

安西さんは黒瀬氏から、妻に知られたことと同時に、カオスラとゲンロン双方の仕事を辞めるよう告げられる。さらに安西さんは黒瀬氏の妻より、不倫の慰謝料として賠償金を支払うことを求められた。

安西さんが黒瀬氏と妻に対して、退職までは不当だとして拒否すると、黒瀬氏は妻との婚姻関係を続けるために、妻との問題とは別に解雇を強行するという。

「(黒瀬氏の妻に対して)セクハラの事実は伝えませんでした。恋愛関係を一旦は承諾してしまったことへの負い目が、当時は今以上に強かったからです」

なんとか仕事を続けられればと、安西さんがカオスラの黒瀬氏ともう1人の役員やスタッフら4人との間で設けた面談では、退職を前提に一方的に責め立てられた。

なぜ自分から会社のことを考えて辞めないのか」。スタッフからそうまくし立てられ、反論する機会は一切与えられなかった。心身ともに疲れ切った安西さんはやむなく、自主退職を認めたという。

ここまでリスクを追わないと泣き寝入りになるのか

騒動の渦中に黒瀬氏らが署名した「公開質問状」。アート業界における、人種、国籍、ジェンダー、年齢等による反差別について表明している。このままでは同じ被害が再生産されるのでは、と安西さんは危機感を持ったという。

出典:note

「私自身、身に起こったことについてどうすればいいかわからなかった。だから同じような被害に遭った場合に、どういった対応プロセスがあるのか、開示したいと考えたのです」

実名・顔出しでセクハラとパワハラを告発した理由について、安西さんはこう語る。

自分にも非があったから仕事を辞めさせられるのも仕方がない、できることは何もないけれど、ただただ悲しい」 —— 。

自主退職に追い込まれた時にはそう考えてもいたという。しかしその直後、黒瀬氏らが、アート業界におけるジェンダーや国籍などへの反差別の声明を他のアーティストらと共同で出していたことを発見。

「自分たちがしたことについて根本的に理解していない、そう思いました」(安西さん)

安西さんはこのままでは同じような被害が再生産される恐れがあると、告発を決意する。

伊藤詩織さんに対するSNS上の誹謗中傷に関わる裁判でも代理人を務める山口氏は、伊藤さんのケースとの類似点について、こう指摘する。

「告発する女性はここまでリスクを負わないといけないのかと。1人で(不倫相手の妻への)慰謝料を払い、退職し、告発にあたっては不利な話もしなければいけない。そうまでしないと泣き寝入りになってしまうのかと、ショックを受けました」

アート業界のホモソーシャル性、変わるか

カオスラプレスリリース

カオスラは7月に謝罪文を出したが、その後10月、一転して「ハラスメント⾏為があったという記載は不正確だった」として安西さんを提訴した。

出典:カオス*ラウンジ 公式サイト

安西さんは、アート業界では「セクハラは日常的にあった」と指摘する。そこに業界特有の慣習など複合的に絡み合った結果、今回のようなケースが起こったと話す。

「あいちトリエンナーレ2019」のキュレーター(舞台芸術)も務めたアートプロデューサーで、アート業界に詳しい相馬千秋さんによると、そもそもこの業界には雇用環境や条件が整っていない小規模組織や任意団体も多く、きちんとした雇用契約がなされないこともよくあるという。

特に「カリスマ」と呼ばれるアーティストの周りには人が集まりやすく、「お金がもらえなくてもその人の下で仕事をして認められたい」と望む若者も多いことから、パワハラやセクハラなどの搾取の構図が生まれやすい土壌もあると指摘する。

「こうした憧れやパッション自体は否定されるものではありませんが、それゆえに問題が見過ごされやすい状況にあったことも確かです」(相馬さん)

さらにトップ層のほとんどを男性が占めているため、ホモソーシャル(女性蔑視を含んだ男性同士の絆)な環境に陥りやすいとも語る。

「アートの評価は主観的にならざるを得ないため、評価する側に男性が多いと、男性が引き上げられやすくなり、女性アーティストは正当な評価がされづらい。こうした構造を業界全体で反省し、改革をしていかなければならないと思います」(相馬さん)

こうしたアート業界の体質を改革しようと、安西さんの訴訟支援を目的とした団体「Be with Ayano Anzai」が立ち上がっている。

なお、黒瀬氏はすでにカオスラを退社している。安西さんの提訴に対し、カオスラ現代表社員の藤城滉高(藤城嘘)氏はBusiness Insider Japanの取材にこう回答した。

(カオスラとしては)安西氏と黒瀬氏は自由意思の下での恋愛関係にあったと認識している。それを示すメッセージのやりとりや第3者の証言などもある

退職の強要についても「(安西さんとカオスラの役員やスタッフが参加した)会議の録音を繰り返し確認しても、安西氏が主張するような強要、強迫に該当するやりとりは確認できない」としている。

(取材・浜田敬子、西山里緒、構成・西山里緒、撮影・今村拓馬)

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