こんなことをしていると感染の実態がわからなくなる。保健師は「保育園で複数の保育士が感染しました。彼らの家族はPCR検査が陰性だったので、職場感染を疑いましたが、ずっとマスクをしていたので集団検査は実施できませんでした」という。これでは、園児を感染の危険に曝すだけだ。ますます感染は蔓延する。マスクの有無にかかわらず、広く徹底的に検査の機会を提供すべきだ。
厚労省の暴走
今回の感染症法改正では、積極的疫学調査とPCR検査のあり方を見直すべきだが、厚労省にそのつもりはない。権限維持に汲々としている。
1月8日、国立感染症研究所は「新型コロナウイルス感染患者に対する積極的疫学調査実施要領」を、従来の「(大流行下では)、感染経路を大きく絶つ対策が行われているため、個々の芽を摘むクラスター対策は意味をなさない場合がある」と書かれていたのを、「効果的かつ効率的に積極的疫学調査を行うことが重要になる場合がある」と訂正した。あまりに姑息なやり方だ。
厚労省の暴走はこれだけではない。筆者が入手した改正感染症法の「法案概要」には「積極的疫学調査の実効性の確保」として、「正当な理由がなく答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をし、又は正当な理由がなく調査を拒み、妨げ若しくは忌避した場合の50万円以下の罰金を規定する」とある。そもそも調査への参加は自由意志でなければならないし、調査への参加を罰則付きで強制した場合、その結果にバイアスが生じるのは明らかだ。
さらに、厚労省の宿痾とも言える情報開示に消極的なことは、今回の感染症法改正でも是正されなかった。積極的疫学調査の結果は「関係自治体への通報を義務化」されただけで、「HER-SYS」という電磁システムを用いて国が一元管理することになるデータを関係者で共有するようにはしなかった。厚労省関係者は「国立感染症研究所を中心とした行政機関で情報を独占し、民間研究者などに開示、二次利用させない仕組みを維持した。結果として、国民の知る権利を侵害している」と憤る。
中国と韓国の成功に学ぶべき
では、クラスター対策の代わりに何をすべきか。それは検査体制の強化だ。これについても、厚労省は抵抗を続けている。
コロナの特徴は感染しても、無症状の人が多く、彼らが周囲にうつすことだ。対策の肝は無症候感染者対策といっていい。ところが、厚労省はクラスター対策で充分という立場をとり続け、PCR検査を抑制し続けてきた。感染者が増え、PCR検査抑制が問題視されるようになると、「闇雲にPCR検査を増やしても意味がない」と弁明するようになった。11月25日の衆議院予算委員会で田村憲久厚労大臣は「アメリカは1億8,000万回検査しているが、毎日十数万人が感染拡大している」と答弁しているが、これも滅茶苦茶だ。
注目すべきはPCR検査数を感染者数で除した数字だ(図2)。一人の感染者を見つけるために、どの程度のPCR検査を実施したかを示している。中国が6,262回と突出し、ニュージーランド1,592回、オーストラリア429回と続く。日本は18.9回で16位だ。米国は12.3回で日本以下である。アメリカの感染者数から推定するに、はるかに多くの無症状感染者がいる。アメリカの検査数は、このような無症状感染者を見つけるには足りないのだ。
![厚労省による人災、さらにコロナ感染拡大…頑なにPCR検査抑制、疫学調査の情報を非開示の画像3](/wp-content/uploads/2021/01/2051442.jpg)
仮に住民の0.1%が無症状感染だとすると、一人の感染者を見つけるためには、1,000人の検査が必要となる。まさに、中国が採った戦略だ。1月5日、北京近郊の石家荘で54人の感染者が確認されると、1,100万人の検査を実施することを決めた。さらに北京で変異ウイルスの感染が確認されると、350万人の市民を対象にPCR検査を行うという。
このような徹底的な検査体制のため、世界で唯一、中国は国内の大流行を沈静化させたあと、再燃させていない。日本が見習うべきは、このような成功モデルだ。ところが、厚労省が準備した改正感染症法の「法案概要」には、「行政検査を行うに当たって、都道府県知事等は、無症状者を含む患者の迅速な発見のため、感染症の性質、地域の感染状況、感染症が発生している施設・業務等を考慮することを明示する」としかなく、医療機関や介護施設などのエッセンシャル・ワーカーを対象としたスクリーニング検査や、昨年末からPCR検査数を増やすことに貢献した民間検査センターへの支援には言及されていない。次のパンデミックでも厚労省はPCR検査を抑制する方針を崩さないことを意味する。
コロナ対策は、医学的に合理的でなければならない。そろそろ、積極的疫学調査のあり方をみなおし、検査体制を強化するように方向転換する時期だ。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)
●上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長
1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。