ありふれたスキルでも集めれば世界最強?
夕刊の配達が終った販売所に、悲痛な叫び声が響いた。
「ちくしょー! まただ、ゆるパクされた!」
「どうしたんですか、藤吉さん」
「どうしたも、こうしたもねぇよ。また俺の作品が、ゆるパクされたんだよ」
「いや、そもそも、ゆるパクって何なんです?」
新聞販売所の先輩、藤吉さんは、そんな事も知らないのかと言わんばかりの呆れた表情を浮かべ、ゆるパクについて語り始めた。
「ゆるパクってのはなぁ、パクってるって分からない程度に人の作品をパクって、あたかも自分で考えたようにして作品を発表することだ。こいつなんか、俺の作品と設定丸被りじゃねぇか。しかもこの題名、もう完全にあのアニメ化作品のパクリだろ」
「それって酷いっていうより、著作権の侵害じゃないんですか?」
「そう思うだろう? だが、こいつらは、法律に引っ掛からないギリギリのところでパクりやがるんだよ。そんな設定はありきたりだとか、それはオマージュだとかぬかしやがってな! けっ、マジでムカつくぜ、オリジナルで勝負出来ないやつは滅びろ!」
藤吉さんはツバでも吐き捨てるように言い捨てると、寮の自室の扉を乱暴に閉めて引き篭もった。
「おい、兵馬」
「なんですか、所長」
「藤吉の言う事を真に受けるなよ」
「えっ、だって自分の小説を盗まれたって……」
販売所の所長は、小さく溜め息をついた後でたずねてきた。
ちなみに、所長が藤吉さんを呼ぶ時は、『ふじょし』と発音しているように聞える。
「お前、藤吉の書いてる小説を読んだことあるか?」
「はい、ありますけど……」
「あの手の小説には、テンプレって言って、お約束の展開があるんだよ。例えば、トラックに轢かれて異世界に転生するとか、転生の途中で神様にあってチートな能力をもらうとか、ヒロインがチョロインだとか……」
「チョロイン……?」
「まぁ、とにかく、あいつが書いてるのは、良くある展開、良くある設定の良くある物語だから、良く似ている小説なんてゴロゴロしてんだよ」
所長も藤吉さんに熱心に勧められて、Web小説を読んでみたらしいが、読めば読むほど似たような作品にぶつかるそうだ。
「だからって、全部つまらない訳じゃないし、本が売れてアニメになるような作品もあるが、藤吉が書いている作品自体、どこかで見たようなものの寄せ集めなんだよ」
「そうなんですか? でも、藤吉さんはパクられたって……」
「文章そのままパクられたって言ってたか? 登場人物までそのままだって言ってたか?」
「そう言えば、設定が丸被りって……」
「要するに、自分が書いた小説と、良く似た小説が人気になってるのが妬ましいんだよ。盗作なんて指摘できるほど似ていない、だから、ゆるパクなんて言葉で愚痴ってるだけの話だから、話半分……いや、話十分の一ぐらいで聞いておけ」
「はぁ……」
昨日の夕方、住み込みで働いている新聞販売所で交わした会話の中で、妙に『ゆるパク』という言葉が頭に残っていたから、それが俺のスキルになってしまったのだろう。
王子と兵士、それにクラスメイトが消えた草地で、俺は途方に暮れている。
六時限目の英語の授業が終わり、ショートホームルームが始まるのを待っていた時に、俺達はこの草地に召喚された。
アニメで見たような派手な魔法陣が現れた訳じゃなく、いきなり教室が底なし沼に変わったかのように、クラスメイト全員が床に飲み込まれたのだ。
ヌルリと身体にまとわり付いてきたゲル状の物質は、すぐに身体の中にまで侵入してきて、神経を逆撫でされるような嫌悪感が全身を這い回った。
女子も男子も殆どの者が悲鳴を上げ、たっぷり五分以上は助けを求めて叫び続けていたと思う。
突然、周囲が明るくなると共に、全身を襲った嫌悪感が消え、俺達は見たこともない草地で兵士に囲まれていたのだ。
詳しい説明は一切されないまま西洋風の金属鎧を身につけた兵士に脅され、能力の鑑定が行われて今に至っている。
ここがどこで、俺達は何の目的で召喚され、クラスメイトはどこに連れていかれたのか、全く分からない。
唯一与えられた情報は、生き残りたければ死に物狂いで西を目指す、これだけだ。
「ステータス、オープン!」
藤吉先輩から教え込まれたオタ知識に従ってコマンドを唱えると、俺の能力が表示された。
「これは……」
表示された数値は、魔力14、体力17、耐久力19、生命力16で、最初の鑑定からまるで変わっていない。
スキルの欄にも、ゆるパクとしか表示はない。
俺の周囲には草地が広がっているだけで、誰もいないと分かっているが、それでも周囲を見渡した後で呟いた。
「ゆるパク……オープン」
ステータス表示から、もう一つのステータスが表示される。
魔力497、体力512、耐久力448、生命力462。
成人男性の平均が20程度だと話していたから、控えめに言って化け物レベルだろう。
剣術レベル9、槍術レベル9、馬術レベル9、投擲レベル9……。
火属性魔法レベル9、水属性魔法レベル9、土属性魔法レベル9……。
スキルの欄には数えるのが面倒になるほどのスキルが、ズラーっと並んでいる。
考えるまでもなく、スキル『ゆるパク』を囲いの中にいた全員に向けて発動した結果だ。
「空間転移レベル1、千里眼レベル1……もしかして、王子が持っていたスキルはこれなのか?」
レベルが9のスキルもあれば、レベルが1のスキルも存在する。
治癒魔法はレベル2だし、飛行はレベル1だ。
「そうか、バレない程度にパクるスキルなのか」
だから奪ったとバレないようにダミーのステータスを表示して、本当の数値は、ゆるパクの中に隠されているのだろう。
対象から何パーセントのスキルを強奪するのか分からないが、5パーセントとか10パーセントをパクったとしても、百人から奪えば500パーセント、1000パーセントになる。
レベルが高いスキルは、一般的なスキルで持っている人数が多かった。
レベルが低いスキルは、所持している人数が少なかったから余りパクれなかったのだろう。
「これって、藤吉さんが言ってたチートってやつじゃない?」
バレずに他人の能力を奪い、自分のものとして使える。
『ゆるパク』が、とんでもないスキルだと判明したが……。
「はぁ……とりあえず歩くか」
二十日歩けば辿り着くという人里を目指して、俺は草地を歩き始めた。