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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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名乗り出た殺戮者

 国境の街ノランジェールでアルマルディーヌ、オミネス、サンカラーンによる乱戦が起こっていた頃、遠く離れた場所でも別の戦いが始められていた。

 闘いの首謀者は、チャベレス鉱山に囚われている獣人族のリーダーの1人、灰色熊獣人のテーギィだ。


 2日前、テーギィの元に奴隷の首輪の無効化作業に来ていた人族の若者から、作業の一時中断の申し入れがあった。

 何か異変があったのかと問いただすと、ノランジェールでアルマルディーヌとオミネスの間で戦闘が始まったと聞かされた。


 そもそも、アルマルディーヌと敵対しているのは獣人族の国サンカラーンで、オミネスとは友好関係にあるというのがテーギィの認識だった。

 ところが、テーギィが囚われているうちに、情勢は大きく変わり始めたらしい。


 そして、その変化をもたらしているのは、自分達の所へ出入りしている若者だと知り思うところがあった。

 このまま救出されるのを座して待つべきなのか……と。


 テーギィの所へ出入りしているイッテツの話によれば、既にドードがリーダーを務めるグループの首輪は全て無効化されているらしい。

 テーギィのグループも6割ほどの無効化が済んでいる。


 ドードのグループ約15000人と、テーギィのグループ約9000人が既に首輪の戒めから解放されていることになる。

 両方のグループを合わせれば24000人だが、鉱山の監視を行っている兵士は2000人程度しかいないらしい。


 食事を作る者や、酒場の従業員などを合わせても、おそらく3000人に満たないだろう。

 こちらは満足な武器を持っていないし、毎日の過酷な労働によって疲弊しているが、それでも人数だけならば8倍の勢力だ。


 十分に戦えるし、勝利を手に出来るとテーギィは判断を下した。

 イッテツ達には話していないが、テーギィとて脱出の機会を窺い続けていたし、その為の準備も進めていた。


 宿舎の床下には、坑道から持ち出して来た壊れた工具を加工した武器が隠されている。

 折れた工具を石で研ぎ、生木の枝に結びつけた粗末な槍やナイフだが、それでも何も持たないよりはマシだ。


 テーギィが意識して合わせた訳ではないが、作戦の決行は兵馬達がノランジェールに乱入するのと時を同じくしていた。

 チャベレス鉱山に交代を知らせる鐘の音が響き、テーギィ達が真夜中のシフトに入るタイミングで反乱が決行された。


 まず最初に襲撃したのは、宿舎の入口の監視所だった。

 監視所前の路上で、テーギィの指示を受けた者が口論を始めて兵士の注目を集め、その隙に別の者が監視所へと侵入し、あっさりと兵士を殺害した。


 テーギィが勝手に反乱を決行した理由の一つは、イッテツ達の兵士の扱いに不満があったからだ。

 鉱山を制圧したならば、見張りを行ってきた兵士は皆殺しにするのが当たり前だとテーギィは考えていたし、率いているグループの者達も同意見だった。


 首輪を無効化してくれたイッテツ達には感謝しているが、兵士を殲滅する事に関しては譲るわけには行かなかった。

 そして、いざ反乱を起こしてみると、兵士達の警戒態勢は呆れるほどにお粗末だった。


 奴隷は首輪で支配され、決して逆らうことの無い存在だという思い込みが、兵士の警戒心を限りなくゼロに近づけていた。

 騒動を起こして注意を惹き付け、別の物が忍び寄って殺す。


 通常の交代を装って、ゆっくりと歩いて持ち場に向かっていくので、見張りの兵士は異変に気付かないまま接近を許し、次々と殺されていった。

 宿舎、たたら場、坑道……主要な場所が制圧された頃、ようやく気付いた兵士が騒ぎ始めたが、テーギィのグループは既に武器庫を抑えていた。


 反乱に気付いた兵士も首輪が無効化されているなどとは思ってもいないので、いきなり攻撃をするのではなく、ハンドベルを鳴らして制圧を試みる。


「止まれ! 止まって、武器を捨てろ! と、止まれと言って、うぎゃぁぁぁ……」


 ハンドベルを鳴らして警告を発するなんて全く無意味な隙を与えてしまえば、身体強化した獣人族の接近を許し、物理攻撃の餌食になるだけだ。

 ほんの2時間ほどの戦闘で、チャベレス鉱山はほぼ獣人族の手に落ちた。


 鉱山の管理を任されていた騎士達が、兵舎の建物へと立て籠もって最後の抵抗を続けていたが、周囲を取り囲んだ獣人族の数を見れば勝敗は明らかだ。

 反乱を主導したテーギィは、立て籠もった騎士達に投降を呼び掛けた。


「大人しく武器を捨てて出て来い。これ以上の抵抗は無意味だ」

「ふ、ふざけるな! 出て行けば全員殺すつもりだろう!」

「馬鹿め、ここから我々がどうやってサンカラーンに戻るのか考えてみろ。貴様らは交渉の材料に利用する。大人しく従えば、人質として生かしておいてやる。だが、抵抗するというのなら仕方ない、建物に火を放って全員殺す!」


 建物を取り囲んだ獣人族の多くが、松明を手に掲げている。

 それらが一斉に投げ込まれれば、建物が炎に包まれるのは間違いない。


「ま、待て! ちょっと待ってくれ……」

「いいだろう。これから10数える間だけ待ってやる。それが過ぎたら火を掛ける! 1つ! 2つ! 3つ! 4つ! 5つ!」

「待て! 今出て行くから待ってくれ!」

「6つ! 7つ! 8つ!」


 テーギィが構わずカウントを進めると、建物のドアが開かれて兵士達が転がり出てきた。


「全員武器を捨てて、地面に伏せろ! 両手は頭の後ろだ!」

「わ、分かった! 従うから殺さないでくれ!」


 建物からは200人近い騎士や兵士、関係者が出て来て地面に這いつくばった。

 その中には、兵士質の無聊を慰める娼婦も含まれている。


 全員が後ろ手に縛られた後、獣人族によって家探しが行われた。

 後から出て来た者は、問答無用で殺す、生き残りたければ、これが最後のチャンスだと告げて回ると、更に10人ほどの兵士が投降してきた。


 縛られた人族は、娼婦とそれ以外の人間に分けられて、鉱山の中央にある広場へと引き出された。

 広場には制圧作業を終えた2万を超える獣人族達が集まり、雄叫びを上げていた。


 目を血走らせた獣人族の群衆の前に引き出された人族達は、ガタガタと震えていた。

 今はリーダー格の者に従っているが、獣人族の(たが)が外れれば一瞬にして肉塊へと変えられてしまうはずだ。


 引き出された者の中には、恐怖のあまり失禁している者も少なくなかった。

 そして、人質達が恐れている声が上がる。


「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「手足を斬り落として晒せ!」

「たたら場の炉に、生きたまま放り込め!」


 人質たちの命が風前の灯火だと思われた時、突然獣人族の一団が突っ込んで来た。


「反乱者を倒せ! 人質を解放しろ!」


 狂ったように打ち鳴らされるハンドベルの音と、ヒステリックな兵士の声が響くと、まだ無効化を終えていない首輪を嵌められた獣人族は、命令に従うしかない。


「やめろ! 俺達は味方だぞ!」

「無理だ、身体が勝手に……」


 首輪に操られた獣人は、仲間である獣人族に掴み掛かり、拘束しようとする。


「鍵を捨てろ! さもなくば人質を殺す!」

「うるさい! どうせ助けるつもりなど無いのだろう! 行け、突っ込め!」


 物陰に隠れて難を逃れていた兵士は、狂ったようにハンドベルを打ち鳴らし、次々に命令を下していく。

 テーギィは、兵士を指さして指示を飛ばした。


「あいつだ、あいつを捕まえてベルを奪え」

「くそっ、お前らは俺を守れ、一緒に来い!」


 兵士が向かった先は、鉱山の入口近くにある監視所だった。

 当然、ここも襲撃を受けて宿直当番だった兵士は殺されている。


 監視所の手前50メートルほどの距離まで来た所で、兵士はハンドベルを鳴らして、引き連れてきた獣人族に新たな命令を下した。


「ここから、誰も近付けるな! 命懸けで道を封じろ!」


 10人ほどの獣人族は、道に広がって追跡して来る者を迎え撃つ体勢を作った。

 その間、兵士は監視所裏手にある馬房へと飛び込んで、大急ぎで馬に鞍を付け始めた。


 腹帯を締め、ハミを噛ませ、手綱を引いて馬を引き出すと、路上では乱闘が始まっていた。

 兵士は馬に飛び乗ろうとしたが、門が閉じられたままだ。


 急いで門の中央へと馬を引いて移動するが、封鎖を突破して駆け寄ってくる獣人族の姿が見えた。


「止まれ、糞野郎!」

「うるさい、けだものが!」


 兵士は駆け寄ってくる獣人に向けて、全力で火属性魔法の火球を叩き付けた。

 命の危機に瀕して、火事場の馬鹿力が発揮されたのか、生涯で放った最も大きな火球が獣人を包み込み焼き焦がした。


「ぐおぉぉぉぉぉ!」


 熱気と共に、毛が焼ける臭いが押し寄せてくる。

 乱暴に閂を外した兵士は、渾身の力を込めて門を引き開け、鞍を掴んで馬上に身体を引き上げた。


「はぁ! がふぅ……」


 兵士が馬の腹を蹴って合図した次の瞬間、投げ付けられた槍の穂先が胸板を貫いた。

 それでも勢いよく馬は走りはじめたが、バランスを崩した兵士が落馬し、道に叩き付けられるまでさして時間は掛からなかった。


 鉱山中央の広場では、ハンドベルによる命令の効果が徐々に薄れ、混乱は収束し始めていた。

 そこへ、命令を下した兵士を追っていった一団が戻ってくる。


「仕留めたぞ、俺が投げ槍で串刺しにしてやった!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 集まった獣人達が雄叫びを上げる中、テーギィが配下に持って来させた台に上がって声を張り上げた。


「静まれ! このチャベレス鉱山は、俺達獣人族が制圧した!」

「おぉぉぉ! サンカラーン、ばんざーい!」

「アルマルディーヌに死を! 殺せ!」

「静まれ! ここに集めた人族どもは、これから我々がサンカラーンに戻るための交渉材料だ。生かしておいて活用する! と思ったが、やめた……さぁ、男どもは殺せ! 生まれて来たことを後悔するぐらい惨たらしく殺せ!」

「おぉぉぉぉぉ!」

「女どもは犯せ! 今まで汚物のごとく見下して来た者に孕まされる恐怖をたっぷりと味わわせてやれ!」

「うおぉぉぉぉぉ!」


 後ろ手に縛られた兵士が、娼婦が、獣人族の手によって群衆の間へと放り込まれる。


「貴様! 騙しやがったな、殺さないと約束したのに……」

「俺の家族は、貴様らアルマルディーヌに殺された。まだ5歳だった娘は顔形も分からないほどの消し炭にされた。今度はお前らが味わう番だ、いいか、簡単に殺すな! 我らサンカラーンの恨みの深さを思い知らせてから殺せ!」

「や、やめろぉぉぉぉ……」


 テーギィの呼び掛けに応じ、集まった獣人達は投降した兵士らをなぶり始めた。

 広場には怒号を悲鳴、哄笑と絶叫が溢れ、濃密な血の臭いが漂う。


 夜明けを迎える前に兵士も娼婦も、全員が責め苦に耐えかねて息絶えた。


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