18話『撃墜』
第四次勇魔大戦の戦場を思い出す。
ルーシア帝国もあの大戦には参加していた。彼らとの面識はあまりないが、その戦い方はある程度知っている。
ルーシア帝国の軍は、単純な兵士と冷徹な指揮官の組み合わせである。
兵士の能力は分かりやすく、状況に応じて何かの技能に特化している場合が多い。前線に立つ兵士たちは徹底的に肉体と精神を鍛えているし、敵国に送り込むスパイはとにかく演技力に長けていざという時は恐れることなく自決する。
ルーシア帝国は
特に大戦では指揮官の手腕が買われていた。大量のエキスパートを用いた彼らの作戦は、とにかく堅実で、いつも確実な成果を得ることができる。
だがその反面――作戦が外れると弱さが露呈する。
通常エキスパートたちは、それぞれ得意な分野を活かせる戦場に派遣されるが、その作戦が外れて全く見当違いな状況に陥ってしまえば、彼らの局所的な技術はまるで役に立たない。
しかも帝国の兵士たちは、命令に従順である一方、指揮官を絶対視するあまり個人的な判断が苦手という側面もある。頭を失った兵士たちは一気に弱体化すると言っても過言ではない。
早い話、ルーシア帝国の兵士と戦うには、頭を潰して混乱させるに限るというわけだ。
「……頭を探すか」
視認できた侵入者の数は四人。頭数は多くて十人くらいだろう。
少数部隊と言えどリーダーはいる筈だ。まずはその男を探す。
――あれか?
五分後。
校舎の屋根に隠れた俺は、敵のリーダーと思しき人物を見つけた。
外套を被った背の高い男だった。その傍には護衛役と思われる兵士が一人いる。この二人は先程から常に離れることなく行動していた。
背の高い男が、不意に外套の内側に手を伸ばし、中から『通信紙』を取り出す。
「そちらの作業は終わったか」
どうやら他の仲間と通信を取っているらしい。
「B班が遅れている。手伝ってきてくれ」
そう告げて男は通信を切った。
そしてまた、傍にいる護衛役の男と共に何処かへ向かう。
――あの二人を切り離すのは無理か。
向こうも自分たちの弱点を把握しているのだろう。
恐らく通信に出た男が部隊のリーダーだが、彼を守るためにもう一人の男がずっと傍にいる。
しかし、問題ない。
エキスパートを作ることができるのはルーシア帝国だけではないのだ。
――《
全身に魔力を循環させて身体能力を大幅に向上させる。
直後、素早く二人組へと肉薄した。
「ッ!?」
「貴様、何者――」
二人の男が振り向いたと同時に、《物質化》で薄く伸ばした魔力の刃を振り抜く。
「ちっ!?」
男の一人が身を翻すことで回避した。
もう一人の男も屈むことで辛うじて避けるが、動揺したのか体勢が崩れる。
「が、学生っ!?」
ビルダーズ学園の制服を身につけた俺を見て、侵入者たちは驚愕した。
驚いた男の鼻に掌底を叩き込み、その胸倉を掴む。
「く――舐めるなっ!」
舐めてはいない。舐めていないからこそ、迅速に処理させてもらう。
反撃の蹴りを避けた俺は、素早く足元を払って男を転ばせた。足を払われた男の身体が一瞬だけ宙に浮く。その瞬間、浮いた男を挟んでリーダーと目が合った。
「……手練れだな」
短くそう告げたリーダー格の男は、仲間を見捨てて即座に逃走を開始した。
仲間の男が拷問されても一切情報を吐かない自信があるのだろう。その潔さは賞賛に値するが――――お前を見逃す気はない。
「逃げても無駄だ。地の利はこちらにあるぞ」
地面に倒れた男の鳩尾を踵で踏み、気絶させてから逃げた男を追う。
学園の環境は俺の方が詳しい。隠れてやり過ごすことは不可能だ。
――何処に向かっている?
男は迷いなく何処かへ向かっている。その目的地が気になった。
俺と同じく《靭身》を発動した男は素早い動きで茂みを跳び越え、競技祭の道具が格納されている倉庫へと入る。
罠の可能性を考慮しつつ後を追うと、突如、頭上から大きな影が降り注いだ。
「……『ウィングボード』か」
空を飛ぶための魔法具を奪った男は、俺とすれ違った瞬間、勝ち誇った笑みを浮かべた。
男はそのまま滑空して俺から離れていく。
このまま学園の外まで逃げられるとマズい。
「仕方ない……」
手元にBF28があれば、《狙撃》で簡単に倒すことができただろう。
しかし今の俺は学生だ。機関が用意してくれた武器はない。
だから――その代わりになるものを習得したのだ。
いつか役に立つだろうと思っていたが、まさかこんなに早くその機会が訪れるとは。
「――《
あらゆる魔法攻撃を防ぐための壁を、足元に展開する。
本来、《
圧縮した《
俺はそれを足場にして、宙へ駆け上った。
「なっ!? く、空中を――っ!?」
次々と《
――《
とでも名付けておくか。
シルフィア先生のアイデアが元となるこの魔法は、想像以上に汎用性が高そうだ。
「ぐあッ!?」
男の後頭部に蹴りを叩き込み、『ウィングボード』から落とす。
制御不能になった『ウィングボード』に飛び乗り、落下する男が受け身も取れずに地面に叩き付けられたのを見て、ゆっくりと地面に下りた。
「う、ぐ……っ」
「質問に答えろ」
呻く男に近づき、俺は訊く。
「仲間はあと何人いる?」
「ふっ……知らんな、そんなことは」
どうせ答えないとは思っていた。
尋問や拷問には時間がかかるし、それは今の俺が果たすべき仕事ではない。
「貴様、何者だ……ただの学生では……」
「ただの学生だ」
男の腹に拳を叩き込み、気絶させる。
後処理は誰に任せるべきか。クリスに頼むのが一番手っ取り早いが、学園内の警備に責任を持つ生徒会へ報告した方がいいかもしれない。
その時、すぐ傍から物音が聞こえた。
見れば二人の男が警戒を露わにしてこちらを見ている。残党だ。
「ちっ!!」
二人は俺の足元で倒れる男を見て、激しい舌打ちと共に踵を返した。
「逃がすか」
この速度ならすぐに追いつく。
落ち着いて、確実に距離を詰めると――次の瞬間、目の前で激しい轟音が響いた。
「今のは……?」
大規模な魔法でも発動されたのか、ビリビリと大気が揺れている。
どうやら工作員たちの頭上から何かが放たれたようだ。その直撃を受けた二人の男は、地面に倒れ伏している。
巻き上がった砂塵に目を細めていると、人影が佇んでいることに気づいた。
「――あん? 誰だ、てめぇ?」
そこにいたのは、英雄科の制服を身に纏った、赤髪の男だった。
新技はまだ沢山あります。