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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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敵の街からはじまる異世界狂争曲 後編

 サンドロワーヌの街を出て三日目、カストマールの隊列は今は亡き兄ベルトナールへの弔意を示すように粛々と進んでいた。

 実際にはカルダットへ侵攻する作戦の真っ最中なのだが、表向きにはノランジェールの守りを固めるための部隊なので、カストマールは馬車を使って移動している。


 ともすれば逸りそうになる気持ちを落ち着かせるように、カストマールは腕を組み、目を閉じて座席に身体を預けている。 

 カストマールがノランジェールに到着し、3日から5日後にはアルブレヒトがサンドロワーヌに到着するはずだ。


 そして、視察という建前でサンドロワーヌを訪れたアルブレヒトから連絡が届き次第、カストマールはカルダットを目指して進軍を始める予定だ。

 既に多くの兵が冒険者や商人に変装し、橋を渡ってオミネスに入っている。


 後続の馬車に積み込まれている鎧や武器を身に着けたら、合図と共に挟撃を仕掛け、国境の橋を確保する。

 ノランジェールの国境を越えた後は、カルダットまで一気呵成に攻め入る手筈となっている。


 これまでは兵を温存する戦いに徹していたカストマールだが、今度の戦いでは兵の損耗よりも速さを重視するつもりだ。

 オミネスの援軍が到着する前に、カルダットを制圧して支配下に置けるか否かが、作戦を成功させるためのカギだ。


 そのためにも、国境の攻防戦には時間を掛けてはいられない。

 迅速に作戦を進めるために、先にオミネスに入る者達との連携はくどいほど確認を重ねてある。


 国境で戦闘が始まってから、半日以内に挟撃を敢行し、その日のうちに制圧。

 翌日にはカルダットに向けて兵を進めるつもりでいる。


 天候や連携の乱れ、オミネスの兵力などパターンを変えて何度も、何度もシミュレーションを繰り返してきた。

 それでも、不安を完全に払拭できた訳ではない。


 カストマールが座席にもたれながら、もう何度目かも思い出せないほど行ってきたシミュレーションを、最新の状況を加味して行い始めた時だった。

 急に馬車が速度を落し、同時に馬蹄の音が急速に近付いてきた。


「申し上げます! ノランジェールの橋の上から、冒険者などに偽装して入り込んでいた者達が身投げをして、多数の死傷者がでている模様です」

「何だと……オミネスに気取られていたと言うのか」

「はい、どうやらオミネス領内に入った殆どの者が捕縛され、強制送還される途中で一部の者が橋から身投げし、残りの者も後に続いた模様です」


 知らせをもたらした者は、昨日の夕方から馬を走らせ続けて来たそうで、顔も身体も土埃に塗れている。

 カストマールの質問に答えることはおろか、片膝をついて身体を支えているのもやっとのようだ。


「分かった、よくぞ知らせてくれた。下がって休むが良い。総員出立準備、これまでよりも足を速めてノランジェールに向かう!」


 カストマールが号令を掛けたのを見届けると、伝令の兵士はその場で横倒しとなって意識を失った。

 馬車に戻ったカストマールに、家宰であるモルドバが問い掛けた。


「カストマール様、いかがいたしますか?」

「中止は無い。決行あるのみだ」

「では重騎兵を……」

「浮足立つな、モルドバ。現地の状況が分からぬのに、戦略など立てられる訳がなかろう。全ては、ノランジェールに着いてからだ」


 モルドバを諫めつつも、カストマールも焦りを見せないように振る舞うのがやっとの状態だった。


「状況次第だが、兄上の到着は待っていられぬかもしれんな」

「ですが、我々がノランジェールで戦闘状態に入った時に、サンドロワーヌが獣人共に襲われたら……」

「すでに守りを固める兵の7割以上は到着している。指示通りに戦えば、サンドロワーヌが落とされる心配は要らぬ」


 カストマールの一行はペースを上げて進み、本来一夜を過ごすはずだった集落を通り過ぎ、その日のうちに出来る限りの距離を稼ごうとしていた。

 そこへ再び、早馬の伝令が飛び込んで来た。


「申し上げます! 本日早朝、ノランジェールにてオミネスと交戦状態に入りました」

「馬鹿な……あれほど許可なく戦闘を行うなと言いつけておいただろうが!」

「申し訳ございません。ただ、報告によればオミネス側から先に攻撃が行われたと聞いております」

「オミネスが先に仕掛けてきただと? それは本当なのか?」

「はい、先にオミネス側から攻撃魔法が撃ち込まれ、我が方の兵士が負傷。負傷した兵士を助けるために止むを得ず応戦したと聞いております」


 実際には、アルマルディーヌの自警団に追い詰められた商人を助ける為に攻撃が行われたのだが、途中から目撃した者にはオミネスが先制攻撃を行ったように見えたであろう。

 そして戦闘が始まる前の事情を聞かされていないカストマールは、手許にある情報のみで判断を下すしかない。


「モルドバ、早馬を出して明朝から3日間の停戦を申し入れろ」

「停戦の理由はいかがいたしますか」

「何でも構わぬが、そうだな……命令の伝達に齟齬があった。我が直々に検証を行う……とでも言っておけ」

「かしこまりました」

「それから、兄上の下へも知らせを走らせよ。事態が急変した故に、先んじて作戦に入るかもしれぬと……」

「王都へは、いかがいたしますか?」

「まだ知らせなくて良い。父上に届ける知らせは吉報のみだ」

「ははっ!」


 予想外の事態が続いたが、カストマールはまだ冷静さを保っていた。

 オミネス側が先に手を出したのにも、何か事情があると睨んでいる。


 そもそも、オミネスに攻撃の意思があるならば、潜入した者を帰したりしないだろう。

 武器や防具を与えれば戦力になる者達を帰すのは、戦わないという意思表示だ。


 それ故に、オミネスは停戦に応じるとカストマールは予想している。

 そしてカストマールは、最初から停戦を破るつもりだ。


 オミネスに計画が露見してしまった以上、悠長に構えている余裕は無い。

 カストマールはなりふり構わずに国境を突破し、何としてもカルダットを制圧するべく考えを巡らせていた。


 今回の作戦には、現国王ギュンターの目が光っている。

 兵の損耗を恐れず、しゃにむにカルダットへと進めと命じたギュンターは、おそらく独自の配下を潜り込ませているはずだ。


 作戦を行う上で突発的な状況は起こり得るし、その場合にどう立て直すかも見られているに違いない。

 カストマールは停戦を申し込むことでオミネスを油断させ、一気に橋を突破してカルダットに向かうつもりだ。


 万が一、オミネスに気取られた時の対応策も考えてきた。

 まだ十分に挽回出来るはずだと、カストマールは考えていた。


 カストマールの一行がノランジェールに到着したのは、翌日の昼過ぎだった。

 国境の川に近い街の一角では、いくつかの建物が焼け落ちて、一部ではまだ白い煙が上がっていた。


 アルマルディーヌ、オミネスの両軍は橋を中心として部隊を展開し、睨み合いを続けていたが攻撃は止んでいる。

 カストマールは街の手前にある草地に陣を敷き、ノランジェールの責任者シデルッチからこれまでの経過を聞き取った。


「では、オミネスは停戦に応じたのだな?」

「はい、伝令が届いた直後に停戦を申し入れましたが、昨夜一旦戦闘が途切れた後は、双方とも攻撃を控えておりました」

「よし、今日は今の体制を維持して、例えオミネスから攻撃を受けたとしても防御に徹し、こちらからの攻撃は一切禁じる。攻撃を行った者は、反逆者として処刑すると伝えておけ」

「は、はっ! かしこまりました!」

「良いか、今は国の未来を掛けた戦いの最中だ。命令に背く者は、容赦なく斬り捨てる。それは貴様とて例外ではないと思え」

「はっ!」


 シデルッチは、カストマールの剣幕に顔を蒼褪めさせて持ち場へと戻っていった。


「カストマール様、どのように事を進めますか?」

「まずは休息だ。見張りの兵を除いて、全員を休息させよ。戦闘準備は明日になってから、ゆるゆると進めれば良い」

「かしこまりました」


 突発的な状況に遭遇しても、普段と変わらないカストマールの様子を見て、モルドバや周囲の者達は安心感を覚えていた。

 この後、カストマールは一般の兵士に扮して、自ら前線の様子を視察した。


 己の目で戦場の状況を把握し、今後の作戦に活かすためだ。

 一般の兵に扮してはいるが、カストマールの両脇には金属製の大盾を携えた兵士が同行している。


 今この状況で、下らない流れ弾などでカストマールを負傷させる訳にはいかないからだ。

 幸い、オミネス側も停戦の約定を遵守していて、カストマールが攻撃に晒されるような状況は起こらなかった。


 ただし、その姿はオミネスの監視兵に捉えられていた。

 いくら一般の兵と同じ服装をしていようとも、屈強な盾持ち二人に守られている者が重要人物なのは明らかだ。


 まさか、アルマルディーヌの第三王子だとは思わなかったが、監視兵は重要人物を思われる者が前線の視察を行っていたと上官に伝えた。

 報告は次々に伝えられ、オミネス側の将官にも共有されていった。


 アルマルディーヌとオミネス、双方が睨み合ったまま一夜が明け、日が高く昇ったところでカストマールは国境線の兵士を減らすように命じた。

 監視に付いていた兵と交代の兵を整列させ、人数が減っているとオミネス側がシッカリと認識出来るようにした。


 更にカストマールは、橋の検問所に築いていたバリケードを撤去させ、往来の再開に向け準備を始めているように装わせた。

 その上で、通行再開に向けた交渉を明日から行いたいと申し入れ、オミネスから了承を得た。


 一見すると、和睦への道を着実に進んでいるようだが、その裏でカストマールは重騎兵の準備を進めていた。

 重騎兵は馬にも金属鎧を着せた騎兵で、長距離の疾走は出来ないが、速度と重量の乗った突進は生半可な守りでは止められない。


 カストマールは和平に向かっているような空気を醸成したのち、緩んだオミネス側の国境の守りに向けて重騎兵を突っ込ませるつもりでいる。

 作戦決行の予定は、今日の夜中だ。


 一方、守りを固めるオミネス側には迷いが生じていた。

 アルマルディーヌ側の使者には、『真偽鑑定』のスキルを持つゾデリッツが対応したが、話の内容に嘘は無かった。


 重要人物による前線の視察、あからさまな兵の削減などはオミネスの油断を誘う為だと思われるが、和平の申し入れに嘘は無い。

 ノランジェールのオミネス側の街区長ツィルネリは、判断に苦慮しゾデリッツに相談を持ち掛けた。


「アルマルディーヌ側の狙いは何処にあると思われる?」


 ゾデリッツは迷う素振りすら見せずに答えた。


「侵略でしょう」

「だが、和平交渉の使者は嘘をついていなかったのではないのか?」

「はい、使者は嘘はついていませんでした。ですが、使者が本当の目的を知らされていなかったら……どうでしょう」

「なるほど、本当だと思い込まされていれば、嘘も真になるという訳か」

「どのような手段に出るのかは分かりませんが、油断はなさらないようにして下さい」

「元よりそのつもりだ。なにしろ、あのギュンターが相手だからな」


 ツィルネリの言葉にゾデリッツも頷き返す。

 オミネスにおいても、アルマルディーヌの現国王ギュンターの手腕は知れ渡っている。


 まして今回は、実際に侵攻を企てていた者達を強制送還した直後だ。

 必ずや、その失敗を挽回しようとすると考えるべきだ。


「しかし、やられるばかりでは腹の虫が治まらぬな……」

「ですが、攻め入るような支度は整えていないのでは?」

「その通りだが、こちらが守り一辺倒だと思われても舐められるばかりだ。あまり舐めた事を続けるならば、対岸を攻め落とすぞ……ぐらいの脅しを掛けておいても良かろう」

「なるほど……私は戦略について素人なので、采配に口を挟むつもりはございません」

「分かっておる。もしアルマルディーヌが言葉通りに明日から交渉を行う場合には、よろしく頼むぞ」

「心得ました」


 停戦2日目も戦闘は行われず、奇妙な静けさの中で日が暮れていった。

 川を挟んだ橋の両側は対照的で、アルマルディーヌ側は監視のための明りは昨夜の半分以下、通りの明りも消えて街自体が静まり返っている。


 一方のオミネス側は、橋の袂を中心にして昨夜よりも多くの篝火が焚かれ、街の通りにも明かりが灯されている。

 検問所には二重のバリケードが設置されているが、台車に載せれば横に移動が出来るように作られている。


 アルマルディーヌに対する守りを固めるが、その一方でいつでも通行を再開させられるような構えだ。

 オミネスの兵士には、決して油断するなという通達が下されていたが、夕食の配給が終わり、月も西へと沈む弛緩した空気が漂い始めた。


 何かあるかもしれないから備えろと言われても、実際に何も起こらないまま時間だけが過ぎていけば、気の緩みが生じても仕方がないだろう。

 そして、動きは突然だった。


 馬のいななきと共に、金属がこすれ合う音と馬蹄が響き渡ったが、アルマルディーヌ側は橋の袂ばかりが明るく、背後の街が暗くて様子が見えない。


「来るぞ! 全員構え!」


 オミネス側の橋の袂で待ち構えているのは、火属性魔法の使い手と風属性魔法の使い手だ。

 二つの属性の魔法を合わせて炎の渦を作り、橋を渡って来る者達を撃退する作戦だ。


 現場を仕切る騎士は、近付いてくる蹄の音で距離を測り、魔法を放つタイミング計っていた。


「撃てぇぇぇぇ!」


 号令を下した直後に、暗がりから騎兵が飛び出して来るのが見えたが、直後に炎の渦へと巻き込まれて姿が見えなくなった。

 オミネス側の兵士は、誰しもが炎に包まれ、苦しみ悶えて倒れる馬の姿を想像したが、直後に予想は覆される。


 真っ赤な炎を掻き分けるように、銀色の馬体見えた次の瞬間、ドカァ──ンという衝撃音と共にバリケードが倒された。

 そこに次々と銀色の馬体が殺到し、味方を踏み越え、更にバリケードを撥ね飛ばす。


 あっと言う間に二重のバリケードが崩壊し、アルマルディーヌの重騎兵が雪崩れ込んできた。


「取り囲め! 押し包んで仕留めろ!」


 一時的に混乱したものの、オミネス側は素早く体勢を立て直して重騎兵の分断を試み始めた。

 その一方、アルマルディーヌ側からは、重騎兵の背後から大量の兵士がオミネス目掛けて殺到していた。


 これまでならば、橋の周囲から一斉攻撃が行われて膠着状態を作り出していたが、重騎兵による突破を許した混乱で弾幕が薄くなっていた。

 前後左右を金属製の大盾で囲み、さながら人間装甲車のような状態でアルマルディーヌの兵士は進んで来た。


「撃て、撃て、撃て、押し返せ!」


 騎士が声を枯らして叫んでも、オミネス側から行われている攻撃は散発的で、大盾を突き抜けるような威力は無かった。

 アルマルディーヌ兵士先頭が橋の3分の2を越え、このままオミネスに雪崩れ込むかと思われた時だった。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 突然橋が巨大な火球に包み込まれ、アルマルディーヌ兵の絶叫が響いた。

 更に、そのアルマルディーヌ側からは衝撃音と共に、雄叫びが上がった。


「おぉぉぉぉ! 盟友オミネスの危機に際し、サンカラーンが助太刀いたす!」


 オミネス側からは良く見えないが、突然現れた獣人族の兵士達がアルマルディーヌの隊列に強烈な横槍を入れたらしい。

 ほんの少し前は静まり返っていたノランジェールの街は、怒号と悲鳴に包み込まれた。


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