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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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異世界国家は遅れてない

 アルマルディーヌ王国によるカルダット侵攻の可能性を伝えても、フンダールは驚いた様子を見せなかった。


「もしかして、別の所から情報が入っているのか?」

「はい。オミネス政府の役人に少し伝手があるのですが、第四王妃ジリオーラ様からの連絡が途絶えたそうです」


 フンダールの話によれば、ギュンターに嫁いだジリオーラは、オミネスの外交大臣の妹などではなく諜報部員だったらしい。

 アルマルディーヌ王国に嫁いだ後も、独自の連絡方法を持っていたようで、王都ゴルドレーンの様子をオミネスへと送っていたそうだ。


 そのジリオーラからの連絡が途絶え、別ルートの知らせによると、行方不明になっているらしい。

 その上、ジリオーラの息子である第四王子ディルクヘイムの消息も途絶えているそうだ。


「おそらく、既に殺害されている可能性が高いという話でした」

「それは、ギュンターが手を下したってことなのか?」

「はい、おそらく……」


 ジリオーラとディルクヘイムの消息を語るフンダールの表情は沈痛そのものだ。


「一介の商人風情が浅知恵で考えた策を弄した結果がこの様です」

「ベルトナールを毒殺ではなく斬殺していたら、違う結果になっていたのか?」

「おそらくは……」


 ベルトナールを毒殺したのは、フンダールに頼まれたからでもある。

 第一王子アルブレヒトか、第三王子カストマールの仕業と思い込ませて王族同士を争わせ、第四王子ディルクヘイムを次代の王に仕立て上げる助けにするはずだった。


 いずれ、アルブレヒトやカストマールも殺害する予定だったのだが、それよりも早くディルクヘイムの命が奪われてしまった。

 フンダールにしてみれば、想定外もいいところだろう。


「だが、俺が竜人の姿を見せてベルトナールを殺害していても、結果は変わらなかったんじゃないか?」

「と、仰いますと……?」

「パーティーの会場に乱入しても、移動の方法は空間転移だから、オミネスの関与は疑われるし、人の姿で乱入すれば、それこそオミネスの者だと疑われるだろう」

「そう言われれば、確かにそうですね。空間転移の魔法を使った時点でオミネスの関与を疑われたでしょう」

「いずれにしても、俺がベルトナールを殺したのが原因だから、俺のせいにしておけ」

「ヒョウマさん……いいえ、結局はヒョウマさんを召喚したベルトナールの責任ですよ」

「そうだな、その通りだ」


 オミネス政府は、ジリオーラ、ディルクヘイムの消息が途絶えたことから、ギュンターから敵視されていると判断し、既に国境線を固め始めているらしい。

 こうした場合、王政よりも民主制の方が決定までに時間が掛かると思ったのだが、オミネス政府はアルマルディーヌ王国をいつ敵に回るか分からない友好国と考えていたそうだ。


 隣国サンカラーンに度々攻め入り、労働力として健康な男女を拉致し続けているのだから、その武力の矛先が何時自分達に向けられても大丈夫なように備えていたらしい。


「ギュンターの恐ろしさは、オミネスにも伝わっています。非情でありながら冷静に物事に対処する手腕は高く評価されています。評価が高いすなわち敵に回すと面倒なので、常にアルマルディーヌに対しての警戒は怠っていなかったそうです」


 既に、カルダットやノランジェールに対しての兵力の増強が始められているらしい。

 それならば、俺がアルマルディーヌの連中の横っ腹に魔法を撃ち込んでやれば大丈夫だろう。


「そう言えば、サンドロワーヌには支店があるんじゃなかったか?」

「はい、店を閉じて戻るように手紙を出しましたが、間に合うかどうか……」

「俺が知らせに行こうか? 俺なら今日知らせられるぞ」

「お願いできますか?」

「何なら、連れて来てやってもいいぞ」

「よろしいのですか?」

「今日知らせても、出発するには色々と準備が必要だろう? 何日必要か、支店の者と相談して迎えに行ってやるよ」

「本当ですか、そうしてもらえれば助かります」


 フンダールとは、この先も良い関係を保っておく必要があるし、支店の従業員を助けておけば恩を売っておける。

 フンダールに手紙を書かせ、千里眼で支店の様子を窺って、客が途絶えた所を狙って店の奥に空間移動する。


 突然現れた竜人を見て、2人の従業員は驚きの余りにフリーズした。


「驚かせてすまない。フンダールの使いだ」

「オーナーから……?」

「あぁ、俺はダンムールのヒョウマと言う。見ての通り、空間転移の魔法が使えるので、急ぎの知らせを持って来た」


 サンドロワーヌの支店の従業員は、商会の印が入った封筒と封蝋を確認して、ようやく俺を信用したようだ。


「拝見しても構いませんか?」

「勿論だ、すぐに目を通してくれ」


 一人目の従業員は封を切り、文面に目を通すと顔色を変え、もう一人の従業員に手紙を回した。


「アルマルディーヌがカルダットを狙うというのは本当ですか?」

「少なくともオミネスの政府はそう見ている。サンカラーンでも、ダンムールやマーゴの里長は同じ意見だ」

「そうですか……あっ、失礼いたしました。私は、この支店を任されていますエサレムと申します。こちらは同僚のヨヘランです」


 エサレムは30代前半ぐらいの男性で、商人らしい柔和な印象を受ける。

 ヨヘランは、エサレムより少し若そうで、こちらはガッシリとした体格の男だ。


「オーナーから店を閉めて戻るように言いつかりましたが、ヒョウマさんが送って下さるのですか?」

「そのつもりでいる。今から動けば、問題無くカルダットには戻れるとは思うが、ノランジェールを抜ける前に紛争が始まってしまったら、戻れなくなる可能性がある」

「そうですね、サンドロワーヌの街は切迫した感じはしませんが、ノランジェールの守りを固めるという兵士の一部が通って行きましたので、紛争が始まってしまう可能性はありますね」


 王都ゴルドレーンからノランジェールに向かうには、サンドロワーヌを経由して行く必要がある。

 すでにサンドロワーヌにもベルトナールの訃報は届いているが、街の防衛を行う兵士が増強されると聞いて、住民は戻り始めているそうだ。


「一時は、本当に酷い有様でした。街の住民の8割以上が姿を消した感じですね。幸い、騎士達が巡回を強化していたので、略奪などは起きていませんでしたが、それでも襲撃されるのではないかという怖さはありました」

「なるほど、今はどの程度まで戻っている?」

「そうですねぇ……以前の6割から7割といったところですかね」

「獣人族の奴隷はどうだ?」

「今は殆ど見かけませんね。例の暴動があってから、獣人族の奴隷を使っていると自分にまで危害が及ぶかもしれないと、みんな恐れているようです」


 益子が起こした馬の暴走騒ぎを切っ掛けに起こった暴動は、獣人族の奴隷を惨殺するにとどまらず、奴隷を使っていた人族や奴隷商人にまで被害をもたらした。

 あの状況を目の当たりにした者であれば、獣人族の奴隷の使用をためらうのも当然だろう。


「ようやく少しずつ客足が戻り始めていたところなので少し残念な気もしますが、オミネスとアルマルディーヌが戦を始めたら、この店もどうなるか分かりませんので、ここらが潮時でしょう」


 支店の中から千里眼を使って街の様子を眺めてみると、確かに賑わいが戻って来ていた。

 エサレムの言う通り、以前の賑わいから較べるとまだまだなのだろうが、マーゴの里と較べたらそれこそ天と地ほどの差がある。


 日本で言うならば、地方の主要都市と限界集落ぐらいの違いだろう。

 日本の場合には、交通の便とか働く場所の有無などで格差が出来ているが、サンドロワーヌとマーゴは搾取する者とされる者の差でもある。


 発展することが良いとは限らないだろうが、マーゴの生活水準はもっと向上しても良いはずだ。

 地理的に考えれば、両者が対等な立場で交易が出来れば良いのだろうが、それまでには、まだ長い時間と道程が必要だろう。


 撤収するにあたりサンドロワーヌの支店は、この店と裏手の倉庫で全てらしい。

 エサレム達は、店の2階で寝起きしているそうだ。


 倉庫に置かれている商品や、エサレム達の荷物は俺が空間転移魔法で送ってしまうか、アイテムボックスに放り込んで運ぶことにした。


「店も倉庫も土地建物は借りものなので、今月末で一度店を閉めるとでも言っておきます。店の商品や私物をまとめますので、3日後のこのぐらいの時間に送っていただく感じでお願いします」

「分かった。では、3日後に迎えに来て、カルダットまで送り届けるとフンダールにも知らせておこう」

「ありがとうございます。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」


 エサレムに3日後の再訪を約束して、カルダットへと戻り、予定をフンダールに伝えておいた。

 チャベレス鉱山を望む前線基地へと移動し、昼飯を摂りながらオミネスの状況を樫村に説明した。


「そうか、ちゃんと備えているんだな」

「あぁ、そう言えば、ベルトナールを毒殺した直後に、魔法が使えなくなって、王城から出られなくなったんだ」

「魔法が使えない?」

「体内を循環させる身体強化系の魔法は使えたが、千里眼とか空間転移とか放出系みたいな魔法はまるっきり使えなかった」

「何か、結界みたいなものなのか?」

「たぶんな……それで、俺は物置に隠れていたんだが、そこでオミネスの工作員と思われる連中と遭遇したんだ」


 メイドとして潜入していたらしい2人組と遭遇した時の様子を話すと、樫村は何度も頷いていた。


「僕達とは、準備に掛けられる時間も金も人材も違いすぎるが、較べることすら失礼に思えてくるな。それだけ用意周到に相手の懐に手の者を潜り込ませ、有事に対して備えていなければ、国と国の戦いなんか出来やしないんだろうな」

「だが、それでも王妃も王子も助けられなかったんだぜ」

「それだけギュンターの決断が早かったってことだが、オミネスとしてもやられっぱなしでは腹の虫が治まらないんじゃないか?」

「だとしても、オミネスから仕掛ける理由になるのか? 王妃にしても、王子にしても、アルマルディーヌの人間だろう?」

「王子に関してはそうであっても、王妃は一応オミネスの大臣の身内ってことなんだろう? それならば抗議行動には出るだろうし、表には出ない嫌がらせとかしてくるかもな」

「嫌がらせか……地球で言うなら領海侵犯とか、領空侵犯みたいな感じか?」

「あるいは、隣りの国にビラを撒く……みたいな感じかもしれないぞ」

「いや、まだ紙は高価みたいだから、それはやらないだろう」

「いや、紙が高価だから、片面を白紙のままにしておけば、まだ使えると拾って帰るだろう」

「なるほど、そういう考え方も出来るか」

「いずれにしても、オミネスがどう守り、どう反撃するのか見ものだな」


 樫村の言う通り、オミネスの対応は俺達にとっては生きた教科書みたいなものだし、対応をじっくりと見物させてもらって、その手法はゆるパクさせてもらおう。


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