その解放の先へ
サンカラーンの西の里との交渉を終えた翌日、俺は樫村と一緒にチャベレス鉱山を望む前線基地へと来ていた。
既に、ドードがリーダーを務めているグループの首輪の無効化作業は完了している。
今日は次のグループのリーダーと接触し、協力を求める予定だ。
次のグループ、夜中にシフト勤務するグループのリーダーは、テーギィという灰色熊獣人の男だそうだ。
「それにしても、カルダット侵攻とは考えてもみなかったな」
「あぁ、俺も聞いた時は鳥肌が立ったよ」
西の里との交渉の最中、ビエシエとハシームが予想したアルマルディーヌの作戦は、俺と樫村には思い付かなかったものだった。
「どうする樫村。ハシーム達は、いつでも出撃できるように準備を進めるって言ってたが、俺達は参加するのか?」
「僕は勿論参加するぞ。と言うか、麻田に送ってもらわないといけないから参加させてくれ」
「だが、本格的な戦闘になるだろうし、相手を殺すことになるぞ」
「それだけじゃない、こっちだって死ぬ可能性はある。だけど、これは俺達が撒いた種でもあるんだ、知らん顔は出来ないだろう」
正直に言って、俺は竜人の身体というチートな能力があるから、普通の兵士相手に戦って死ぬとは思っていない。
例え酷い怪我を負ったとしても、この身体は自動的に修復してしまうはずだ。
だが、樫村達は違う、攻撃を受ければ怪我もするし、悪くすれば命を落とす可能性もある。
それを伝えたが、樫村の覚悟は変わらないようだ。
「勿論、危険が伴うのは十分すぎるぐらい承知している。だから、クラスのみんなには参加を強要するつもりは無い。本気で王国の連中を殴りに行きたい、命のやり取りをする事になっても一矢報いてやりたいと思う奴には参加してもらうつもりだ。だいたい、俺は奴らの言いなりにさせられただけで、何一つやり返せていないぞ」
確かに樫村の言う通り、アルマルディーヌに対して何か行動を起こしているのは、現時点では殆ど俺だ。
物資を盗んで来たのも、ケルゾークを襲った兵士を全滅させたのも、ベルトナールを毒殺してきたのも俺だ。
「少しは、俺達にやり返すチャンスをよこせ。さぁ、行くぞ……」
「あぁ、分かった。だが参加するなら、里の連中と連携を確かめておいた方が良いんじゃないのか? 同士討ちとか嫌だぞ」
「分かってる。それはハシームと相談してみるさ。それよりも、今は次のグループとの接触だ」
「そうだな、行くか……」
チャベレス鉱山では、三交代制で作業が行われている。
囚われている奴隷は三つのグループに分けられていて、互いに交流する機会は殆ど無い。
それでも、幾人かの者達は挨拶を交わし、互いの情報を交換し合っているそうだ。
俺と樫村は、そうした伝手を頼って、次のグループのリーダーの所まで辿り着いた。
夜中から作業に入るグループは、午後から作業するドードが率いているグループよりも大人しい感じがした。
昼間のグループの連中は、人族の姿をしている俺達に対して、ややもすると好戦的な態度を取っていたが、今度のグループはやけにフレンドリーな感じを受ける。
それはリーダーであるテーギィも同じで、ドードがヤンキーのヘッドだとしたら、職場の親方という感じだった。
あまりにも友好的な態度ゆえに、樫村は怪訝な表情を浮かべている程だった。
「なるほど。お2人はベルトナールに召喚された別世界の人ですか。それで、ベルトナールへの復讐も兼ねて、この鉱山で働かされている者達を解放したいと……」
「そうだ、少々時間は掛かるが、既にドードのグループ全員の首輪を無効化してある。あと2グループの無効化を終えれば、すぐにでも鉱山を占拠するつもりでいるし、西の里との交渉も進めている」
樫村が自分の首に嵌めていた首輪を外してみせると、さすがに集まった者達から驚きの声が上がったが、テーギィがすっと片手で抑えるような動作をするだけで声はやんだ。
「お話の趣旨は分かりました。ですが、計画についてもう少し詳しく話を聞かせてもらえませんか?」
テーギィの申し出は当然だ。
自分のグループにいる1万5千人以上の人間の命が掛かっているのだから、慎重にならざるを得ないだろう。
テーギィの質問は、作戦の細かな部分にまで及んでいて、中には現時点では決定していない所もあった。
そうした場合、テーギィはほんの少しだけ不満げな表情を見せるが、すぐに笑顔に戻って計画を煮詰めるように要望してきた。
そんなテーギィの姿に、妙な既視感を覚えていた。
こちらの世界ではなく、日本にいた頃に同じような人を見た印象があるのだ。
テーギィと樫村が交渉を進めているうちに思い出した。
新聞販売所の藤吉先輩と一緒にいった家電量販店の店員に似ている感じがする。
何だかんだとネットなどで集めた情報を元にして値切ろうとする藤吉先輩に対して、ベテランの販売員は終始笑顔を浮かべながらも殆ど値切りには応じていなかった。
テーギィは、良く言うならば慎重、悪く言うならば少々胡散臭い感じがする。
まさか、この状況から抜け出せるかもしれないのに、裏切るなんて心配は要らないだろうが、どうも何か裏があるように感じてしまうのだ。
テーギィは鉱山を制圧する時に、兵士をなるべく殺さないようにする方針には強硬に反対を唱えてきた。
樫村が次の繁殖場を解放する時の為の布石だと説明しても、なかなか納得してくれなかった。
「あと腐れなく殺してしまった方が良いです。それに、下手に生かしておいたら、ただ殺すよりも残酷な仕打ちを受けることになるかもしれませんよ」
「どうしても心配ならば、兵士たちに首輪を付けても構わないが、それでも駄目か?」
「同じでしょうね。ここにいる者達は、多かれ少なかれアルマルディーヌの兵士から痛め付けられています。立場が逆になれば、当然同じことをやってやると思うのではありませんか? それが一人であれば大した事ではないでしょうが、5人、10人、100人になれば……」
これもまた、樫村も俺も想定していない話だった。
樫村達は、アルマルディーヌに囚われている間、出来る限り従順に過ごしていたので、益子以外は酷い虐待は受けなかったらしい。
「分かった、兵士の件も更に検討させてもらう。他に疑問はないか?」
「そうですね。決起するタイミングですが……」
結局、テーギィは納得して協力を約束してくれたが、説明を終えるまでドードの3倍ぐらいの時間が掛かった。
テーギィ達が作業に入る直前まで、無効化した首輪との交換作業を続け、前線基地に戻った時には樫村も疲れた表情を浮かべていた。
遅い夕食を食べながら、樫村に率直な感想を聞いてみた。
「あのテーギィって男、どう思った?」
「そうだな、何か裏がありそうな感じはするな」
「裏切ったりしないかな?」
「それは無いだろう。アルマルディーヌでの獣人族の扱いを見れば、寝返る旨味があるとは思えない」
チャベレス鉱山を管理している兵士達に俺達の計画を密告しても、自由になる以上の恩恵が受けられるとは思えなかった。
「例えば、家族が人質にされていて、兵士から脅されているとかは?」
「あるかもしれないが、可能性としては薄いんじゃないか」
「そうか、だけど兵士の話はどうする?」
「そうだなぁ……正直少し迷い始めている」
樫村も制圧した兵士が殺される心配はしていたが、リンチされる可能性は考えていなかったらしい。
「だが、テーギィの言う通り、生かしておいたらリンチされる可能性は高いな」
「俺も、マーゴでビエシエと話している時に、次の繁殖場でのアドバンテージにはならないような気がしていた」
ビエシエやハシームから聞いたアルマルディーヌの国王ギュンターならば、チャベレス鉱山を解放されたら、繁殖場の警備は恐ろしく厳重になると思われた。
チャベレス鉱山の兵士を生かしておいたところで、それが警備を行う者の気の緩みには繋がらない気がする。
「樫村、やっぱり殺してしまった方が……」
「いや、駄目だ。単なる復讐ならば、それでも構わない。だが、アルマルディーヌに復讐するだけでは駄目なんだ」
「復讐するだけじゃ駄目って、どういう意味なんだ?」
「チャベレス鉱山を解放する。繁殖場を解放する。その後、各地にいる獣人族の奴隷を解放し終えたとして、その後だ」
「えっ、奴隷になっている獣人族を全員解放出来れば、それで終わりじゃないのか?」
俺の質問に、樫村はニヤっと口許を緩めてみせた。
「まぁな。実際に、俺達が全部をやり遂げられる保証は無い。これまでサンカラーンの人々が、ずーっと成し遂げようとして出来なかったことだから、それが達成出来れば終わりだと思うのも当然だけど……映画やドラマと違って、その後も世の中は続いていくんだぜ」
「えっ……あっ、そうか、そうだよな」
「奴隷の解放が終わったら、次の時代を築いていかなきゃいけない。今度は対等で、一方的に搾取されるだけでない関係。そして、出来るならば和平の道を目指すべきだろう。その為には、互いの恨みを少しでも減らしていかないと駄目なんじゃないのか?」
正直、樫村が言うような先の先の話までは、考えてもいなかった。
奴隷の解放が完了して、クラスのみんながサンカラーンの人々に認められたら、俺はラフィーアとのんびり暮らしていこうなんて考えていた。
だが、良く考えてみるまでもなく、自分達の所有物だと思っていた奴隷を奪われたアルマルディーヌが、そのまま黙っているとも思えない。
アルマルディーヌとサンカラーンの間に和平条約が締結出来れば一番なのだが、それが無理だとしても相互不可侵の条約ぐらいは結ばないと、安心して暮らしていけないだろう。
「そうだよなぁ……俺達、日本で暮らしていたから戦争なんて実感無いし、それこそ映画やドラマの中の話としか思っていなかったもんな。中東とかアフリカの内戦をニュースの映像で見ても、大変だとは思っても当事者意識とかゼロだったもんなぁ……」
改めて自分が紛争の当事者だと感じると同時に、これまで自分が奪ってしまった命の重さを考えてしまった。
ベルトナールは勿論、見張りの兵士、ケルゾークに攻め込んで来た兵士にも家族はいただろうし、当然俺を恨んでいるだろう。
「将来のことを考えるならば、なるべく殺したくないが……鉱山の連中にそれを説いて納得してもらうのは難しいのだろうな」
「樫村、なるべく殺さないようにするならば、アルマルディーヌのカルダット侵攻を止める戦いには参加しない方が良くないか?」
「というか、始まる前に潰した方が良いよな?」
「そうか、じゃあ明日の朝一番にフンダールに相談してみるよ。フンダールならば、街の有力者とかにコネとかありそうだからな」
「そうしよう。それか、噂を流すか……」
「噂? アルマルディーヌが攻めて来るって?」
「あぁ、でも下手にやると『狼少年』になっちまうか……」
「攻めて来る、攻めて来る……で、来ないが続くと、かえって警戒が緩んでしまうか……難しいな」
「所詮、僕らはまだ子供だからな、知恵があっても浅いし、圧倒的に経験が不足している。でも、だったら経験のある者に手伝ってもらうしかないだろう」
「そうだな、そうしよう」
樫村達は、このまま前線基地に残り、俺は明日のカルダット行きに備えてダンムールに戻ることにした。