そして兵馬は強固な意志を手に入れる
カルダットの商人フンダールとの約束を果たすべく、ダンムールへ至る街道の整備を始めた。
街道の両脇の森を切り開き、路面の幅10メートル、左右の路肩をそれぞれ10メートルの広々とした道に作り変える。
人力でやろうとすれば、伐採作業、切株の掘り出し、整地と時間の掛かる作業だが、魔法を使えばバリバリ作業が進められる。
1時間で500メートル、1日で4キロぐらい仕上げたが、カルダットまでは遠い。
このままのペースでやっても4ヶ月以上は掛かるだろう。
そこで、土属性魔法を使って作業用のゴーレムを作った。
俺は24時間働き続けるなど出来ないが、ゴーレムなら魔力を注いで命令を下しておけば、勝手に作業を進めてくれる。
まず命令したのは、道路脇の木の伐採作業だ。
正確には、伐採作業と言うよりも、引き抜き作業と言った方が正しい。
木の根元部分の土を土属性魔法で除去して、何体かで力を合わせて引き抜いてしまう。
引き抜いた木は整地の終わった街道の路肩部分に移動させ、引き抜いた跡は埋め戻す。
翌朝、俺が木を回収してダンムールの里に送り、製材作業はクラスメイト達に担当してもらう。
ゴーレム10体を24時間稼働させることで、一日に20キロぐらい街道の整備を進められるようになった。
となれば、ゴーレムを20体に増やし、30体に増やし、6日程で隣の里、シウレニアまでの街道整備が完了した。
これまでダンムールからシウレニアまでは、馬車で四日も掛かっていた。
道は狭く、森からは魔物も現れる、下手をすれば命掛けの道程だったが、これからは往来も楽になるはずだ。
「ヒョウマ殿、これと同じ道がダンムールまで続いておるのか?」
シウレニアの里長スランディーは、改修の終わった街道を見て目を丸くしていた。
「これならば、今までよりも安全に往来できるでしょう」
「これほど見通しが良くなれば、警護の者も楽が出来る」
見通しの利かない森の中では、魔物の接近に気付きにくいが、路肩を広げたので不意打ちを食らう可能性は大幅に減るはずだ。
「ケルゾークまでの街道と、その先へ向かう街道も整備を進めます。あとは、途中に安心して野営が出来る場所を設ければ、カルダットからの商人も増えると思いますよ」
「そうか、ならば取り引き出来る品物も増やさねばなるまいな。ヒョウマ殿、今宵は里で夕餉を共にしよう。商売についての話もしたいからな」
「はい、ご馳走になります」
一旦ダンムールに戻って、シウレニアで夕食をご馳走になると伝えると、ラフィーアが自分も一緒に行くと言い出した。
「私も、久々に叔父上とお会いしたい」
「そっか、じゃあ一緒に行こう」
アン達の食事の世話を終えてから、一風呂浴びて、着替えてからシウレニアへと向かった。
里長の館を訪れると、スランディーは少し驚いた表情を見せた。
「叔父上、ご無沙汰しております」
「ふむ、ラフィーアも一緒か?」
「はい、久しぶりに叔父上にお会いしたく、ヒョウマに連れて来てもらいました」
急に人数が増えたら迷惑かと思ったが、サンカラーンの宴会は大皿にドンと盛られた料理を取り分けるスタイルだから問題無いはずだ。
それとも、商売の話をするのに邪魔になると考えたのかと思ったが、宴会場へ入ったところで理由が分かった。
「さあヒョウマ殿、座ってくれ」
「失礼します……」
宴席は、ラグが敷かれた床に腰を下ろす日本に近いスタイルだが、テーブルの周囲には虎、熊、狼など、妙齢の女性の獣人が顔を揃えていた。
ラフィーアが俺の左腕を抱え込む力を強め、グルルルっと低く喉を鳴らした。
「叔父上、ヒョウマには側室など必要ありませぬ」
「そんなに牙を剥かなくても大丈夫だ、ラフィーア。ヒョウマ殿を労うだけで、深い意味はない」
「本当ですね……」
「本当だから、座れ……」
苦笑いを浮かべたスランディーになだめられても、ラフィーアは低く喉を鳴らしている。
勿論、いつもの甘える感じではなく、威嚇するためのものだ。
「ラフィーア、俺が生涯を共にするのはラフィーアだけだ」
「ヒョウマ……」
俺の言葉に驚いて、でもまだ少し不安そうなラフィーアに口づけする。
強張っていたラフィーアは、俺の腕の中でフニャっと力を抜いた。
「さぁ、座ってご馳走になろう」
ラフィーアは無言で頷くと、俺の隣に腰を下ろし、ゴロゴロと喉を鳴らしながら寄り掛かってきた。
「まったく、あのじゃじゃ馬が変われば変わるものだな」
「そうですね。俺も初めて会った頃は……」
「う、うん! ヒョウマ、一日働いて腹が減っているだろう、さぁ、ご馳走になろう」
「はいはい、そうだな……」
食事をご馳走になりながら、今後のダンムールやシウレニアの話をしたのだが、よく考えたらノランジェールでの戦闘やチャベレス鉱山の件を話していなかった。
日本のように自然に伝わるものだと思っていて、何気なく切り出したらメチャメチャ驚かれてしまった。
「そ、それは、本当に本当なのか、ヒョウマ殿」
「はい、ノランジェールで第三王子カストマールが率いる軍勢を壊滅させましたし、チャベレス鉱山からは8千人ほどマーゴの里に送って、自分の里に戻り始めています」
「なんと……そのような機会があるならば、我とてもノランジェールに出向いて、王国の兵士どもを叩きのめしてやりたかった……」
「申し訳ない。急な事だったので、声を掛けそびれてしまいました」
「いや、我々だけではノランジェールの状況を知ることも、駆けつけることも叶わないのだから、ヒョウマ殿に恨み言を言うのは間違いだ。ヒョウマ殿、改めてシウレニアの里長として感謝する。よくぞ王国の兵を討ってくれた、ありがとう」
形を改めたスランディーに深々と頭を下げられると、胸の奥がズキンと痛んだ。
アルマルディーヌ兵の命を奪った情景や、チャベレス鉱山で多くの人が虐殺されていた光景が、頭の中に蘇ってきてしまう。
「い、いえ、俺だけの手柄ではないので……」
「いやいや、ヒョウマ殿の存在無しに、これほどの勝利を手にする事は叶わなかったはずだ。ヒョウマ殿の功績と言っても過言ではない」
「いえ……俺は、そんなつもりじゃ……」
「ヒョウマ? 叔父上、その話はここまでにしていただけませんか」
俺の心情を察したラフィーアが、話を止めてくれようとしたのだが、スランディーは事情が呑み込めないようだ。
「なぜだ? 王国相手に、これほどまでの手柄を立てた者などいない。その功績を……」
「叔父上! 理由はまた後で話しますので、今は……」
「そうか……」
せっかく和やかだった雰囲気を俺が台無しにしてしまったが、ラフィーアがクラスメイト達の話をして場を繋いでくれた。
ダンムールで、人族であるクラスメイト達が里の生活に溶け込んでいる様子を聞いて、スランディーだけでなく、同席した女性達も興味を持ったようだ。
「この先、ヒョウマ殿がカルダットまでの道も整えてくれれば、オミネスとの交流は益々活発になる。その過程では、サンカラーンも人族を受け入れることを考える時が来るのであろう……いや、もうその時なのだな」
「初めて出会った時、ヒョウマは人化の術を使って人族の姿をしていました。そのおかげで、謂れの無い敵意を抱き、随分と酷い仕打ちもしました。ですが、ヒョウマと過ごすうちに、そしてヒョウマの仲間達と過ごすうちに、人族の全てが悪ではないと知りました。まだ、王国の人族に対する敵意は消えていませんが、オミネスの人族とは交流を始めるべきでしょう」
ラフィーアがそうであったように、サンカラーンの人々が抱く人族への敵意や嫌悪は、会ったことがない、話したことがない、未知の存在への恐怖でもあるのだろう。
オミネスでは、ごく当たり前に獣人族と人族が生活を共にしている。
だが、多くの者が里から出ることもなく一生を終えるような環境では、実際の人族を知り、考えを改める機会が無いのだろう。
俺が作り変える道は、もしかすると獣人族と人族の関係を変えるかもしれない。
オミネスの状況を知る人が増えれば、サンカラーンにおける人族への意識も変わるだろう。
実際、里を訪れただけで殺害するというマーゴの人達も、樫村達と交流して共に戦いにさえ臨んでいる。
知る機会を増やすことが、交流することが理解を深め、和平への道に繋がるのならば、街道の整備はバリバリ進めるべきなのだろう。
カルダットからダンムールまででなく、他の里へと通じる道も拡張すべきなのだろう。
「ヒョウマ……大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だ。明日からはケルゾークまでの街道の整備をバリバリ進めるぞ」
「その調子ならば大丈夫そうだな」
「あぁ……スランディーさん、先程はすまなかった。俺は戦争の無い国から来たんで、その……人を殺すのに慣れていないんだ」
自分が生まれ育った日本は、平和ボケなんて言葉が存在するぐらい平和な国で、アルマルディーヌとの問題も、なるべく人が死なない形で解決したいと望んでいるが、実際には全く上手くいっておらず、やり場の無い気持ちを抱えていることを打ち明けた。
「チャベレス鉱山で奴隷とされていた人達が、アルマルディーヌの兵士などを虐殺した気持ちも理解出来なくないが、それを続けていては戦いが終わらないと思うんだ。アルマルディーヌの兵士を何千人も殺している自分が言っても全く説得力が無いのは分かっている。それでも、出来るなら、もう殺したくないんだ……」
「なるほど、ノランジェールの戦いは、我々サンカラーンの者にとっては華々しい戦果ではあるが、ヒョウマ殿にとって不本意なのだな」
「たぶん、ベルトナールがいなくなったから、アルマルディーヌの連中は当分の間は攻め込んで来ないだろう。出来ればその間に、和平は無理でも相互不可侵の取り決めが出来ないかと思っている」
スランディーは、瞑目したまま二度三度と頷き、おもむろに話し始めた。
「ヒョウマ殿の考えは分かったが、王国との関係改善は簡単ではないし時間が掛かる。まずは、オミネスとの交流を進めた方が良い。カルダットへの道が良くなったならば、シウレニアからも人を送り出そう。まずはオミネス、それからアルマルディーヌ、最低10年は掛かると思って腰を据えて取り組んだ方が良いだろう」
「そうですね。焦っても無理だな……」
「ヒョウマ殿」
「はい、何でしょう」
スランディーは、居住まいを正して真正面から俺を見詰めて言葉を紡いだ。
「覚悟を決めなされ。ヒョウマ殿が奪った命は戻らぬ。何の覚悟も無い思い付きの行動は、奪った命を冒涜することに他ならない。大勢の命を奪ったことを悔いているのであれば、その者達に胸を張れる生き方をすべきだ」
「胸を張れる生き方……」
「獣人族を搾取するアルマルディーヌ王国を否定するのであれば、それよりも優れた世界を築いてみせる。それがアルマルディーヌの兵士の命を奪ったヒョウマ殿の務めではないのかな?」
「そうですね。人族と獣人族が共に暮らす、オミネスのような世界が当たり前になるように、俺は活動していきます」
「うむ、それがよかろう」
仕方なかったの一言で片付けるべきではないが、いつまでも下を向いていたら命を奪った意味が無くなってしまう。
罪は罪として背負って前に進もう。
スランディーからは、遅くなったから泊まっていけと言われたが、固辞してラフィーアと共にダンムールに戻った。
アン達がいて、ラフィーアがいる小屋が、俺の帰る場所だ。
明日からも、街道の整備を着実に進めよう。
それと同時に、獣人族と人族がもっと分かり合えるように、手助けする方法を考えよう。