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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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お前みたいなヒロインがいてほしい!

 その晩、俺は西の里との交渉を前に、ハシームと夕食を共にしながら打ち合わせを行った。

 夕食のメニューは、ラフィーアが腕を振るったらしく、クラスメイトの女子から習ったものだそうだ。


「おぉ、唐揚げじゃないか、美味そうだな」

「待て、ヒョウマ!」

「何だよ、揚げたての熱々を食べた方が美味いぞ」

「何を言う、うかつに手を出す奴があるか。スーチを絞るか絞らないかで、戦にまで発展するのであろう」

「あぁ、そういうことね……」


 どうやらクラスメイトの女子が、唐揚げにレモンを絞るか、絞らないか論争を面白おかしく伝えたのだろう。


「なんだと、スーチを絞るか絞らないかで戦が起こるのか?」

「そうですぞ、父上。食べ物の恨みはそれほどまでに恐ろしいそうです。ヒョウマ達の国では、これで歴史が大きく動いたそうです」

「ふむ……なるほど、食い物の恨みか……」

「いや、そこまで大袈裟な話では……」

「ヒョウマ、唐揚げを崇めよ!」

「えぇぇぇ……」

「スーチを絞る派、絞らない派、各々の主義主張は違えども、唐揚げが美味いという一点において違いは無い。まずは、唐揚げを崇めよ!」

「はぁ……」


 ダンムールに唐揚げを伝えてくれるのは良いとして、これでは新興宗教でも出来上がってしまいそうだ。

 里長のハシームまでもが唐揚げの皿を掲げてから、己の皿に取り分けている。


 ぶっちゃけ、ばーっと絞っちまえば良いじゃんと思うのだが、ラフィーアが絞らない派だと面倒だからやめておこう。


「なぁ、サンカラーンにも食事の仕来りとかがあるのか? 」


 西の里に行った時に、仕来りに反したからと交渉が決裂したらマズいので聞いてみたのだが、特別な決まりは無いらしい。


「元々、サンカラーンの民は、面倒な決まり事は好まない。美味いものを美味いといって食う、飲む、騒ぐ、それだけだ」

「最後の騒ぐってのが気になるが……まぁ仕方ないんだろうな」

「さすがに仲間内で殺し合いになるのは困るから、手加減してやるのだな」


 俺の身体が人族のままであったなら、獣人族と喧嘩になったら命懸けだが、竜人族の身体となった今、手加減無しで力を振るったら相手の命が危ない。

 致命傷にならないように、優しく撫でる程度に留めておくように心掛けよう。


「ところでヒョウマよ。アルマルディーヌの現在の国王の話を聞いておるか?」

「現在の国王って言うと、ベルトナールの父親だよな?」

「そうだ、相当な切れ者だという話だ」


 アルマルディーヌ王国の現在の国王は、ギュンターと言うらしい。


「俺は、ベルトナールを毒殺した時に、会場にいるのを見掛けただけだが、言われてみれば実の息子が毒殺されたのに、取り乱していなかったな」

「ギュンターは、オミネスの者からすると有能で抜け目のない切れ者。西の里の連中からすると姑息で卑怯な男らしい」

「切れ者と卑怯な男では、ずいぶんと違う気がするが……」

「いや、違いはせん。西の里の者達が嫌がることを的確に行う切れ者であろう」


 ハシームが言うには、西の里に暮らしている者達は、直情的な性格の者が多いらしい。

 例えば、戦であれば名乗りを上げて、己の肉体と武器を使った一騎打ちこそが栄誉であり、相手の裏をかくような戦術は卑怯とされるらしい。


「なるほど、それじゃあギュンターは戦術家なんだな?」

「そうだ。ギュンターが王子から王になり、国の実権を握るようになってから、西の連中の旗色は悪くなっていった」


 ギュンター以前のアルマルディーヌ王国には、西の里の連中と同様に、正々堂々真っ向勝負を良しとする風潮が残っていたそうだ。

 だが、ギュンターは徹底した現実主義に基づき、勝利を得るために手段を選ばなかったらしい。


「今でこそ、サンカラーンが一方的に攻められているが、以前は西の里の連中が頻繁に略奪を行っていた」

「略奪って……食い物か?」

「まぁ、ヒョウマには隠すべきではないから率直に話すが、食糧の他に女性も奪っていたらしい」

「それって、凌辱して子供を産ませるためか?」

「いや、凌辱した上で……食っていたらしい」

「なっ……」


 食事中だからと、詳しい話は別の機会に回されたが、日本育ちの俺としては考えられないような行為が行われていたらしい。


「だが、そうした行為が実際に行われたのは、ギュンターが実権を握るまでだった」


 ギュンターが実権の握って以後、アルマルディーヌの戦い方は様変わりし、西の里の者が一騎打ちを申し込んでも、応じる事は殆ど無くなったそうだ。

 サンカラーンの西部と境を接するアルマルディーヌの北東部には、サンドロワーヌの他に、バリブラ、ドロウナといった街があるそうだが、略奪に向かった者は殆ど帰って来なかったらしい。


「僅かに生き延びた者の話では、アルマルディーヌの連中は獣を狩るように対処していたという話だ」

「アルマルディーヌの連中も、捕らえた連中は皆殺しにしていたのか?」

「さぁ、そのあたりの情報までは伝わっていないが、一説には生かされ、奴隷として使い潰されたらしい」


 アルマルディーヌの者からすれば、自分達の土地から食糧や女を奪われるのは屈辱そのものだろう。

 それを晴らす方法として、名誉の戦死をさせず、生き延びさせ、奴隷として酷使したのだろう。


「何か、聞いているだけで根深いな」

「当たり前だ。互いに奪い合っているのだ、そこには恨みつらみしか存在しない。友好なんて言葉は、互いに分け与って初めて生まれるものだ。このようにな……」


 食卓には、クラスメイト達が持ち込んだ、ダンムールには無かったメニューがならんでいる。

 チーズフォンデュ、肉味噌うどん、春巻き、メンチカツ……和洋折衷、統一感の無いメニューだが、どれもダンムールの人々には好評らしい。


「俺達の暮らしていた国は、外国から持ち込んで、自分達に合うようにアレンジするのが上手いからな。特に食い物に関しては、世界中の文化を取り入れていたと言っても過言じゃない」

「そいつは凄いな。それだけ多くの国と繋がりを持てていたのだ。ヒョウマの故郷は良い国なのだな」

「まぁ、色々と問題もあるけど、暮らしやすい国ではあったよ」

「帰りたいか?」


 ハシームの言葉に、俺よりも横にいるラフィーアがピクっと身体を震わせた。


「いいや、俺はダンムールで暮らしていくよ」


 ラフィーアの腰に腕を回して答えると、ハシームはニヤリと口許を緩めて頷いた。

 ゴロゴロというラフィーアの喉鳴りが心地良い。


「俺は帰らないって決めているが、他のクラスメイトは帰りたいと思っているだろうな」


 俺の言葉を聞いて、ラフィーアの喉鳴りが止まった。


「この料理を習っていた時も、味見をしている最中に泣き崩れた者がいた。自宅の食卓を思い出してしまったらしい」


 ダンムールの食生活は思っていたよりも豊かで、過去に召喚された者が伝えたらしい醤油や味噌まで存在した。

 鰹節や昆布は見ていないが、他のもので出汁を代用して味噌汁を作れば、日本を思い出すのは当然だ。


 日本にいた頃に食べていたメニューを再現すれば、帰りたいと思ってしまうのは当然だが、帰る方法は全く分からない。

 赤竜からゆるパクして、千里眼や空間転移の魔法が使えるようになったが、日本の街は見られないし、日本から物を引き寄せる事も叶わない。


「どうすれば良いのかなぁ……」

「ヒョウマの仲間が帰れないのは、ヒョウマの責任では無いだろう」


 ラフィーアの言う通りなのだが、それでも考えてしまう。


「そうだけど……他の者よりも力を手に入れたから、何とかしたいと思ってしまうんだよ」

「ヒョウマは真面目だな……」

「とりあえず、チャベレス鉱山に囚われている人達を解放して、繁殖場の人達を救い出す。それが終わったら、ダンムールの周辺の整備とかもしながら、ジックリと腰を据えてみんなの帰還方法を探すよ」

「私は、ヒョウマが居てくれれば、それで十分だ……」


 俺に頭を預けて、またラフィーアがゴロゴロと喉を鳴らす。

 俺達の姿を見て、ハシームは満足そうな笑みを浮かべていた。


 少し前までは、外堀が……内堀が……と混乱していたが、腹を据えてしまえば気も楽になった。


「ヒョウマよ。西の連中と交渉する覚悟は固まったか?」

「あぁ、大丈夫だ。西の連中には西の連中の考えがあり、俺達には俺達の考え方がある。俺達が目指しているのは、チャベレス鉱山に奴隷として囚われている人の解放だ。それに協力してもらえないならば、別の里を頼るだけだ」

「良いだろう。明日訪れるマーゴの里の長は、虎獣人のビエシエだ。歳は儂よりも若く血の気も多い。どうしても話が通じないなら……こいつで語れ」


 ハシームは、右の大きな拳を握ってみせた。


「そのつもりは無いし、拳で殴ったら洒落にならなくなりそうだからな」

「ふむ、平手で打つつもりか?」

「まぁ、そうなるな」

「奴らは拳じゃないと納得しないかもしれんぞ」

「そんなに面倒な連中なのかよ」

「まぁ、平手でも圧倒されれば黙るかもしれんがな」

「あとは実際に会ってみてから考えるさ」


 ハシームとは明日の出発時間を打ち合わせて、里長の館を出て俺達の小屋へと戻った。

 敷地に入ると、凄い勢いでサンクが飛びついて来る。


「うおぉ、分かった、分かった、ちょっと落ち着け」

「うぅぅ……わぅ、わぅ、わぅ!」


 食欲旺盛なサンクは、既にシベリアンハスキーぐらいの大きさがある。

 それが全力でじゃれ付いて来るのだから、普通の人なら押し倒されてしまうだろう。


 サンクが身体全体でぶつかってくる一方、シスは自分もいると前脚で俺の太腿のあたりを叩いて控えめにアピールして来る。


「はいはい、シスもいるんだな、ちゃんと分かってるよ」


 しゃがみ込んで目線を合わせてやると、猛烈な勢いで顔を舐められる。

 それを見たサンクまでベロベロと舐めに来るから、小屋に帰ったとたんに顔がベシャベシャだ。


「よし、月も出てるし、ちょっと散歩に行くか」

「うぉん、うぉん、うぉん!」


 散歩と口にした途端、今度は寝そべっていたアン達が一斉に起き上がって尻尾を振り始めた。

 やはり里の中だけだと思い切り走れないから、ストレスが溜まっているのだろう。


 ダンムールの里から近い草原を探知魔法でチェックした後、俺とラフィーアも含めた全員を空間転移させる。


「よし、いいぞ!」

「わふっ!」


 俺がオッケーを出した途端、アン達は猛然と草原を走り始めた。

 何しろ身体が大きいし、歩幅が広いから凄いスピードだ。


 うっかり全速力で飛びついて来られたら、ラフィーアでは大怪我になりかねないから気を付けておかねばならない。

 まぁ、ラフィーアは走り回ったりせず、ピッタリと俺に寄り添って喉を鳴らしているから大丈夫だろう。


「ラフィーア」

「なんだ……」

「今夜は月が綺麗だな」

「あぁ、雲もなく良く晴れているからな……ん? どうかしたのか?」

「いや、なんでもない」

「おかしな奴だな。月明りもあるし、久々に手合せしてみるか?」

「はははは……うん、今夜は月が綺麗だ」

「なんだ、ヒョウマ。何か隠してるな、白状しろ」

「知りたかったら、捕まえてみろ」

「あっ、待て! 待て、ヒョウマ!」


 月下の草原を走り回り、捕まえられた所で意味を話すと、ラフィーアに激しく求められた。

 今夜はとてもとても月が綺麗だった。


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