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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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地味で目立たない第三王子は、今日で終わりにします。

 第二王子であった兄ベルトナールが毒殺されて以来、カストマールと国王である父ギュンターが語らう機会が増えている。

 といっても、和やかな親子の語らいなどではない。


 これからカストマールが指揮を執る、カルダット侵攻作戦に関する細かな確認と指示だ。

 カストマールはベルトナールが毒殺される以前から、アルマルディーヌ王国の次の国王の座に就くのは自分だと自任していた。


 長兄、第一王子のアルブレヒトは論外。

 ベルトナールについても能力は認めつつも、王の器ではないと思ってきた。


 自分こそは次代の国王であり、それに相応しい資質も持ち合わせていると思っていたのだが、父ギュンターと実務における話をするようになって、己の至らなさを痛感させられている。


 最も驚かされたのは、ベルトナールが毒殺された直後の会談だった。

 長兄アルブレヒトも同席した話し合いにおいて、ギュンターはカルダットへの侵攻と第四王子ディルクヘイム、第四王妃ジリオーラの誅殺を決断した。


 世間では次期国王などと言われていたベルトナールが毒殺された直後だというのに、全く迷う素振りも見せないギュンターを目の当たりにして、カストマールは平時の備えの違いを見せつけられる思いだった。


 いついかなる時に、どんな状況を迎えたとしても、的確な対処が行えるように常に備えておくのが王であると、暗に言われているような気さえした。

 二度目の会談は、アルブレヒト抜きの1対1の状況で行われた。


 一度目の会談で、カルダット侵攻部隊の司令官という役割を与えられたカストマールは、ギュンターが示した基本戦術にそって準備をすすめていた。

 それ故に、二度目の会談は十分な準備と自信をもって臨んだのに、鼻っ柱を圧し折られてしまった。


 カルダット侵攻作戦は、早さこそが成否の鍵であり、兵を惜しむなと言われた意味をカストマールは取り違えてしまった。

 とりあえず準備を整えた者から、サンドロワーヌやノランジェールに向けて兵を出立させた。


 とにかく早く、一刻も早く作戦を開始できるように考えたのだが、これがギュンターの不興を買ってしまった。


「カストマール、そなたは何処に目を付けて、この作戦の指揮を行っている?」

「今回の作戦は、早さこそが肝要と思い……」

「たわけ! カルダットを陥落させるために、進軍は速さを重視せよと命じたが、それは作戦の一部でしかないぞ! そなたは、第二王子の喪に服する者達が、拙速に任地に向かうとでも思っているのか!」

「も、申し訳ございません」

「作戦の全体に目を向けよ。この作戦は、ベルトナールの死を活用し、オミネスやサンカラーンに疑いを持たれず兵を動かし、支度が整った後には、電光石火でカルダットを陥落させる。侵攻を始めるまでは気取られず、始めた後は一気にカルダットを落とす。そなたが行ったのは、拙速に兵を動かし、オミネスやサンカラーンの者達に気付かれる可能性を高めただけだ」


 ギュンターが思い描いていた作戦は、単純な速さではなく、緩急自在にして相手を翻弄する動きだ。

 カストマールの作戦とギュンターの作戦では、どちらが優れているかなど比較するまでもないだろう。


「すぐに触れを出せ。ベルトナールの弔いを騒がすことなく、粛々と持ち場へ向かえと」

「はっ、かしこまりました」


 この他にも、ギュンターからは兵士の鎧を新調するように申し付けられた。


「鎧の新調……でございますか?」

「第二王子が突然早世する凶事にみまわれ、厄を払う意味で装備品を新調するという触れを出すのだ。無論、実際に全ての兵士の装備を新調したりはせぬが、そのような事が行われると民に周知するだけで良い」

「厄払い……でございますか?」

「分からぬか? 一部の兵士は商人などに偽装させてオミネスに向かわせるように申し付けたぞ。当然、兵士とは別に鎧などの装備を送る必要があるが……」

「まさか、宣戦布告の前に、国境を越えさせるつもりですか?」

「当然だ、何のために商人に偽装させると思っている。オミネスが簡単に橋を明け渡すとでも思っているのか?」


 アルマルディーヌ王国とオミネスの国境の街ノランジェールは、深い渓谷の両側に広がる街だ。

 渓谷の幅は30メートル程度で、川面までの深さが8メートル程もある。


 橋の下には船着き場もあるが、国境を攻略するには橋を押さえねばならない。

 友好国同士ではあるが、アルマルディーヌもオミネスも、国境警備のための兵は常駐させている。


 どんなに大群で押し寄せても、橋の幅には限りがあり、通れる兵士は限られ、攻略は簡単ではない。

 だが、国境を守る敵の背後に味方がいたら、状況は全く違って来る。


「国境を越えて運び入れる装備品は、新調にともなって払い下げられた物とする。正当な理由も無しに、大量の武器や鎧を持ち込もうとすれば疑いを抱かれるだろう」

「払い下げの品物を、オミネスで売買するために持ち込むと偽るのですね」

「そうだ。オミネスの守銭奴どもは、鎧に直しを施して獣人共に横流しするのだと思うであろう。奴の欲が、奴らの首を絞めるのだ」


 アルマルディーヌで作られた鉄器が、サンカラーンの獣人族に渡っている事は、カストマールも承知している。

 だが、オミネスを一度挟んでの歪な貿易の形を、戦に利用しようとは思ってもいなかった。


「良いか、カストマール。あまりのんびりしているつもりはないが、オミネスの連中はベルトナールの喪が明けるまで我々は動かないと思っておる。そもそも自分達が攻め込まれるとも思っていないはずだ。準備にはしっかりと時間を掛けろ。その代わり戦をはじめたら、カルダットを墜とすまで止まるな。一気呵成に攻め立てろ!」

「はっ、かしこまりました」


 二度目の会談以降も、ギュンターは途中経過の報告をカストマールに求めてきた。

 数日おきに行われる会談は、次期国王としての資質を問われているようで、カストマールにとって大きなストレスであったが、同時にギュンターの考えを知る貴重な場でもあった。


 回数を重ねるごとに叱責される事柄が減り、ギュンターの考えが自分の中に根付いていくのをカストマールは感じていた。

 一年前のカストマールであれば、受け入れられないと喚いていたかもしれない。


 表立って誇ることはしなかったが、カストマールは自軍を消耗させないことが自慢だった。

 国の存亡を賭けた戦いでもなければ、貴重な戦力を損なうのは愚かだと思っていた。


 だから、本気の相手でも、あしらい、躱し、損耗を防ぐ戦い方こそが賢者の在り方であると思っていた。

 だが、ギュンターの考えに触れ、自分には全く厳しさが足りないと思い知らされた。


 これまで自分が損害の少ない戦い方を実践出来ていたのは、相手もまた同じ考えであったからだと気付かされた。

 もし、サンカラーンの獣人共が、損害度外視で本気で攻めて来ていたら、カストマールの手勢は大きな損害を受けていただろう。


 これは、カストマールの手勢が、本気では戦わないと相手にも知られていたから成り立っていた戦いでもある。

 そして、オミネスとの戦いにおいて、ギュンターはそのカストマールの評判を利用するつもりだった。


 同時に、今度のオミネスとの戦いは、カストマールにこれまでの評価を覆すという課題を突き付けている。

 兵の損害を恐れる腰抜け王子のままでいるのか、貪欲に勝利を求める次代の王になるのか。


 カストマールは、変わるという道を選んだ。

 自分に足りないものがあり、それを与えてくれる存在がいる。


 それならば、積極的に吸収して己を変革するのは当然だと考えを改めた。


 その上で、ギュンターから学べる全てを学び尽くしたら、そこから先にカストマール自身の生き方を確立してやろうと考えた。


 カストマールは着々と根回しを重ねて、これまでに培った人脈から役に立ちそうな者達をピックアップしていった。

 言い方を変えるならば、次の王として自分を支持するか、アルブレヒトを支持するかの振り分けだ。


 母親である第三王妃の実家、ファリエール侯爵家を中心として、積極的にカストマールを支持する者をノランジェールへと向かわせ、アルブレヒト寄りの者達は、サンドロワーヌの押さえに回した。


 20日程の時間を掛けて、王都での手配を終えたカストマールは、ノランジェールに向けて出立する前日にギュンターと会談を持った。


「父上、明日ノランジェールに向けて出立いたします」

「支度は全て整ったか?」

「はい、亡きベルトナール兄上の喪に服する間、何人にもアルマルディーヌ王国を侵略させませぬ」

「そうか、もし攻めて来る者がいたら、どう対処する?」

「人族には降伏を、獣人族には死を……これまでの私と同じであると思っている者は、手酷いツケを支払うこととなりましょう」

「そうか、ならば最後に一つだけ言っておこう。事を成し遂げても気を緩めるな、気を緩めたくば、その地に100年の安寧を築いてみせよ」

「はっ、我が足下を盤石に固めた後に、吉報を送らせていただきます」

「よかろう、楽しみにしておるぞ」


 城から下がったカストマールは、その足で兄アルブレヒトの屋敷を訪れた。

 実の兄弟だが、これまで互いの屋敷を行き来する事は無く、異例中の異例な事態だ。


 しかも、この日の訪問をカストマールは、事前に知らせていない。

 王都を発つ前に、今一度アルブレヒトという人物を確かめておくつもりだった。


 突然の訪問であったが、屋敷の使用人を含めて、浮足立った様子は見られなかった。

 サプライズ的訪問を敢行したカストマールにとっては、物足りない反応ではあるが、見苦しく狼狽されるよりはマシだ。


「出立は明日か?」

「はい、先程父上にも報告してまいりました」

「そうか、では今日より30日後にサンドロワーヌに到着する日程で良いのだな?」

「はい、到着次第、ノランジェールに知らせを走らせて下さい」

「よかろう」

「こちらが、各貴族からの応援の配置となります」


 カストマールが持参したリストを手渡すと、一瞥したアルブレヒトはニヤリと口許を緩めた。


「さすがだな、カストマール。そなたは本当に有能だ」

「兄上……?」

「私は、これまでそなたを見誤っていた。たぶん、ベルトナールが生きていたら、見誤ったままであっただろうな。カストマール、サンドロワーヌとノランジェールは私が守り通す。そなたは、そなたの成すべきことを成せ」

「兄上……お任せください」


 カストマールとすれば、自分の足を引っ張られないように、念押しのつもりで訪れたのだが、これまでとは印象の異なるアルブレヒトに驚かされた。

 アルブレヒトの屋敷を辞去したカストマールの口許には、笑みが浮かんでいた。


「ふふっ、私が変わったのだ、兄上が変わっていたとしても何の不思議もないか。これならば、後顧の憂いなく戦えるというものだ」


 翌朝、晴れ渡った空の下、カストマールはサンドロワーヌを目指して王都を発った。

 兵馬達が奴隷解放を進めているのと同様に、アルマルディーヌ王国はカルダット侵攻を着々と進めつつあった。


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