最強タッグの鉱山攻略 後編
チャベレス鉱山では、3交代制で作業が行われている。
交代の時間は、早朝、昼過ぎ、夜の3回だ。
例えば、早朝まで働いた者達は、食事をとった後で昼過ぎまで眠る。
昼過ぎ交代の鐘で起きて、洗濯や水浴びなどの身の回り雑事と食事を済ませ、また夜から作業に入るという生活を繰り替えしている。
前線基地で監視を行っているクラスメイトによれば、チャベレス鉱山にいる奴隷から反乱を起こすような覇気は、全くと言って良いほど感じられないそうだ。
樫村と一緒に殴り込みに参加する意思を示したうちの一人、アーチェリー部の野上聡子も監視班として前線基地に来ていた。
初めて目にした獣人族の奴隷の印象を聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。
「もう、なんて言うか……亡霊? みたいな?」
「まぁ、仕方ないんじゃないの、奴隷の首輪を嵌められてたら」
「そうなんだけど、体格だけなら監視している兵士なんか、ペキって片手でやっつけられそうなのに、小突かれても反抗すらしないんだよ」
俺は奴隷の首輪を嵌められた経験が無いから分からないけど、みんなだって言いなりになってたんじゃないの? と言い掛けたが止めておいた。
俺達が内輪もめしていても、何の得にもならない。
「もしかしたら、何か奴隷達を追い込むような策があるのかもしれないが、ここで見ているだけじゃ分からないからな」
「そうだな……じゃあ行くか?」
「あぁ、頼むぞ麻田」
俺と樫村は、まず最初に早朝に起床して、昼過ぎから作業に入るグループと接触することにした。
理由は、沢沿いに建つ宿舎の一番見張り所から遠い区画で暮らしているからだ。
奴隷達の暮らしている宿舎は、チャベレス鉱山の採掘場側から沢沿いに下流に向かって増築を繰り返しているようだ。
上流の建物ほど古そうで、下流に向かうほど新しい。
どんどんと奥行きが広がっていってるのに、宿舎の回りには2メートルほどの壁が建っているが、監視の兵士は一番上流側の敷地の入口にいるだけだ。
敷地内の巡回も行われておらず、奴隷の管理は首輪頼みになっているらしい。
そこで、敷地の一番奥側で暮らしているグループと接触を試みることにした。
このグループならば監視兵の目も届いていなそうだし、万が一騒ぎになっても脱出までの時間稼ぎは出来るだろう。
俺は人化のスキルを使い、獣人族の奴隷が着ているものに似せた作業着を着て、獣人に変装するマスクも被った。
マスクは被ったものの、体毛の生え方が全く違うので、近くで見れば変装なのは一目瞭然だ。
「樫村、これで大丈夫なのか?」
「まぁ、駄目なら戻って来るだけだ」
「何て言って接触するんだ? オミネスの者だって名乗るのか?」
「いや、最初はそうしようと思っていたけど気が変わった。極力嘘はやめよう。でなければ、俺達は信頼を勝ち取れない」
「じゃあ、異世界から召喚された者だと名乗るのか?」
「いや、それでは信じてもらえない可能性が高いから、アルマルディーヌ王家に恨みを持つ者だと名乗ろう」
「何の恨みかと聞かれたら、どうするんだ?」
「詳しい理由を話すのは、グループのリーダーだけにしよう。いちいち説明していたら時間が掛かるし面倒だ」
「じゃあ、行くか?」
「あぁ、頼む」
俺達は、宿舎の裏手の人がいない場所を選んで転移した。
接触は樫村が行い、俺は樫村の後ろで護衛&いつでも前線基地に戻れるように準備しておく。
「やぁ、どうも……」
洗濯をしていた馬獣人の奴隷に声を掛けると、怪訝な表情を浮かべられた。
「何だ、お前ら……どこから来た?」
「俺達はアルマルディーヌ王家に恨みを持つ者だ。あんたらのリーダーと話がしたい」
「アルマルディーヌに恨みって……あんたら人族なのか?」
「そうだ、だが王家には恨みがある」
馬獣人の奴隷は、暫く俺達を値踏みするように観察した後で、ついて来いとばかりに首を振ってみせた。
奴隷達の宿舎は、だだっ広い倉庫みたいな造りになっている。
そこに等間隔にベッドが並べられているだけだ。
間仕切りも無く、奴隷に与えられている物は、作業服とそれを入れておく籠、ベッドと布団だけだ。
このグループのリーダーは宿舎の中央、窓ぎわのベッドに腰を下ろしていた。
窓から差し込む光で金色に輝くたてがみには、王者の風格を感じる。
「ドードさん、客です」
「あぁ? 客だと?」
ドードと呼ばれた獅子獣人の男は、不機嫌そうな顔で、俺達を威嚇するように睨み付けた。
言葉を喋っているが、外見はまんまライオンだから迫力がハンパないが、樫村もビビっている感じはしない。
「なんだそりゃ……俺の皮を剥いで被る気か?」
「いや、顔を合わせて早々に揉めるのは面倒だと思ったんだが、逆効果のようだな……」
「なんで人族がいやがる!」
「何しに来やがった!」
樫村があっさりマスクを外すと、周りにいた獣人族が色めき立った。
「騒ぐな!」
ドードが吼えるように一喝すると、宿舎の中はシーンと静まり返った。
なるほど、間違いなくこの男がリーダーだ。
「お前ら、王国の者じゃねぇな」
「そうだ、俺達は王国に恨みを持つ者だ」
「ほぅ……恨みねぇ。王国に恨みがあるから、俺達に手を貸せ。敵の敵は味方だ……とでも言いたいのか?」
「手は貸してもらうが、それはこのチャベレス鉱山にいる約5万人の獣人族を一人残らず解放するためだ」
話を聞いて、また宿舎の中がざわめき始めたが、ドードは黙ったまま樫村を睨み付けている。
「おい、解放するってマジで言ってるのか?」
「どう見たってガキじゃねぇかよ」
「全員って……無理だろう」
池に石を投げ込んだように、樫村の言葉は波紋となって宿舎に広がっていく。
獣人族の奴隷達の顔を見ると、大声で語りたい、意見をぶつけ合いたいが、ドードの顔色を窺って音量を押さえているように感じる。
そのギリギリに抑えられた欲求が、今にも弾けそうになった時、ドードが低い声で呟いた。
「静かにしろ……今からこいつらと話をする。その間は一言も喋るな……」
再び宿舎の中が静まり返り、奴隷達が生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
周りに集まった連中にギロっと睨みを利かせた後で、ドードは樫村に尋ねた。
「できるのか?」
「できるのか? 違うな、やるんだ」
「どうやって?」
「あらかじめ、全員の首輪を無効化し、この鉱山を占拠する」
ドードを前にしていても、樫村の言葉には何の気負いも感じられない。
まるで高校の授業中に、教師に当てられて回答しているかのようだ。
「首輪の無効化ってのは、なんだ?」
「こういう事だ」
樫村は、自分の首に嵌めていた無効化済みの首輪を外してみせた。
その直後、奴隷達がどよめいたが、ドードに一睨みされただけで静かになった。
「この首輪は、内側の刻印を削り取ると無効化できる。一度に全員分の首輪は用意できないが、用意した分をここに居る者達の首輪と取り換え、持ち帰った物を無効化して、また取り換えに来る」
「そんな面倒な事をしなくても、ここにいる全員の首輪を外せば、今すぐにだって鉱山を制圧してやるぞ」
「犠牲は何人出る?」
「はぁ? なんの話だ?」
「ここにいる全員で掛かれば、鉱山を制圧できるだろう。だが、制圧するまでに、何人の獣人族が犠牲になる。少なくとも、首輪を嵌めている連中は、ハンドベルを振られれば抵抗できなくなるぞ。そいつらを盾にされたら、どうやって兵士達を制圧する、その為に何人の犠牲が出るのか聞いている」
気負うでもなく、声を荒げるでもなく、樫村は淡々と言葉を紡ぐ。
その言葉が、己の立ち位置を良くする為などではなく、一人の犠牲も出したくないという意志の表れなのは明白だ。
「全員分の首輪が無効化されるのを待てば、一人の犠牲も出さずに鉱山を制圧出来るのか?」
「できるのかじゃない、やるんだ」
「ふふふ……ぐはははは! 面白ぇ、お前らの話に乗ってやる。どうすれば良い?」
「まずは、これまで通りの生活を続けてくれ。全員の首輪を無効化したら、この鉱山を制圧して、あとはこいつの空間転移魔法でサンカラーンまで送り届ける」
「全員を送るには、時間が掛かるんじゃねぇのか?」
「そうだ、だから鉱山を制圧する必要がある」
「外から援軍に来られたらどうする気だ?」
「ここまで登ってくる道を崩して塞いでおく」
打てば響くように、ドードの質問に即座に的確な回答をする樫村の姿を見て、周囲の獣人達の目が変わり始めていた。
「制圧した後、兵士どもはぶっ殺して良いんだよな?」
「いや、出来れば生かしておいてもらいたい」
「なぜだ! なぜ、あんなクソ野郎どもを生かしておかなきゃならない!」
「ここが終わった次は、繁殖場を解放する予定だからだ」
「繁殖場の連中も生かしておくつもりか? これまでどれだけサンカラーンの民が殺されたと思う?」
「そうじゃない。ここの連中を生かしておけば、繁殖場の連中に『襲われても殺されない』という油断をさせるためだ。死ぬ覚悟の出来ていない奴らは弱い、恐怖を感じれば逃げる。だが、襲われれば殺される、殺さなきゃ殺されるという覚悟を決められたら厄介だろう」
「なるほど、奴らの頭の中まで掌握するつもりか……だが、そんなに上手くいくのか?」
「いいや、人の感情まで思うままに出来るなんて自惚れてはいない。それでも方向性を考えるか、考えないかによって結果は大きく変わってくる」
「お前……名前は?」
「一徹」
「ドードだ。よろしく頼む」
ドードは、樫村に右手を差し出し掛けて一旦止めると、両手を開いて宿舎にいる獣人が歓声を上げるのを止めた。
「騒ぐな……いつも通りだ」
ドードは獣人達に釘を刺してから、改めて樫村と握手を交わした。
すぐさま、無効化した首輪との付け替え作業を始める。
細かい作戦などの説明は後回しにして、とりあえず用意してきた100人分の無効化した首輪との交換作業を進める。
獣人達は、首輪を外してもらった途端、雄叫びを上げそうになるので、首輪を交換する作業にはドードに立ち合ってもらった。
さすがにボスが睨みを利かせている前では、大声で喜びの気持ちを叫べないようだ。
俺が首輪を外して回収し、10個ほど溜まったところで前線基地へ転送。
首輪が外れた人には、樫村が無効化した首輪を嵌めていく流れ作業だ。
用意した100個の無効化首輪は、10分ちょっとで使い果たした。
一旦俺が前線基地へと戻り、無効化を終えた首輪を持って宿舎まで戻った。
俺が戻っている間に、樫村はドードに細かい作戦を伝えていたようだ。
この作業を約5時間ほど、ぶっ通しでやり続け、この日は約2500人分の首輪の交換を終えた。
かなり厳しいペースだが、これを維持出来るなら、あと5日でドードのグループの首輪は無効化できる。
他の二つのグループも順調に交換を進められれば、あと20日程で交換作業をは終えられる計算になる。
樫村と拠点に戻ると、首輪の無効化作業を行っていたクラスメイト達もグッタリしていた。
作業量自体は、そんなに多くはないのだが、これだけ連続して作業するのは初めてなので、その分だけ疲れたようだ。
とりあえず、滑り出しは順調だが、まだやるべき仕事は残されている。
「樫村、気を引き締めていこう」
「当たり前だ、言われるまでも無い……」
悔しいが、やはり樫村の方が落ち着いているみたいだ。