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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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国境線の騒動記

 ノランジェールで大規模な戦闘が行われた晩、アルマルディーヌ王国第三王子カストマール付きの近衛騎士セウスデーリは、街道をひたすら西に向かって馬を走らせていた。

 1分でも、1秒でも早くサンドロワーヌの街に辿り着きたいが、無理をさせて馬を潰してしまえば、そこで自分の人生は終わってしまうと思っていた。


 ほんの1時間ほど前、セウスデーリは、カストマール王子を乗せた馬車が粉々に吹き飛ばされるのを目撃した。

 離れた後方を進んでいたセウスデーリも、馬ごと吹き飛ばされるかと思ったほどの攻撃だった。


 あれほど凄まじい威力の魔法は、王室付きの魔術師達が連携して行う魔法でしか見たことがない。

 だが、そうした魔法で狙うのは、街や陣地など動かない標的だ。


 疾走を続けていた馬車を狙い撃ちする高威力の魔法など、セウスデーリの常識には存在していなかった。

 次は自分かもしれない、今この瞬間にも凄まじい攻撃が降りかかってくるかもしれない。


 目に見えない恐怖に苛まれつつ、セウスデーリは星明かりの街道を必死の思いで逃げ続けた。

 思い返してみれば今回の遠征は、敗れるべくして敗れたと思うほど予定外の出来事が続いていた。


 セウスデーリ達がノランジェールに到着する前に戦闘が始まっていたし、あの慎重なカストマール王子が撤退を考えないような作戦を実行した。

 獣人族の乱入は予想外であったが、そこへ至る過程で既にアルマルディーヌの敗北は決していたようにさえセウスデーリは感じていた。


 その獣人族だが、あれほどまでに恐ろしい存在だとは、セウスデーリは思ってもいなかった。

 セウスデーリにとって獣人族とは、距離を取って魔法で攻撃を加え続けていれば危険を感じない存在だったが、それは単純に知らなかっただけだ。


 接近戦での獣人族の強さは、出鱈目としか思えなかった。

 重たい鎧を身に着けた屈強な兵士が、片手で振り回された大剣の一撃を食らって宙に舞うなど人族同士の戦いでは考えられない。


 必勝を期して組み上げた突撃体勢は、突然乱入してきた獣人族によって滅茶苦茶にされた。

 さらには、獣人族と呼応するように火の攻撃魔法が、アルマルディーヌの隊列に降り注いで来た。


 一体どこから獣人族が現れたのか、いつの間にオミネスと連携を築いていたのか、誰も理解出来ないうちにアルマルディーヌの軍勢は瓦解していった。

 カストマール王子も負傷して、おそらく馬車が吹き飛ばされなくても助からなかっただろう。


 セウスデーリ達は、ノランジェールの対岸を制圧してオミネス領内へと侵入し、カルダットを掌握するつもりだった。

 ところが蓋を開けてみれば、制圧するどころかオミネスやサンカラーンの攻撃を受けて壊滅状態だ。


 実際には、ヒョウマと獣人達の連携だったのだが、アルマルディーヌの側からみれば、サンカラーンとオミネスによる共同作戦と映っていた。

 あれほどの連携が行えたのだから、よほど入念に策を講じていたのだろうと、セウスデーリは考えていた。


 そして導き出される答えは、オミネス・サンカラーン連合軍による本格的な侵攻。

 実際には、オミネスの軍勢は国境の川さえ越えていないのに、セウスデーリは見えない影に怯えながら馬を走らせ続けた。


 セウスデーリは、夜明け近くに小さな集落に辿り着いた。

 農作業の支度を始めていた男を見つけると、大声で呼び掛けた。


「すぐに集落全員に避難の支度をさせ、サンドロワーヌに向かわせろ! 獣人共が攻めて来るぞ! もたもたしていたら、皆殺しにされると思え!」

「そ、それは本当でございますか?」

「数日前に、ここを通ってノランジェールに向かった軍勢を見たか?」

「へい、カストマール様が率いていらっしゃると聞きましたが……」

「昨晩、ノランジェールで壊滅した。家族を守りたければグズグズするな! 集落の者共を叩き起こして準備をさせろ!」

「へ、へいっ!」

「あぁ、待て! 馬だ、替えになる馬を寄越せ、私は早急にサンドロワーヌに知らせねばならんのだ」


 セウスデーリは、叩き起こした集落の長から、半ば脅し取るようにして一番良い馬を差し出させサンドロワーヌに向かった。

 王国の近衛騎士の話ともなれば、田舎集落の者が信じない訳がない。


 それに加えて、獣人族の恐ろしさは、それこそ物心付く前から叩きこまれて育ってきているのだ。

 住民達は僅かな金と家財道具を荷車に積み込み、集落を放棄して城壁に囲まれたサンドロワーヌを目指して街道を西に向かった。


 替え馬を手に入れたセウスデーリは、速度を上げてサンドロワーヌを目指した。

 一刻も早く事態を伝える必要がある……というのも事実ではあるのだが、何よりも自分自身の安全を確保したかった。


 接近を許した獣人族の恐ろしさが骨身に染みている。

 だが、城壁や堅牢な陣地から魔法で狙い撃ちにすれば対処できるのも知っている。


 今は一刻でも早く堅牢な城壁に囲まれたサンドロワーヌに入り、そこで獣人族を迎え撃つのが自分の使命だと、セウスデーリは自分自身に言い聞かせ続けていた。


 一方、セウスデーリが逃げ出して来たノランジェールの街は、言い知れぬ異様な空気に包まれていた。

 ダンムール、マーゴ、そして兵馬達が撤収した後、戦闘はピタリと止んだまま朝を迎えたのだが、オミネス、アルマルディーヌ、双方が状況を把握しかねている。


 形の上では勝利を収めたオミネス側だが、事前にサンカラーンからの連絡は受けていないし、戦闘が終わった後も何の知らせも無い。

 それどころか、全ては川の向こう側で起こっていたので、どこの勢力がアルマルディーヌと交戦になり、どういう結果になったのかすら把握出来ていないのだ。


 バリケードを破って突進してきた重騎兵は、既に全員を討ち取っているが、後続の歩兵を誰が殲滅したのかも分かっていない。

 バリケードを組み直し、対岸を明りで照らして備えていたが、アルマルディーヌが攻め込んで来る気配は無い。


 ノランジェールのオミネス側を統括しているツィルネリは、中央から派遣されて来たゾデリッツに意見を求めた。


「今の状況をどう見ているかね?」

「戦局を判断するのは専門外ですが、おそらくサンカラーンの手の者が乱入したのでしょう。少し前に、カルダットにほど近いケルゾークという里をアルマルディーヌが襲撃しましたが、返り討ちにされて全滅したと聞いています。情報によれば撃退したのはダンムールに現れた竜人の男で、空間転移魔法や強力な攻撃魔法を使うそうです」

「その話は私の所にも届いている。では今回の状況は、その竜人の男が加勢してくれた結果なのだな」

「いいえ、閣下。竜人の男が、勝手にアルマルディーヌに戦いを仕掛けた結果です」

「そうか、オミネスが救援を依頼した訳でも、共同戦線を呼び掛けた訳でもない。我々は、あくまでも攻め込んで来たアルマルディーヌを止むを得ず撃退しただけだな」


 アルマルディーヌの重騎兵に突っ込まれた直後、後続の歩兵にまで橋を渡られていたら、オミネスは更に大きな被害を被っていただろう。

 その意味では、大いに感謝すべきだろうが、今後のアルマルディーヌとの関係修復を考えた場合には、被害を出し過ぎている。


 ツィルネリとゾデリッツが確認したのは、あくまでも被害者として正当防衛を行っただけで、サンカラーンの行動は一切関知しないというオミネスの立場だ。

 サンカラーンとアルマルディーヌが敵対しているのは、今に始まった話ではない。


 助けてもらったが連携の打ち合わせもしていないし、サンカラーンの行動によって生じた結果まで、オミネスは責任を負うつもりは無い。


「では、どう対処すべきかね?」

「他国との交渉も私は専門外ですが、まずは勝手に停戦を破って攻撃してきた事への抗議、時を改めての賠償の請求、問題が解決するまでは国境の往来禁止……といった所でしょうか」

「その辺りが無難な所だろうが、そもそも、誰を相手に交渉したら良いのやら……カストマール王子が着任するという話を聞いたが、昨日の激しい戦闘の後で生き残っているのか? 向こう側を統括していたシデルッチはどうしたのか……」

「この場合には、統括を行っていたシデルッチに抗議を行い、様子を見るのが無難でしょう」

「まぁ、そんな所だろうな……」


 ツィルネリがゾデリッツのアドバイスを受けながら抗議文の作成に着手した頃、対岸のアルマルディーヌ側は更なる混乱に陥っていた。

 街を統括していたシデルッチは、第三王子カストマールから戦闘中は公邸での待機を命じられて難を逃れたが、状況を全く把握出来ていなかった。


 ノランジェールに到着したばかりの軍勢は、ほぼ全滅して目抜き通りを埋め尽くす焼死体となっている。

 シデルッチの手兵も8割以上が死亡し、生き残った歩兵を合わせても200人に満たない有様だ。


 指揮命令系統も滅茶苦茶で、国境の橋の封鎖すら満足に出来ていない。

 シデルッチは、生き残った兵士を集めて、今後の指示を出した。


 国境の橋の袂には、2人の兵士を見張りとしておくが、オミネスが攻めて来た場合には交戦せずに逃げるように命じた。

 こちらから申し込んだ停戦を一方的に破棄した上に、また停戦を申し込むなど厚かましいにもほどがあるので、オミネスには何の申し入れも行わなかった。


 それでもオミネスは、こちら側まで攻め入っては来ないとシデルッチは見ていた。

 そもそも騒ぎの発端になった拘束され強制送還された兵士についても、処刑されていたとしてもおかしくないのだ。


 それを強制送還で済ませたのだから、事を荒立てるつもりは無いというのがオミネスの意思であると思っている。

 それに攻め込まれた場合、街を守りきるだけの人員がいないのだから開き直るしかないのだ。


 見張り以外の兵士には、住民の中から有志を集めて、街の外の空き地に墓地を作るように命じた。

 場所は第三王子カストマールが陣を敷いていた場所だ。


 たった数日で、王族が率いる部隊が壊滅するなど、シデルッチは想像もしていなかった。

 街の住民は、国境に面した建物を除いて自宅での待機を命じられていたので、数名が負傷しただけで死者も出ていない。


 兵馬が狙ったのは兵士のみで、建物には被害が及ばないように配慮していたからだ。

 シデルッチは、住民達にその意味を説き、万が一オミネスの兵士が攻め込んで来た場合でも、決して抵抗しないように言い聞かせた。


 シデルッチの下へは、対岸を統括するツィルネリから抗議の書簡が届けられた。

 アルマルディーヌ側から申し込んだ停戦を破ったことへの抗議に始まり、オミネス側が被った損害に対する賠償の要求などが書き連ねられていた。


 シデルッチは少し迷った後で、全ての責任を第三王子カストマールに押し付ける返書をしたためた。

 停戦の申し込みも、それを破って侵略を試みたのも、全てはカストマールの指示であり、自分達は従うしか無かったと書き連ねた。


 シデルッチは、対岸を統括するツィルネリと面識がある。

 頻繁に会うような間柄ではなかったが、それでも信用の置ける人物であると評価していた。


 今は王族の尻拭いで忙しく、落ち着いて交渉が行える状況にはないので、また日を改めて交渉を行おうと提案した。

 街を統括する者同士の書簡が往来した以外、橋は相変わらず封鎖されたままだが、どちらの街でも平穏を取り戻すべく住民が立ち働いていた。


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