最強タッグの鉱山攻略 前編
やはり樫村が中心になると、物事が早く進む。
元々、クラスの委員長を務めていた真面目な男なのだが、日本にいた頃の樫村はとにかくひ弱だった。
思うように運動が出来ないほどの虚弱体質だったから、本人の責任では無いのだが、死んだ益子には舐められ、脅され、見下されていた。
それが、こちらの世界に召喚された際に、丈夫な身体や戦闘に適したスキルを手に入れ、性格も変貌を遂げているように感じる。
今まで望んでも手に入らなかった力を手にすれば、これまで抑圧された反動で攻撃的になったりするのが普通だろう。
だが樫村は従来の冷静さを失わなかったし、力によって相手を屈服させようともしない。
これまでの真面目さに加えて、体幹が強化されたような力強さが加わり、クラスメイトからの信頼も増しているようだ。
その樫村が中心となって進められている奴隷解放計画では、次々と新しいアイデアが出され、俺のところにも実行可能か打診が来る。その一つが、前線基地の設置だ。
今回の奴隷解放では、大量の首輪の改造を行う必要がある。
チャベレス鉱山の奴隷と接触を図り、首輪を外して、無効化した首輪と交換する。
交換した首輪は持ち帰って無効化の作業を行った後、チャベレス鉱山に持参して付け替えるの繰り返しになるのだが、チャベレス鉱山からダンムールは距離が遠すぎる。
勿論、俺が空間転移魔法を使って移動するのだが、距離が遠いほど魔力を消耗するし、精神的にも疲労する。
やって出来ないことは無いのだが、移動距離は近ければ近いほど楽なのも確かだ。
樫村は俺が安定して楽に移動できるように、チャベレス鉱山の近くに前線基地を作れないか打診してきたのだ。
鉱山の近くは、たたら場で使う炭の原料とするために、山の木々が伐採されているか、少し離れた山は手付かずの原生林だ。
そこに前線基地を作って、首輪の改造作業を行おうというのだ。
「俺としては、移動が楽になるのは有難いが、作業をするみんなは悪くすると敵地のど真ん中に取り残されることになるぞ」
「勿論、それは理解しているが、そもそもその場所まで徒歩で移動するのではなく、麻田の空間転移魔法で移動する。人の近付かない険しい場所なら見つかる心配は無いだろう」
確かに、極端な話になるが、断崖絶壁に前線基地を作れば、攻め込まれる心配は非常に小さくなるし、人が近づかない場所なら発見する人も居ない訳だ。
樫村の希望は、作業をするのに十分なスペースと、休憩が出来る場所、それと手を洗うなど生活用の水の確保だった。
早速、チャベレス鉱山に行き、条件に合致する場所を探した。
俺が見つけた場所は、先日樫村と一緒に偵察を行った、鉱山とは沢を挟んだ上流だった。
偵察をしていた場所で沢が大きく曲がっていて、その裏側へと入ってしまえば鉱山からは全く見えない。
念のために付ける出入口を発見するには、切り立った沢筋の崖を上流へと移動するか、急な尾根を越えるしかない。
試しに掘ってみると、50センチほどの土の層の下は硬い岩盤で、崩れる心配も無さそうだった。
念のため柱を残す形で、作業用のスペースを作っていく。
入口は、下からも上からも見えにくいように、岩陰の窪んだ場所にドア一枚ほどの大きさで作った。
内部の広さは、学校の教室2つ分ぐらいある。
すぐ近くまで行かなければ見つからない入口の先に、こんな大きな空間があるとは思わないだろう。
というか、秘密基地感が凄くて、作っているだけでワクワクしてしまった。
岩の間から水が染み出して来たので、それを利用して手洗い場と流しっぱなしの水洗トイレまで設置した。
奴隷解放が終わった後は、俺の隠れ家的な別荘として使うのも良いかもしれない。
作業を終えて樫村を連れて来てみると、案の定大興奮だった。
「すっげぇ! なんだこれ、すげぇじゃん麻田! 隠れ家ホテルとか開業できそうじゃん!」
「どうよ、どうよ」
「やっべぇ、ちょっと住んでみてぇ」
樫村の希望で、鉱山を偵察した岩場までの隠し通路と、煮炊きも出来る暖炉と煙突を設置して前線基地は完成した。
あとは、作業用の椅子や机、仮眠用のベッド、食糧などを持ち込めば準備完了だ。
「麻田、すぐに監視班を選んで連れて来よう。鉱山の交代時間とか、業者が訪れるタイミングとかを確かめておいた方が良い」
「そうだな、首輪の無効化作業と同時進行で、一斉蜂起のタイミングを計ろう」
俺が前線基地の建設を行っている間に、首輪の無効化作業でも大きな進展があった。
これまで奴隷の首輪を無効化するには、刻印が刻まれている内側をヤスリで削り落していた。
首輪は二つのパーツに分かれるので、片側5分、両側で10分ほどの時間が掛かる。
しかも、ヤスリを使ってゴリゴリ削る作業は結構な力が必要で、一日中続けるのは重労働だった。
「えっ、嘘だろう……」
「嘘じゃないさ、目の前でやってみせたじゃないか」
樫村に呼び出されて、目の当たりにした無効化作業は、片側1秒、両側でも2秒しか掛からなかった。
作業を行ったのは、殴り込み5人衆にも名乗りを上げた水木美央だ。
女子柔道部の重量級の選手で、横幅は樫村2人分ぐらいあるとは言っても、撫でるだけで首輪を削ってしまうほどの凄まじい力があるとも思えない。
「どうなってんの?」
「この首輪ね、焼き物みたいなの」
「焼き物って、茶碗とかカップみたいな?」
「そうそう、何か特殊な材料が混ざっているんだと思うけど、基本は土で出来ている焼き物だから、土属性の魔法が使える人ならば、私と同じ事が出来るはず」
奴隷の首輪の刻印は、人の首に嵌められた状態じゃないと発動せず、ただの模様に過ぎないそうだ。
焼き物の模様ならば、土属性魔法を使える者は撫でるだけでも簡単に消せるらしい。
土属性魔法のスキルは、ゆるパクして俺も持っているので試してみると、確かに簡単に消せた。
「ねぇ、私なら外したその場で刻印を消して無効化、それを元のように嵌められるんじゃない?」
「なるほど、それならバンバン作業出来るし、時間の短縮にもなるな」
水木さんのアイデアならば、前線基地よりも更に移動の距離もなく、リアルタイムで作業が進められると思ったのだが、樫村が待ったを掛けた。
「いや、行ってもらうとしても前線基地までにしよう」
「どうしてよ。もしかして、私が女だから?」
確かに水木さんは女性だが、そこらの男子よりも遥かに体格も良いし、レベル5の体術スキルも持っている。
アルマルディーヌの兵士とも互角の戦いが出来そうな気がする。
「そうだ。水木さんが女性だからだ」
「ちょっと、聞き捨てならないわね。それって女性蔑視なんじゃないの?」
目を吊り上げて、グイっと一歩踏み出してきた水木さんは、まるで柔道の試合に臨むかのような迫力があったが、樫村は冷静な表情のままで一歩も引かなかった。
「誤解してほしくないんだが、僕は水木さんが女性だから戦闘能力が劣っていると言いたい訳じゃないんだ」
「じゃあ、どういう意味よ。いやっ、まさか嫌らしい目で見られてるって意味?」
水木さんは胸の膨らみを隠すように両手を組んで、眉をしかめてみせた。
いや、確かに胸は大きいけど、それは全体的に大きいからだと、俺が失礼なことを考えていたら、樫村はあっさりと頷いてみせた。
「そうだ、水木さんが女性として性的な対象として見られるからだ」
「おい、樫村。いくらなんでも……」
「まぁ、最後まで話を聞いてくれ……」
ドン引きする俺と水木さんに、樫村は落ち着けとばかりに両手を上げてみせた。
「まず、チャベレス鉱山の状況を思い出してほしい。麻田、あそこにいたのは、どんな人達だ?」
「えっ、獣人族の奴隷とアルマルディーヌの兵士だろう?」
「そうだ、その獣人族の奴隷達は、どんな状況にある?」
「そんなの、首輪を嵌められて、無理矢理働かされているに決まってるだろう」
「そうだ、首輪を嵌められ、抑圧された獣人族の男性ばかりだ。そこに、人族の女性が現れたらどうなる?」
つい忘れがちだが、奴隷になっている獣人族にとっては、人族は憎悪の対象だ。
人族の男が現れれば戦闘、人族の女が現れれば、もっと酷い事になるかもしれない。
「いや、でも俺達は味方だし……」
「そうだ、確かに俺達は味方だが、外見は彼らを抑圧しているアルマルディーヌの連中と同じ人族でもある。加えて、獣人族の女性の奴隷は、繁殖場なんて非人道的な場所で性行為を強要されているんだぞ。その恨みを晴らしたい、鬱屈した欲望を吐き出したいと思う者がいたとしても不思議じゃないだろう」
樫村の説明を聞いた水木さんは、少し顔を蒼褪めさせている。
「チャベレス鉱山に侵入するなら、必ず麻田は同行するし、麻田に敵うような者がいるとも思えないが、相手は救い出すべき者達だ。殺せない、傷付けられないって思いが働けば、麻田だって数の力に屈服させられるかもしれない。もし水木さんが、集団レイプされたりしたら、この救出計画の意味が無くなってしまう」
「そうね、樫村君の言う通りだわ。そこまでは考えていなかった」
「僕らが奴隷解放を行うのは、サンカラーンの皆さんに僕らを認めてもらうからだけど、その過程で新たな怨恨は極力生み出したくない。考えすぎだと言われても、なるべく慎重に事を運びたい」
結局、奴隷の首輪の無効化作業は、全て前線基地で行うことにした。
女性を保護するため以外にも、土属性魔法を使っての無効化はあまりにも短時間で終わってしまうので、無効化されずに付け直されたと思われる可能性も考慮した結果だ。
前線基地には、常に男女同数が滞在するようにして、女性用の仮眠スペースや更衣室、トイレなども準備した。
無効化作業班と監視班、総勢10人が選ばれて、前線基地での生活が始まった。
首輪の無効化作業を行うのは、水木さんと同様に土属性魔法を使える男子3名、女子3名の6名。
監視班は、身体強化スキルで視力を強化できる女子2名、男子2名の4名が選ばれた。
監視班は2交代制で、夜間の監視は行わない。
いくら視力を強化できても、街灯が殆ど無い状況では離れた場所からの監視は難しいからだ。
岩山をくり抜いた前線基地は、クラスメイト達にも大好評だった。
ダンムールの里よりも、むしろこっちで暮らしたいと言い出す者もいたが、一つだけ不便なことがあった。
それは、日中は煮炊きが出来ないことだ。
アルマルディーヌの兵士達からは、気付かれない場所に作ったが、煮炊きをすれば煙が立ち上ってしまう。
立ち上る煙は、チャベレス鉱山側からも見られてしまうだろうし、こちらの存在を知られる原因となる。
そこで、煙があがる煮炊きするのは、日没以後と決められた。
ただし、煙の出ない火の魔道具は使えるので、温かいお茶を淹れて飲むという妥協策は解禁された。
チャベレス鉱山の監視を続けながら、無効化作業の流れを確認し、体勢は整った。
いよいよ、獣人族の奴隷と接触を図り、こちらの作戦への賛同を取り付ける時がやってきたようだ。
交渉には、俺と樫村の2人で向かうことにした。