お人好しが異世界で祈りを捧げます
ラフィーアと一緒にアン達を連れて近くの草原まで空間転移して、朝の散歩を兼ねた狩りと食事を済ませて戻って来たが、訓練場にはビエシエ達が酔いつぶれて倒れていた。
ノランジェールでの戦闘から帰って来て、興奮状態のまま酒盛りを始め、おそらく朝方まで飲み続けていたのだろう。
戦いに参加したクラスメイトの中には、マーゴの獣人と抱き合って眠っている者もいて、友情を超えた絆まで結んでいるのではないかと心配になった。
どっちが攻めとか、どっちが受けとか……考えるな、考えたら負けだ。
ダンムールの里長ハシームも、大の字になって眠っている有様だから、これは昼ぐらいまでは使い物にならなそうだ。
「ラフィーア、俺はチャベレス鉱山に行って、奴隷となっていた獣人のリーダー達に話を聞いてくる」
「そうか、あちらもここと同じか、もっと酷い事になっているかもしれん、気を付けてくれ」
「分かってる。たぶん、首輪を外す作業もやると思うので、帰りは夕方かもう少し遅くなるかもしれない」
「では、夕食の支度をしてアン達と一緒に待っていよう」
ラフィーアを抱き寄せて口づけを交わし、一旦チャベレス鉱山を望む前線基地まで空間転移魔法で移動した。
鉱山を見下ろす岩山の上から様子を窺うと、群衆が集まっていた広場にはダンムールの訓練場と同様に、酔いつぶれたのであろう獣人達が死屍累々といった感じで倒れている。
いままで使っていた宿舎で眠り込んでいる者もいるが、全体から見ると少数だ。
空間転移で移動した広場の一角には、惨殺された人族が晒されていて、近くには遺体の山が出来ていた。
男性の遺体は殆どが原型を留めないほどに損壊され、女性は裸に剥かれ、身体中に歯形が刻み込まれていた。
凌辱されながら、噛み殺されたのかもしれない。
こちらの世界に召喚される前、配達所の藤吉先輩が『この世で一番残酷な生き物は人間だ』と言ってネットの動画を見せてくれた。
テロ組織が人質や敵対する組織の人間を惨殺する動画は、あとで夢に出てくるほど恐ろしかったが、それでもネット経由というワンクッションがあった。
だが、今目撃しているのは、目の前に突き付けられた現実であり、血の匂いを感じ、集まって来たハエの羽音までが聞こえる。
昨夜、ノランジェールで多くの命を奪った俺が言えた義理ではないが、この連鎖はどこかで断ち切らなければならない。
千里眼を使って辺りを見回すと、殆どの獣人が倒れるように寝込んでいる一方で、一部の者達は食堂の厨房で忙しく立ち働いていた。
これから起き出して来る者達のために食事の支度を進めているのだろうが、どの顔にも笑顔が浮かんでいる。
これまでのように人族によって強制的に働かされているのではなく、自主的に仲間のために食事を用意しているからなのだろう。
急いでダンムールを出て来たが、こちらもこの様子では、まともに話が出来るようになるのは昼過ぎになるかと思われたが、食堂の一角に集まっている一団がいた。
十数人の者達は、打ち合わせを終えると、その大半が食堂を出ていった。
残った5人ほどの中に、灰色クマ獣人のテーギィの姿があった。
別のグループのリーダー、ドードの姿は無い。
樫村の予想では、このテーギィが反乱の首謀者なのだが、それは確かめてみないと分からない。
あるいは、ドードであるかもしれないし、何かのアクシデントが原因でなし崩しに戦闘が行われたのかもしれない。
手下に対して、細かく指示を出しているらしいテーギィの所へ、空間転移魔法で移動した。
「何が起こったんだ。説明してくれ、テーギィ」
「ヒョウマさん、ノランジェールの戦いはどうされたんです?」
「向こうでもサンカラーンが勝利を収めた、詳しい話は後でするが、こっちの状況を聞かせてほしい」
「分かりました。順を追って説明しましょう……」
テーギィは手下に指示した作業を始めるように命じると、俺と差し向いで話を始めた。
「端的に言って、不安を抑えきれませんでした」
「不安……? 何に対する不安だ?」
「連日、仲間の首輪が外され、偽装されたダミーへと交換されていましたが、それがノランジェールの戦闘を理由に停止しました。我々には、遠く離れたノランジェールの状況など知る由もありません。その結果、このまま首輪の無効化が中断されてしまうのではないかと不安を覚える者が増えてきました」
テーギィ達、俺の戦いを見ていないので、ノランジェールの戦闘で戦死したら、首輪を外してもらえなくなるのでは、そう考えてしまったらしい。
「それに、ヒョウマさん達に任せきりにして、自分達がリスクを負わなくても良いのかと言い出した者がいて、回りもその意見に引きずられていきました」
相変わらずテーギィは丁寧な喋り方なのだが、言葉には申し訳ないという思いが滲んでいるように感じられた。
樫村が考えた作戦は理解出来ても、実際に囚われている者からすれば、今を逃したらチャンスは無いという焦りを抑えきれなかったらしい。
「実は、ノランジェールでの戦闘を終えた後、こちらの異変に気付いて少し離れた山の中から様子を見させてもらった。あの虐殺も仕方の無いことなのか?」
「申し訳ない。次の計画を考えるならば、なるべく殺さない方が良いというヒョウマさん達の考えも分かるのだが、ここに居る者の多くは家族や友人を殺されている。反乱を起こして自由を勝ち取った興奮も加わって、自制をしろと言っても止まるものではなかった」
恨みの連鎖を断ち切るために我慢してくれと言っても、なぜ自分達が我慢を強いられなければならない、奴らが自制すれば良いと言われてしまえば返す言葉が無い。
「もう終わってしまった状況を、今更とやかく言っても仕方がない。せめて、あの山積みの遺体だけでも埋葬出来ないだろうか? 殺した後でも、弔ってあるのと無いのとでは印象が違うと思うんだ。何なら、墓穴を掘るのは俺がやっても構わない」
「そうですね。この後の戦略として考えるならば、やっておいた方が良いかもしれませんね」
先程集まっていた者達に、テーギィが出していた指示は首輪の鍵の捜索だった。
まだ、テーギィのグループの4割ほどと、もう1つのグループの首輪が外せていない。
テーギィのグループで、既に首輪の無効化を済ませた者で、鍵の形を見知っている者が選ばれて人族が使っていた建物を捜索しているらしい。
鍵が見つかった後は、この食堂の一角で首輪を外す作業をするつもりだそうなので、先に俺が持っている鍵で作業を始めた。
まず最初に外したのは、食堂で食事の準備を進めていた者達で、首輪が外れると歓声を上げながら作業に戻っていった。
その後は、口コミで話が広がったらしく、食堂に長い列が出来た。
何しろ、まだ2万人ぐらい首輪を無効化していなかったし、首輪を外す作業自体は数秒で終わるが、感激のあまり握手責めにされるので余分な時間が掛かるのだ。
かと言って感謝を断るのも悪い気がして、なかなか作業が進まない。
昼前にテーギィの手下が鍵を探し出して来たおかげで、首輪を解除するペースは倍の速さになったのだが、それでも全員の首輪を外すまでに日が暮れてしまった。
テーギィやドードから夕食に誘われたが、戻ってマーゴの里長とも受け入れのための打ち合わせをしなければならないと言って断った。
すると、一人の男性が俺の前に進み出て来た。
「ヒョウマ殿、初めてお目に掛かる、私はジルダと言って3つ目のグループのリーダーをしている」
「どうも、ヒョウマです」
ジルダはサイ獣人の縦よりも横に大きい男で、年齢は40代に見える。
「ヒョウマ殿は空間転移魔法の使い手で、我々をサンカラーンまで魔法で届けて下さると聞いた」
「ええ、これからダンムールに戻るのも、その打ち合わせのためです」
「我々が、こうして自由を手に出来たのもヒョウマ殿のおかげですが、我々は空間転移ではなく己の足で里まで戻ろうと思っております」
「えぇ? ここからサンカラーンまでは相当な距離がありますよ。歩いての移動では10日以上は掛かるでしょう」
「分かっております。ですが、何としても自分達の足で戻りたい。危険は承知の上です」
なぜ楽に戻れる方法があるのに、わざわざ大変で、危険な方法を選ぶのか、ちょっと理解に苦しむ。
「食料とかは、どうなさるつもりですか?」
「元々我々は森に暮らし、森の恵みで腹を満たして来た一族です。山の中を進むのであれば、食う物には困りません。それに、山の中を進めばアルマルディーヌの連中に見つかる心配も減ります」
「なるほど……でも、俺としては少しでも多くの人にサンカラーンに帰還してもらい、里の復興に尽力してもらいたい。だから、転移魔法で早く帰りたいと言う者がいたら、無理に連れていかないと約束してもらえませんか」
「そうですね。我々のグループにも体調がすぐれない者がおりますので、空間転移で帰りたいと思う者は送っていただけますか」
「勿論です。俺達はその時の為に準備を進めて来たのですから」
ジルダ達とは、翌日の昼までに、各自の行動を決めてもらうように約束した。
ダンムールに戻ると、ラフィーアから話を聞いたビエシエが俺を待っていた。
テーギィから聞き取った、チャベレス鉱山での反乱の様子などを話し、明日からの受け入れを頼んだ。
「チャベレス鉱山にいる者達も、出来るだけ早く自分の里に戻りたいはずだ。一旦マーゴに滞在してもらうが、すぐに転送するつもりなので、それまでよろしく頼む」
「我らの里は、ダンムールに較べれば貧しい。だが、出来る限りのもてなしをしよう」
ビエシエは、ダンムールの発展を目にして、里の暮らしを良くしていきたいと考えているそうだ。
騒動が一段落した後ならば、街道の整備などにも手を貸すと伝えると感謝された。
放出系の魔法が使えない獣人族は、道の整備などは人の手で行うしかない。
土属性の魔法が使える俺が手を貸せば、作業は早いし、仕上がりも良いのだ。
翌朝、ビエシエ達と一緒にマーゴの里へと向かった。
ノランジェールでの勝利を告げると里は大騒ぎになりかけたが、ビエシエがチャベレス鉱山での反乱の状況を伝え、5万人の同胞を受け入れる準備が必要だと告げると、里の者達は奮い立った。
森で木を伐採して簡単な小屋の設置を始める者、食糧の採取に奔走する者、近隣の里へと知らせに走る者、全員が一斉に動き出した。
「ヒョウマ殿、こちらの準備は任されよ。いつチャベレス鉱山の者達を送り込んでくれても大丈夫だ」
「分かった。最初の者達を送ったら、すぐ後続を送り込むつもりだから、場所を空けるようにしてくれ」
「了解だ。目の前の広場を空けておく、ここに送り込んでくれ」
急展開のため受け入れ準備は万全とは言い難いが、それでも里の住民全員が嬉々として動いてくれているから大丈夫だろう。
大量の人数を転移させなければならないので、少し急いでチャベレス鉱山を訪れたのだが、少々様子がおかしい。
鉱山にいる獣人族の姿が、明らかに少ないのだ。
また前夜に酒盛りが行われて、みんなまだ眠っているのかと思いきや、千里眼で宿舎を覗いてみてもマーゴやドード、ジルダの姿も見当たらない。
残った者達が集まっている食堂に行くと、年配のクマ獣人が歩み寄ってきた。
「ヒョウマさん、ここに残っている者を送っていただけますか?」
「他の者はどうしたんだ。テーギィやドード、ジルダは?」
「既に出立いたしました。残っている者は、体調が崩していたり戦闘が苦手な者なので、出来れば早く安全な場所に送っていただきたい」
見れば、確かに反乱を成功させて雄叫びをあげていた者達に較べると、覇気のようなものが感じられない。
「分かった、とりあえず一刻でも早くここから立ち去ろう」
鉱山に残っていた者は、8500人ほどだった。
広場に移動して、20人×20人の塊になるように整列してもらった。
「それでは、一旦マーゴの里まで皆さんを転送します。あちらに到着したら、後続の人のために場所を空けて下さい」
そう言って注意をしておいたのだが、最初の3回ほどはマーゴの里人も一緒になって盛り上がってしまい、なかなか転移させる場所を空けてもらえなかった。
それでも、昼過ぎには全員の転移を完了させられた。
全員を送り出した後になって、人族の遺体が放置されたままなのを思い出した。
広場だけでなく、鉱山のあちこちに遺体が転がったままになっている。
空間転移魔法を使って、広場の土を切り取るように移動させて墓穴を掘り、一人ずつ遺体を収めていく。
バラバラにされてしまった遺体は後回しにして、なるべく五体が揃うようにして埋葬を続けた。
作業は日が落ちるまで掛かり、広場は埋葬によって出来た土の山で埋め尽くされた。
全ては、俺の自己満足だと分かっているが、それでも安らかに眠ってほしいと祈りを捧げ、無人となったチャベレス鉱山を後にした。