ゆるパクの間違った使い方?~戦場を駆けたヒョウマ~
カストマールを乗せた馬車を粉砕した後、ハシームやビエシエ達と合流し、人数を確認してダンムールへと帰還した。
あれだけの戦闘を行ったのに死者はゼロ、数名の負傷者も俺が治癒魔法で治療したから実質ゼロだ。
ビエシエを筆頭にマーゴの里から参加した者達は、夜中だというのに歓喜の雄叫びを上げ、涙さえ流している。
ベルトナールの空間転移魔法を使った作戦によって煮え湯を飲まされてきたから、相手が得意としていた戦法で完膚なきまでの勝利を手にした喜びはひとしおなのだろう。
勿論ダンムールの里から参加した者も、樫村達同級生も一緒になって歓びを分かちあっていたが、俺は素直に喜べずにいた。
今回も、多くの人間の命を奪ってしまったからだ。
将来の和平交渉を考えて恨みを残さないように、なるべく人を殺さないようにしようと樫村と話し合っていたが、戦争という状況は俺達の思惑を許してくれなかった。
空間転移魔法を使うのと、連携を保つために人数を制限せざるを得なかったので、サンカラーンの軍勢はアルマルディーヌに較べると圧倒的に少なかった。
オミネスへの突入を防ぐために、重騎兵の後続の歩兵は全員仕留める。
サンカラーンの軍勢が包囲され、磨り潰されないように可能な限り兵士は殲滅する。
第三王子カストマールは、必ず仕留める。
結果として、俺は千人以上の人間の命を奪ったはずだ。
相手を殺す支度を整えて戦場に出た者が、逆に殺されたと文句を言うなど筋違いだとハシームに言われたが、だからと言って簡単に割り切れるものではない。
大いに盛り上がっている訓練場を眺めながら、言い知れぬ疎外感を覚えていた。
樫村達とマーゴの里の連中は、力較べで打ち解けて、命懸けの戦闘を共にしたことで更に仲間意識を高めている。
これから酒盛りが始められるだろうし、チャベレス鉱山での首輪の無効化作業は明日も中止だろうと思い、千里眼を使って前線基地を眺めた途端、背筋がぞっとした。
ダンムールからチャベレス鉱山までは、言うまでもなく遠く離れている。
何かあったとしても、俺が千里眼で『見る』ことしか出来ない。
そこで、何か緊急事態が起こった場合には、前線基地の壁に赤い布を掛けておくように決めたおいた。
その赤い布が、前線基地の壁に広げられている。
「樫村、赤だ! 鉱山で何か起こったぞ!」
「何だと……まさか、先走ったのか?」
「分からんが、ちょっと見て来るから待っていてくれ」
「いや、僕も前線基地まで連れて行ってくれ」
「分かった。ハシーム、チャベレス鉱山で何かあったらしい。俺と樫村で行って確かめて来る」
「分かった。気をつけて行け!」
駆け寄ってきた樫村と肩を組み、一気に前線基地まで空間転移した。
前線基地には偵察要員を4人ほど残しておいたのだが、1人も姿が見えない。
「おーい! 誰もいないのか?」
「あっ、麻田じゃねぇ?」
基地の外から声がして、すぐに階段を下りて来る足音が聞こえた。
真っ先に駆け下りて来たのは、野上聡子だった。
「麻田も樫村も遅いよ。鉱山で戦闘が起こってるわよ」
「悪い、こっちもノランジェールで戦闘中だった。おい、樫村!」
樫村は返事もせずに、鉱山が見渡せる見張り台へと駆け上がった。
今更だが、風に乗って鉱山から獣人族のものと思われる雄叫びが聞こえていた。
樫村と一緒に鉱山を眺めると、中央にある広場に人が集まっているようだ。
千里眼を使って眺めると、胸が悪くなるような虐殺行為が行われていた。
「酷ぇ……」
「麻田、何が行われている?」
「虐殺……生きたまま串刺しにされてる……」
本当にタイミング悪く、後ろ手に縛り上げられた兵士が尖った杭の上に座らされ、そのまま喉まで串刺しにされるのを見てしまった。
「テーギィだな……ドードなら、もっと早く動いていたはずだ」
「どうする、樫村」
「朝まで待とう。たぶん、今は興奮状態だと思うから、例え麻田であっても行かない方が賢明だ」
「でも、まだ生き残っている人もいるかも……」
「だとしても、麻田が危険を冒すべきじゃない」
「そうか……」
確かに樫村の言うとおり、広場に集まった獣人達は、殺戮を楽しんでいるように見える。
目を血走らせ、牙を剥いて叫ぶ姿は、猛獣と呼ぶのが相応しいように思える。
「はぁ……全然上手くいかねぇな」
「どうした麻田、反乱が失敗した訳じゃないだろう?」
「そうだけど……殺し過ぎだ」
「だが、反乱を起こす側だって命懸けだ、そんなに簡単にはいかんさ」
「鉱山もだが、ノランジェールの方が……」
「あぁ……だがハシームさんの話を聞いて納得したんじゃないのか?」
「理屈ではな……いくら理由があっても他人の命を奪っているのは確かだし、感情がついてこないんだよ」
胸の中でモヤモヤしていたものの一部を吐き出すと、樫村は暗がりを見透かすようにして俺の顔を眺めて呟いた。
「お前は凄いな、麻田」
「はぁ? 何言ってんだよ。人を殺すことが凄いわけねぇだろう!」
「違う、そういう意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味だ。俺は好き好んで殺してるんじゃないぞ!」
「分かってる、分かってるよ。落ち着け。僕が言いたいのは、麻田が状況に流されずに自分の行動を冷静に見つめている所が凄いってことだ」
樫村に、沢山の兵士を殺し、手柄を立てて凄いと言われているのかと誤解してしまった。
少し考えれば、樫村がそんな事を言うはずもないのに、人を殺しているという負い目が変な思い込みになってしまっているようだ。
「そうか……悪い、ちょっと感情を持て余してたんで……」
「いや、こっちこそ謝らなきゃならない。結果的にだが、汚れ仕事を全部麻田に押し付けてしまっている。麻田が持て余している感情は、本来僕達全員が背負うべきものだ」
「いや、俺はダンムールの一員として生きていくと決めたんだし……」
「麻田……無理すんな」
樫村に止められた途端、言葉が出てこなくなった。
体力も魔力もまだ余裕があるけれど、精神的にはもう限界だ。
密集隊形を組んで橋を渡る歩兵を火球で包み込み、息絶えるまで焼き焦がし続ける。
フルプレートの鎧ごと焼かれ、呻き声をあげて身を捩り、橋から川に飛び込む事すら出来ず動かなくなっていく。
先に路地を炎で塞ぎ、兵士で埋まった通りに火球を雨のごとく降らせる。
炎に酸素を奪われて呼吸すら出来ず、兵士達は薪のように燃えながらバタバタと倒れていった。
殺さなきゃ、ダンムールの兵士や樫村達が殺されるかもしれない。
理由を付け、自分に言い訳をして殺し続けたが、もう殺したくない。
「なぁ、樫村。繁殖場って壊滅させなきゃ駄目かな?」
「人道的な観点からは見過ごせないけど……とりあえず、鉱山の連中をサンカラーンまで送り届けたら、少し休むか?」
「正直に言うと、全部放り出してダンムールのことだけ考えて暮らしたい」
樫村には言えなかったが、本当はラフィーアとアン達のことだけ考えて、ノンビリ暮らしていきたい。
騒動の引き金を引いておいて無責任だとは思うが、殺し合いにはうんざりしている。
繁殖場に関しては、サンドロワーヌ城から持ちだして来た資料で場所と人員程度しか分かっていないが、チャベレス鉱山よりも警備は厳重そうだ。
アルマルディーヌ王国の労働力の一端を担う施設だし、サンカラーンの獣人達にとっても壊滅させたい場所だから警備が厳重なのは当然だ。
そこを攻略するためには、当然激しい戦いが行われて、多くの命が失われるだろう。
当然、最大戦力である俺が、一番多くの命を奪うことになるはずだ。
10人なんて数ではない、100人でも足りないだろう。
500人、1000人、いったい何人殺せば戦いは終わるんだ。
「麻田、とりあえず今回の件を片付けたら、特許取得の方にシフトしよう。生活基盤を固めながら繁殖場について調べて、同時にアルマルディーヌに獣人族の解放を要求してみよう」
「応じると思うか?」
「いや、現状では無理だろうな。でも、要求し続けていれば、何かの際に条件付きで認めるかもしれないし、交渉の材料として持ち出してくるかもしれない」
「そうか……そうかもな」
確かに、俺が樫村達を救出して以後、ケルゾークに被害が出た以外はサンカラーンが勝ち続けている。
今回のノランジェールでの戦いで、アルマルディーヌは第三王子カストマールまで失っているし、多くの兵士も失っている。
このまま、こちらが勝ち続けるならば、どこかの時点でアルマルディーヌ側から停戦の申し出があるかもしれない。
あるいは、サンカラーンが攻勢を続け、国境寄りの街や村を占拠するようになれば、降伏の条件として持ち出してくるかもしれない。
「よし麻田、そうと決まったらダンムールに戻ろう。こっちの状況をビエシエに伝えて、受け入れの支度を整えてもらわなきゃ行けないだろう?」
「そうだ、無効化の作業を終えていない首輪も外さなきゃいけないし、明日も忙しそうだな」
「あぁ、チャベレス鉱山に居る獣人族をサンカラーンに送り届けるまでは、しばらく忙しくなるだろうな」
「なぁ、樫村、ここはどうする?」
「そうか、もう鉱山の様子を監視する必要も無いし、ここで首輪の無効化の作業もやらない。僕らが滞在する必要は無いな」
樫村は、少し考えた後で、全員の撤収を決めた。
前線基地が発見される可能性は低いが、絶対とまでは言い切れない。
それに、鉱山の獣人族は興奮状態にあるし、樫村どころか俺が行くのも躊躇するほどだ。
竜人の姿の俺はともかく、人族の姿の樫村達では危険すぎて連れていけない。
前線基地自体は、また使う場合を考えて出入口を塞いで残しておき、クラスメイトは全員ダンムールへ引き上げることになった。
空間転移魔法で戻ったダンムールでは、勝利を祝う酒宴が開かれていた。
ノランジェールでの戦いに参加した、樫村以外のクラスメイトも獣人族と一緒になって祝杯をあげている。
たぶん、俺が姿を見せれば、一番の手柄だと持ち上げられるだろうが、今は賛辞を素直に受け入れられそうもない。
「麻田、自分の家に戻れ。僕がハシームとビエシエには伝えておく」
「悪い、樫村……頼むな」
空間転移魔法を使って、自分の小屋へ戻ったが、その場に座り込んで動けなくなってしまった。
物音を立てたつもりはなかったのだが、アン達が目を覚まし、鼻を鳴らして甘えてくる。
「クゥーン……」
「いや、慰めてくれてるのか……ありがとうな」
アン達を一頭ずつ撫でていたら、声を掛けられた。
「ヒョウマ、大丈夫か?」
「んー……あんまり」
「そうか。父上やビエシエ殿が我が事のように自慢気に話していたが、ヒョウマとしては不本意なんだな」
ラフィーアが俺の隣に腰を下ろすと、アンが寄り掛かれとばかりに身体を寄せて来た。
アンに寄り掛かって、ラフィーアを抱き寄せる。
「俺は、サンカラーンの男になりきれていないのだろうか」
「そんなことは無い。サンカラーンの未来を見据えているからこそ、悩み葛藤しているのだろう。ヒョウマがサンカラーンの男ではないなどと言う者が居たら、私が叩き伏せてやる。だから、何の心配もしなくて良い。ヒョウマは今のままのヒョウマでいてくれれば良い」
「ラフィーア……」
「ヒョウマ……」
ラフィーアの温もりとゴロゴロという喉鳴りの音が、俺のささくれた心を癒してくれる。
そうだ、ここが俺の帰る場所だ。