復讐スキル?「コスプレ」と「無効化」で獣人奴隷を救出してみせます 後編
樫村の考えた獣人族の奴隷解放作戦は、俺の想像の斜め上を行っていた。
「まず大原則は、チャベレス鉱山にいる全ての奴隷を一度に解放する」
「だけど樫村、あそこは三交代制で少ないとは言っても監視の兵士もいるし、首輪の鍵を使われたら奴隷達は動けなくなっちまうぞ」
「そうだな。なので、事前に奴隷の首輪を全て偽物と交換してしまう」
確かに首輪を偽物に替えてしまえば、鍵を使って行動を縛られる事も無くなるし、武器を与えれば戦力にだってなるだろう。
ただし、それだけの数を揃えられればの話だ。
「はぁ? あの鉱山に何人奴隷がいると思ってんだよ」
「麻田が盗んできた資料で確認したが、5万人弱だな」
「その全員分の偽の首輪を作るのか?」
「そうだ。全員分だ」
「おいおい、一体どのくらいの期間が掛かるんだよ」
「最短で50日、余裕を持たせて100日かな」
「100日だとしても、一日に500個も用意しなきゃいけないぞ。誰が、どうやって用意するんだよ」
「何言ってんだ。用意するのは俺達に決まってんだろう。そもそも、これは俺達がサンカラーンの人々から信頼を勝ち取るための作戦でもあるんだ。ダンムールの人に頼ってばかりじゃ話にならんだろう」
「そりゃそうだけど……」
「心配すんな。ちゃんと方法は考えてあるから」
そう言った樫村が取り出したのは、以前頼まれて貸した本物の奴隷の首輪とハンドベルの鍵と取り外すための鍵のセットだ。
「じゃあ、ちょっと俺が付けてみせるから、そのハンドベルで命令してみろよ」
「おいおい、いくら外す鍵があるからって……」
「いいから、いいから……始めるぞ」
気が進まない俺を余所に、樫村は自分の首に奴隷の首輪を嵌めてみせた。
カチリと小さな音を響かせて、首輪はガッチリと嵌ったように見える。
「ほら、麻田、早く命令してみろ」
「しゃーねぇな……」
俺はハンドベルを鳴らして、樫村に椅子から立ち上がるように命じたのだが、樫村は平然と座り続けている。
「なっ? 大丈夫だろ」
ニヤリと笑った樫村が、首輪を両手で持って力を込めて引っ張ると、カチっと音を立てて首輪は二つに分離した。
「どうなってんだよ……」
「別に驚くほどの事はやってない。隷属を強いる刻印を削り落としただけだ」
「嘘だろう?」
「嘘なもんか。ほら見てみろ、この違いだけだ」
樫村が、正常な奴隷の首輪を取り出し、さっき嵌めてみせた首輪と並べてみせると、輪の内側にある刻印が、樫村が外した方ではけずり取られて無くなっていた。
「こっち側が、隷属を強いる刻印で、こちら側は、鍵から離れ過ぎたら刃を出す刻印、そしてこの部分が魔法によるロックだ」
「じゃあ、さっきのカチっという音は?」
「あぁ、その首輪を繋ぎ合わせている。物理的なロックだ」
樫村曰く、本物の首輪から刻印を削り落とすだけで無効化出来るので、1個あたり10分もあれば作業は終わるらしい。
「1日作業すれば50個程度は作業を終えられる。10人でやれば500個。20人でやれば1000個、50日あれば5万個の無効化した偽物が作れる」
「ちょっと待て、本物を無効化して偽物に作り替えるのは分かったが、素となる本物の首輪はどこから手に入れるんだよ」
「そんなもの、チャベレス鉱山の奴隷からに決まってるだろう。無効化したら持って行って付け替えて来る。持ち帰った首輪を無効化して、また付け替えに行くの繰り返しだ」
「いや、確かにそれならば可能だろうが、時間が掛かり過ぎないか?」
「あのなぁ、麻田。僕らの時のように、30人程度を連れて来るのとは訳が違うんだぞ。5万人だ、5万人。それだけの人間を連れてくれば、住む場所も暮らしていくための仕事も必要になるんだぞ」
確かに樫村の言う通り、救出することばかりに気を取られていて、救出した後のことまで頭が回っていなかった。
「すまん、確かにその通りだ」
「いや、麻田には救出作戦の中心的な役割を果たしてもらわないといけないから、そうした周りのことは僕らが片付けるべきだろう」
「だが、5万人となると、ダンムールだけで受け入れるのは難しいよな」
「当然だな。それにチャベレス鉱山からの距離を考えるなら、一旦一番近い里に転移させて、そこから移動という形にした方が良いだろう」
空間転移の魔法は、転移させる距離や規模によって使う魔力が変わってくる。
ベルトナールが数百人規模の兵士で作戦を行っていたのも、それが転移させられる限界だからだろう。
チャベレス鉱山はサンカラーンとの国境から、アルマルディーヌ王国内部にかなり入った場所にある。
ダンムールの里はサンカラーンの中でも東寄りなので、国境近くの里に送った方が魔力も節約出来て、多くの人を一度に送ることできる。
「他の里との連携はハシームに頼むとして、どうやって接触する? 誰か獣人族の人に行ってもらうか?」
「そうだな……一応、接触しやすいように、こんな物を作ってもらったんだけどな……」
樫村が取り出したのは、獣人に化けるためのマスクだ。
コスプレ趣味の女子の手による物だそうで、本物の毛皮を使っているだけあって、かなりリアルな出来栄えだ。
「これを被って行って。サンカラーンに協力しているオミネスの者だ……とでも名乗れば、話を進めやすいかと思ってな」
「なるほどねぇ……確かに人族の顔を丸出しで行くよりも、見た目で警戒されにくいし、万一見張りに見つかっても誤魔化せるかもな」
「念のため、麻田の分も用意してもらっている。まぁ使うか使わないかは、接触する時に考えよう」
「そうだな。ところで、首輪を偽物と付け替えておくのは分かったが、5万人の人間は一度には転送させられないぞ」
「また麻田頼みになってしまうが、500人を100回か、1000人を50回で考えている。そして、麻田が転送作業を行っている間、チャベレス鉱山を一時的に乗っ取る」
「乗っ取るって、鉱山全体をか?」
「そうだ、鉱山全体を制圧して無力化する」
俺がサンドロワーヌの書庫から持ち出してきた資料によると、チャベレス鉱山には3日に一度のペースで食料や日曜品を届けに馬車の一団が訪れるらしい。
積んで来た荷物を降ろし、空になった荷台に鉄を積んで帰るそうだ。
「馬車は昼過ぎにチャベレス鉱山を訪れ、荷物の載せ替えをして翌日の午前中に出立する。そこから2日間は、鉱山を訪れる者は殆ど居ないそうだ」
「じゃあ、その間に鉱山を制圧して、奴隷となっている獣人族を解放し、サンカラーンへの転送を終える……って感じだな?」
「そうだ。麻田の負担がかなり大きくなるが、無理そうな場合は馬車の一団も制圧するしかないな」
「鉱山に続いている道を塞ぐってのは?」
「おぉ、それ良いかも。大規模な土砂崩れとか起こせば、道の復旧には時間掛かるからな……よし、それも検討しよう」
樫村は、自作のタイムテーブルに街道の工作を付け加えた。
チャベレス鉱山の制圧作戦は、鉄を運び出す馬車の一団が出発した直後の作業員交代
時に行動を開始する。
前提としては、作戦開始前に奴隷全員の首輪を偽物と交換しておくことと、行動を起こす者達に武器を与えておくことだ。
交代要員として宿舎を出る者達は、各々武器を隠し持って、普段通りに作業に向かう振りをして、途中にある見張り所を制圧していく。
「でもよぉ、制圧なんて簡単に出来るものか?」
「たぶん大丈夫だろう。何しろアルマルディーヌの連中は、奴隷の首輪が本物だと思い込んでいる。奴隷が歯向かってきたら……」
「なるほど、ハンドベルを鳴らせば済むと思い込んでいるって訳か」
「たとえ気付いたとしても、数の上では獣人族の方が圧倒的に多い。抵抗するだけ無駄だろうな」
チャベレス鉱山には約5万人の獣人族が奴隷として酷使されているが、それを監視する人族の兵士は2千人にも満たない。
「奴隷の首輪があるからこそ、そんな少ない人数でも管理が出来ている。これは裏を返せば、首輪が無くなった途端に破綻をきたす体制でもあるってことだ」
「樫村……アルマルディーヌの兵士はどうするんだ?」
「どうするとは?」
「殺すのか?」
「俺は殺さない方が良いと思ってる。殺してしまうと、次の作戦がやりにくくなるからな」
「次……繁殖場か?」
アルマルディーヌ王国には、獣人族の奴隷が大量に集められている場所が2箇所ある。
1つはチャベレス鉱山、もう1つが奴隷の繁殖場だ。
サンカラーンに攻め入って、降伏した里から拉致して来るだけでは、労働力としての獣人族の奴隷は不足するらしい。
そこでアルマルディーヌの連中が考えたのは、拉致してきた獣人族の女性に子供を産ませて奴隷を増やす方法だ。
日本で生まれ育った俺達から見ると非人道的極まりない方法だが、アルマルディーヌの連中にとっては当たり前の方法らしい。
子供を産まされる獣人族の女性達は、妊娠しても遊んでいられる訳ではなく、手内職などの仕事をさせられているらしい。
そうして生まれた子供達は、男性ならば肉体労働に、女性は労働と繁殖の役目を担わされるようだ。
チャベレス鉱山と繁殖場では警備の厳重さが異なり、樫村は手始めに警備の薄い方から手を付けることにしたそうだ。
「繁殖場の近くには、国軍の施設もあるらしいし、労働の過酷さではチャベレス鉱山の方が厳しいみたいだからな。本当は両方一度に解放したいけど、まずは出来ることから始めよう」
「繁殖場も、鉱山のように一度に解放するのか?」
「それは、実際に見てからだな。子供がどういう状態で育てられているのかも分からないし、親子が一緒に居られる状態ならば、家族は一緒に救い出した方が良いだろう」
「そうだな。幼い子供から親を引き離すようなことは避けたいな」
「それと、繁殖場に関しては、もう一つ懸念があるんだ」
「懸念……って何だ?」
「救い出した女性が、どう見られるか……だな」
繁殖場に囚われている女性は、言い方を変えるならば性行為を強制されている人達だ。
勿論、当人達は被害者なのだが、日本でも性犯罪の被害者は好奇の視線に晒されたりする。
救出した女性やその子供たちがサンカラーンで差別的な扱いを受けないか、樫村は心配しているそうだ。
「ここが日本ならば、救出した女性達は間違いなく差別を受けると思うが、獣人族の貞操観念とか、性に対する意識とかが分からないから……その辺の意識の摺り合わせをしてからの方が良いのかと思ってる」
「なるほど……でも、それならば最初から差別があると思って対策を考えた方が良くないか?」
「そうなんだが、その対策はどうするんだ? 完全に隔離した場所を用意するのか? それとも奴隷だったのを隠して生活させるのか? 差別があるとしても、程度が分からないと対策のしようもないんじゃないか?」
「そうか……首輪外して転送しちゃえばOKって訳にはいかないのか……」
「漫画やアニメのようにはいかないよ。焦って犠牲者を出す訳にもいかないし、取りあえず一つずつ確実に進めよう」
「そうだな」
とりあえず、俺がアイテムボックスに保管していた奴隷の首輪を全部無効化する作業から始める、作戦の概要が固まったらハシームに相談し、他の里との連携を行ってもらうことにした。