復讐スキル?「コスプレ」と「無効化」で獣人奴隷を救出してみせます 前編
アルマルディーヌ王国の経済を支えるチャベレス鉱山は、サンドロワーヌの北西に位置している。
山の中腹から斜め下方に向かって坑道が掘り進められ、地上には精錬場が広がっている。
ここで産出される鉄鉱石によって、アルマルディーヌ王国のみならず、オミネスやサンカラーンの獣人が使う鉄器すらも賄われているそうだ。
この鉱山の採掘現場で働いている者の多くが獣人族の奴隷だ。
サンカラーンから連れて来られた者もいれば、アルマルディーヌ王国内で労働力として育てられた者もいる。
そうした者達の解放こそが、俺達の次なる目標だ。
オミネスの商人フンダールにベルトナール暗殺を知らせた後、俺は王都やサンドロワーヌの偵察を行った。
ベルトナールを殺された復讐として、アルマルディーヌは国を挙げて攻めてくると思っていたが、意外にも守りを固める選択をしたらしい。
三人の王子に同数の兵を与えて攻め込む作戦が公表されていたが、ベルトナールの死と共にサンドロワーヌとノランジェールの守備固めの策が伝えられていた。
二つの街に差し向けられる兵の数は2千人ずつで、遠征時の兵力の4分の1程度だ。
ベルトナールが健在で空間転移魔法を使った戦術が使えるならば、この兵力でもサンカラーンの里に攻め込めるだろうが、通常の戦術を用いるには到底足りない。
ダンムールの里長ハーシムや、フンダールに訊ねてみても攻めて来るとは思えないという回答だった。
王都の住民への知らせによれば、これはベルトナールの死に対して喪に服す間の措置という話なので、少なくとも一年はこの体制が維持されるらしい。
そこで、この期間中に獣人族の奴隷の解放を進めることにしたのだ。
奴隷の解放を進める上で、俺達に不足しているのは情報だ。
サンドロワーヌの書庫から盗み出してきた資料によって、数字としての奴隷の存在は把握したが、実際に働いている状況は分からない。
分からなければ、実際に確かめれば良いという話になり、俺は樫村を連れてチャベレス鉱山まで空間転移魔法を使って移動してきた。
「樫村、かなりの規模だな……」
「そりゃあアルマルディーヌの主幹産業なんだから当然だろう」
チャベレス鉱山は沢筋にあり、俺達がいるのは沢を挟んだ岩山の上だ。
樫村は、用意した画板、紙、ペンとインクを使って鉱山の全体図をスケッチしている。
「沢の下流の木が少ないのは、たたら場で使う木炭を作るためだろうな」
樫村曰く、高炉の煙突が見えないから、製鉄のレベルは低いという話だが、それで三つの国の鉄を賄えるものなのだろうか。
樫村が鉱山の全体像を把握している間に、俺は千里眼を使って内部の様子を覗いて回った。
坑道は入口から斜め下方に向かって200メートルぐらい掘り進んだ先で、櫛の歯状に枝分かれして更に奥に向かって掘り進められている。
坑道の床は、鉱石を取り除いた後のガラ石を敷いて固められているらしく、そこを鉱石を乗せた手押し車を押して獣人達が動き回っていた。
人族の姿は、要所要所を見張ったり、採掘の指示を出す人員に限られ、全体の一割にも満たないだろう。
体格だけを見れば、獣人族の奴隷達の方が屈強で、素手で殴り合えば一瞬で勝負が決してしまいそうだが、奴隷の首輪がある限り逆らえない。
こうした奴隷と支配者の構図というと、反抗的な奴隷と高圧的な支配者という姿を想像してしまうが、現実には淡々と作業が進められている。
勿論、作業の中身は見るからに過酷だが、奴隷の側も諦めて現状を受け入れてしまっているようにも見える。
「麻田、こっちの綺麗な建物が人族の住居で、下流にある掘っ建て小屋が獣人達の住まいか?」
「そうみたいだな。こっちは普通の街って感じだが、あっちは収容所にしか見えない」
「その収容所には、人が残っているか?」
「ちょっと待て……あぁ、けっこうな人数がいるな」
「それじゃあ、交代制で働かされているんだろうな」
鉱山全体を見渡すと、立ち働いている者の殆どは獣人族で、人族は一部を除いて監視しているだけだ。
人族が働いているのは、人族の食事を作る場所と、たたら場だ。
「樫村、なんか魔法を使って精錬してるみたいだぞ」
「マジか? どうやってんだ?」
「炉の中に長い鉄の棒を突っ込んで、かき混ぜると先に鉄の塊が付いてくる感じだ」
鉄の棒を突っ込んでいるのは、全員人族の職人だ。
作業の風景は、製鉄というよりガラス工房のようだ。
「なるほど、溶かした鉱石から土属性系のスキルを使って鉄を取り出してるんだろう」
「取り出してる玉の大きさが違うのは、スキルのレベル差なのか?」
「たぶんそうだろうな」
たたら場も精錬に関わる者は人族だが、それ以外の労働力は全て獣人族の奴隷達だ。
たたらを踏むのも、鉱石を運ぶのも、精錬された鉄の塊を運ぶのも、みんな獣人族ばかりだ。
「なんつーか……目が死んでる感じだな」
「麻田は首輪を付けられた事がないから分からないかもしれないが、あれは逆らう気力を削がれるものだ」
鍵のハンドベルを鳴らされるだけで、身動き一つ自分の思い通りにならなくなるのは精神的にこたえるらしい。
「そう言えば、宿舎は収容所みたいだけど、塀とか有刺鉄線が張られている訳でもなく、監視手薄そうだよな」
「そりゃそうだろう。首輪を外さない限り、逃げれば首が落ちて死ぬんだ。逃げようが無いんだが、俺達にとっては好都合だ」
「確かに……」
獣人族が暮らしている区画は、区切りの柵はあるが簡単に乗り越えられる高さだし、見張りは出入口にいるだけだ。
カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
突然鐘が鳴り響いて、俺達は慌てて岩山の上に身を伏せたが、どうやら交代を知らせる合図のようだ。
収容所の敷地からゾロゾロと獣人族の奴隷達が出て来て、それぞれの持ち場へと向かって行く。
交代の人員が作業場に向かう間、たたら場も採掘場も作業は続けられたままだ。
採掘場では、坑道から上がって来て、運んできた鉱石を降ろしたところで交代。
たたら場では交代の人員が揃った所で、たたらを動かしたまま素早く一気に入れ替わっていた。
もしかすると、人員は交代するものの、作業自体は止まることなく続けられているのかもしれない。
「何つーか、日本でもこんな感じの工場はあるんだろうけど、ブラックな感じだよな」
「使われる側からすればブラックだろうが、人族から見れば効率を追及した素晴らしい仕組みなんだろう」
樫村の言うことも理解できるが、奴隷として働かされているのだから、やはりブラックと言うしかないだろう。
「麻田、これは厄介だぞ」
「厄介……?」
「この交代の仕方では、獣人族の奴隷を一気に救出するのは難しいだろう」
「あっ、そうか……確かに」
たたら場も採掘場も、ずっと稼働している状態で、交代の人員が来ない限り作業は続けられたままだ。
全体が止まって、奴隷となっている獣人が全員収容所に戻るならば一気に救出出来るが、この状況では監視の兵士に気付かれずに全員を救い出すのは難しい。
「樫村、どうするんだ?」
「それは、これから考える。僕だって、いつもいつも瞬時に作戦を思い付く訳じゃないぞ」
「そうか……すまん」
「麻田、宿舎にはどの程度の人が残ってる?」
「どの程度と言うと?」
「3交代制なのか、それとも4交代制か……」
「そうか、ちょっと待って……」
収容所の様子を眺めてみると、人が残っているように見える宿舎は、全体の3分の1程度だった。
どうやら、3交代で24時間働かされているようだ。
「3交代制みたいだな……」
「前言撤回、超ブラックな職場だ」
「そりゃそうだろう。この感じじゃ休日無しみたいだしな」
「それだけじゃないぞ。交代するまでは、食事も休憩も無いんじゃないか?」
「うげぇ、マジか……」
確かに樫村が言う通り、たたら場で交代した獣人達は、暫く座り込んだままで立ち上がる気力すら無いようだ。
休憩無しで8時間ぶっ通し……身体強化が使えなきゃ出来ない芸当だろう。
仕事を終えた獣人達は、重たい足を引き摺って宿舎まで戻り、質素な食事を済ませると寝床に直行していた。
次の鐘の音が鳴るまでは、ひたすら眠って体力の回復に努めるのだろう。
一方、起き出して来た一団は水浴びや洗濯などの身の回りの雑用を片付け始めていた。
こちらは、仕事に出る前にでも食事を取るのだろう。
「てか、樫村。どうやって接触するんだ。俺は竜人の姿になれるけど、それでも驚かれるだろう」
「まぁ、その辺は考えているし、対策を作ってもらっているところだ」
「作ってもらってる……何を?」
「それは、戻ってから説明するけど、追加が必要そうだな」
何を作っているのか分からないが、樫村は獣人族の奴隷解放に向けて作戦を練り始めているようだ。
鉱山の施設の見取り図を描く傍らで、別の紙に何やら数字を書き込んでいる。
「麻田、大体で構わないから、人族が何人ぐらいいるのか数えてくれ」
「分かった」
改めて数えてみると、鉱山にいる人族の人数は想像以上に少なかった。
国の根幹に関わる施設なのに、警備も恐ろしく手薄だ。
「何か罠でも仕掛けてあるんじゃないかと思って、さっきから千里眼で探しているけど、何にも無いな」
「たぶん、かなりアルマルディーヌの中に入った場所だし、獣人族が攻めて来るとは思っていないんだろう」
樫村が言う通り、チャベレス鉱山は国境線からは離れている。
空間転移魔法を使えない獣人族では、国境線を突破してアルマルディーヌの軍勢を破って進撃を続けなければ辿り着けない。
助けに来るのが大変ならば、助けた後に撤退するのも一苦労だ。
それが獣人族が、連れ去られた仲間を取り返せない理由の一つでもある。
何しろ、獣人族と人族では見た目が違い過ぎるので、外見を見れば一発で正体がバレてしまう。
少人数で姿を隠しながら侵入は出来たとしても、明るい時間には街に入れないし、大量の同族を連れての移動など不可能に近い。
「麻田、ここからダンムールまで、全員を連れて移動できるか?」
「やってみないと分からないが、たぶん無理じゃないかな。人数が多すぎる」
「だよな。10人20人というレベルじゃないもんな」
ざっと見ただけで、正確な人数は分からないが、少なくとも1万人以上の獣人がいるのは間違いなさそうだ。
それだけの人数は、さすがの俺でも一度に空間転移させるのは難しいだろう。
そもそも、失敗したらどうなるのかも分からないのだから、危険は
樫村は、描き上げた鉱山の見取り図を俺に見せ、施設ごとに見張りの位置や人数を俺に確認しながら書き添えていった。
「どうだ、樫村。何か良い作戦は思い付いたか?」
「まだ、ぼんやりとした輪郭しか出来ていないけど、一応作戦らしきものは思い付いた。後はダンムールに戻った後に細かい所を詰めて行こう」
「分かった。じゃあ、そろそろ戻るか?」
「あぁ、頼む」
樫村から受け取った画板やペンをアイテムボックスに仕舞い、それからダンムールに向かって二人で空間転移を行った。
樫村からは、もう少し作戦を練りたいので、明日の朝まで時間をくれと頼まれた。
俺の頭では単純な作戦しか考えられそうもないので、作戦の立案は樫村に頼るしかない。
俺としては、なるべく死者を出さないような作戦にしてもらいたいが、アルマルディーヌの兵士に気付かれずに全員の救出を終わらせるには難しいだろう。