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追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
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父は王様、母はスパイ、息子の私は第四王子。

 たった一日で街の空気がこれほどまでに変わるのかと、王都ゴルドレーンの住民達は困惑していた。

 前日、三人の王子によるサンカラーン遠征が発表され、いよいよ次の王が決まる時が近付いたのだと多くの者が戦果に期待を膨らませていた。


 ところが一夜明けてみると、次の王に最も近いとされていた第二王子ベルトナールの病死、サンカラーンへの遠征の中止が告知されたのだ。

 服喪期間中サンカラーンからの侵略に備えるために、サンドロワーヌとノランジェールへ2千人ずつの防衛戦力派遣も併せて発表された。


 次期国王の椅子に既に座り、後は王冠を戴くだけだとさえ言われていたベルトナールの突然の死が、病によるものだと信じる者などいない。

 第一王子アルブレヒトが王都に残り、第三王子カストマールが防衛戦力を率いるという決定に対しても、様々な憶測がなされた。


 ある者は、ベルトナールはアルブレヒトに暗殺され、これから国王ギュンターによる第一王子派の粛清が行われる予定だと語った。

 カストマールが王都を離れるのは、粛清に伴う混乱に巻き込まれないようにするギュンターの配慮であるらしい。


 またある者は、カストマールこそがベルトナール暗殺の首謀者であり、遠征の途中で国王の手の者により誅殺されるのだと、まるで自分が命令を出す場に立ち会ったかのごとく話して回っていた。

 噂話を聞く側の者達も、アルブレヒトが首謀者であろうと、カストマールが首謀者であろうと、あるいは別に黒幕がいるにしても、ベルトナールが暗殺されたことだけは確かだと思っている。


 一般市民は、噂話に花を咲かせる程度で済んでいるが、恐慌と呼ぶにふさわしい混乱を呈しているのは王都に滞在している貴族達だ。

 これまで多くの貴族は、ベルトナールが次期国王だと思い込んでいた。


 実力、実績、そして国民からの支持、どれを取っても一歩も二歩も先んじているのだから、そう考えるのが当然だろう。

 ベルトナールから要求はされなかったが、殆どの貴族が付け届けを行ってきた。


 国王の心証を損ねた貴族が没落した話など、数えればキリが無い。

 貴族にとっては王国の存亡よりも、自家の盛衰の方が遥かに重要なのだ。


 王都に滞在している貴族は、ベルトナールが毒殺されたと知っている。

 殆どの家の者が決起の宴に参加していたのだから、毒殺の事実は知っていて当然だが、誰が行ったのかが分からない。


 誰一人として存在を知らない兵馬が毒殺したのだから、分からないのは当然なのだが、分からないという事実が不安となって貴族達に圧し掛かって来る。

 次の王は誰になるのか、ベルトナールを毒殺したのは誰なのか、どこの派閥の者なのか、昨夜のうちから激しい情報戦が繰り広げられていた。


 それこそ自家の命運を左右しかねない事態ゆえに、街の住民のような軽々しい憶測は口には出来ない。

 下手な憶測を口にして、それによって所属する派閥が没落するような事態になれば、恨みを買いかねない。


 それでも、そういう状況だからこそ、それぞれの家の中では推察、憶測、単なる勘に頼った話が延々と続けられていた。

 王家から貴族の下へと届けられたのは、ベルトナールの死を知らせる書状のみで、カストマールが率いる防衛戦力への協力が書き添えられていた。


 この協力要請が、また様々な憶測の元となる。

 毒殺を行ったカストマールに協力した戦力として葬られるのではないかとか、逆に第一王子を誅殺する時のために抵抗戦力を減らす目的ではないかなどだ。


 元々、第三王子の後ろ盾として動いていた者達であっても、この機会に第一王子に乗り換える、或いは中立的立場になった方が良いのではないかと考える者や、今こそ全力でカストマールを支えるべきだと考える者など対応が分かれていった。


 住民が噂話に花をさかせ、貴族達が恐慌に陥る中、もう一人混乱している男がいる、第四王子ディルクヘイムだ。

 ベルトナールが毒殺された直後、ディルクヘイムは残った三人の王子の中で、ただ一人屋敷へと戻らされた。


 この対応について、国王ギュンターの意図が読めなかった。

 自らの手の者の情報によって、ギュンターと二人の王子による密談は深夜にまで及んだことも掴んでいる。


 まだ歳も若く才能にも乏しいと思われている故に、国の行方を左右するような話し合いに参加させるのは早いと思われたと考えるのは、いささか能天気過ぎるように思われた。

 ギュンターはそうした状況を装って、オミネスと通じている恐れのある自分を密談から遠ざけたのだと、ディルクヘイムは考えていた。


 問題は、ベルトナールの暗殺について、自分がどの程度疑われているかだ。

 母である第四王妃ジリオーラは、隣国オミネスのスパイであり、その情報によれば国王ギュンターは兄弟を暗殺して王位に就いた男らしい。


 家族に対して盲目的な信頼などするはずがないし、母との結婚も隣国との関係を考慮して行われたものだ。

 当然、ベルトナールの毒殺についても疑われているに違いないと、ディルクヘイムは思っていた。


 その一方で、まだ第一王子と第三王子が健在の状況で、自分が誅殺される可能性は低いと考えていた。

 それこそ、オミネスとの関係悪化が避けられなくなるからだ。



 ベルトナールの毒殺から更に一夜が明けた朝、ディルクヘイムの下へ国王ギュンターからの召喚状が届けられた。

 呼び出しの理由は、今後の国の運営に関する説明とあった。


 ディルクヘイムの配下の中には、城に行くのは危険だと主張する者もいたが、召喚は拒否出来ない。

 下手な理由をつけて召喚を断れば、痛くもない腹を探られることになるだろう。


 とは言え、今回の呼び出しは厳しいものとなると覚悟を固めてディルクヘイムは城に向かった。

 国王ギュンターがディルクヘイムとの会談の場に選んだのは、ベルトナールが毒殺された夜に二人の王子と密談した部屋だ。


 ディルクヘイムが部屋へと通されると、既にギュンターは一番奥の椅子に座っていた。


「お待たせいたしました」

「なに、呼びつけたのはワシだ、座って楽にするが良い」

「はっ、失礼いたします」


 ギュンターは給仕がお茶を用意し終えるのを待って、おもむろに話を切り出した。


「そなたをこの部屋に招いたのは、今日が初めてだったな」

「はい、この部屋は……?」

「ここは、国の重要な決定を行う部屋で、戸を閉めてしまえば話が外に漏れることは無い。一昨日の晩も、ここでアルブレヒト、カストマールと共に国の行く末を語った。そなたは、まだ学園で学ぶ身でもあり、国の決定に加わるにはまだ若い。だが、いずれはこの部屋での合議にも参加してもらわねばならぬ」

「心しておきます」


 国王ギュンターの呼び出しの理由が、自分の誅殺ではないかと僅かながらだが考えていたディルクヘイムは、これまでの話を聞いて少し胸を撫で下ろす一方で、まだ気持ちを緩めるのは早すぎると自分を戒めた。


「さて、本題に入る前に、ワシはそなたに謝っておかねばならぬ」

「私に、父上が……ですか?」

「そうだ。隣国オミネスとの関係を考え、そなたの母親を娶ったのだが、それは誤りだった。勘違いするでないぞ、ベルトナールの毒殺にそなた達が関係していると申している訳ではない。だが、そなた達を疑う者がいることも承知している」


 三人の兄のようにアルマルディーヌ貴族の後ろ盾を持たないディルクヘイムは、今回のようなライバルと目されている人物が毒殺されれば、疑いの目を向けられるのは当然の成り行きだ。


「そなたの母を娶ったのは、アルマルディーヌという国を知ってもらい、ワシでは築きえぬ繋がりからオミネスに広めてもらうためだ。良きにつけ、悪しきにつけ、アルマルディーヌ王国を知ってもらうことこそが、正しい友好関係の第一歩であるとワシは考えている」


 ディルクヘイムがギュンターと二人きりで治世や外交について語り合うのは、この時が初めてだった。

 ずっと野望の男だと教えられていた自分の父親が、思っているよりも広い視野で物事を見据えていることに、ディルクヘイムは驚かされていた。


「だが、内情を知らせるだけであれば、なにも妃にする必要も、子をもうける必要も無かった。このような事態になって、初めてそなた達がどのような目で見られているのか気付くなど、我ながら思慮が浅かった。そなた達に要らぬ苦労を掛けてしまった、許せ……」

「とんでもない、頭をお上げ下さい父上」


 まさか国王ギュンターが、自分に頭を下げてみせるとは思ってもおらず、ディルクヘイムは狼狽した。


「私は、例え誰に何と言われようとも、アルマルディーヌ王国の第四王子であると思っております。この身の全ては、国のために使われるべきだと考えております。もし、父上が私に国のために死ねと申されるならば、喜んで死んでみせましょう」

「ディルクヘイム、例え話であろうとも、そのような悲しい話はするな。ベルトナールを失ったばかりのワシに、そなたまで失えとでも言うのか?」

「いえ、そのようなつもりでは……軽率でした、お許し下さい」

「良い良い、どうもワシらは酷く不器用な親子のようだ。もう少し肩の力を抜いて語り合うとしよう」

「かしこまりました」


 ギュンターが茶器を口に運んだのを見て、ディルクヘイムも手を伸ばした。

 ここに来るまでは、例えギュンターが饗したものであっても口にしないつもりで来たが、語り合ったことで考えが変わった。


 お茶は語らううちに少し冷めていたが、緊張で喉が渇いていたことも手伝い、甘露といえる極上の味わいだった。

 ギュンターも味わうように茶を喫した後、おもむろに本題を切り出した。


「ディルクヘイム、この度の騒動をそなたはどう見ている?」


 茶器を置いたギュンターは、父親の顔から一国の王の顔へと変貌を遂げていた。

 底光りする瞳が、内心までも見透かすようにディルクヘイムを見詰めている。


「はい、これまでの経緯を考えれば、サンカラーンの獣人共とオミネスの魔導士が手を組んだとみるべきかと存じます」


 これまでディルクヘイムは、凡庸な王子を演じ続けてきたが、ギュンターと差し向いのこの場では、そのような演技は通用しないと判断した。


「そう考える理由は?」

「獣人族だけでは、毒殺や王城の物資を盗み出すといった手の込んだ策は成しえないでしょう。それに、手口などから空間転移魔法を使える者がいるのは確実です。身体強化や武術以外のスキルが使えない獣人には空間転移魔法を使えるものは存在しないはずです」

「人族が協力しているのは確実だが、なぜオミネスの者だと思うのだ? アルマルディーヌ王国の人間が関わっていないと何故言い切れる?」

「ベルトナール兄上を失うことがアルマルディーヌ王国にとってどれほど大きな損失か、分からない者などいないでしょう。魔導士はオミネスの者と考えるべきです」


 ギュンターはディルクヘイムの返答に、満足げに頷いてみせた。


「ならば、ディルクヘイムよ。オミネスに対して、我らは何を要求すべきだ」


 このギュンターの質問は、昨日一日ディルクヘイムが考え続けていたものだ。

 硬軟合わせて、何パターンもの答えを考えてきた。


「要求はいたしません」

「何の要求もしないと言うのか?」


 ギュンターの眉間に、不機嫌そうな皺が刻まれた。 



「はい、要求などせず、オミネスへと攻め入り、カルダットを制圧し、サンカラーンとの繋がりを分断いたします」

「なんだと……」


 ギュンターは大きく目を見開いた後、歯を剥きだすような笑みを浮かべた。


「面白い、その策は、そなた一人で思い付いたのか?」

「はい、ですが昨日一日考え続けて、ようやく思い付いたものです」

「ふむ……これほどとは思ってもいなかった。良いだろう、付いて参れ」


 唐突に席を立ったギュンターは、部屋の奥の扉を開けると、先に立って廊下を歩いていく。

 急な展開であったが、ディルクヘイムも遅れまいとギュンターの後を追って部屋を出た。


「ぐふぅ……」


 ギュンターを追って廊下へ出たディルクヘイムは、壁から突き出された複数の槍に身体を貫かれた。

 左右合計八本の槍によって串刺しにされ、支えられているディルクヘイムの所へ、ギュンターが戻ってきた。


「がふっ……なぜ……」

「オミネスの血さえ入っていなければ……勿体ないな……」


 戻ってきたギュンターの右手には、鋭く研ぎ澄まされた短剣が握られている。

 ギュンターは迷う素振りさえ見せず、ディルクヘイムの顎の下から脳天へと短剣を突き入れ、その短い生涯を終わらせた。


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