▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
追放されたけど、スキル『ゆるパク』で無双する 作者:篠浦 知螺
78/120

異世界王国記

 悲鳴、怒号、ダンスホールに吹き荒れた混乱の嵐は、ベルトナールの断末魔の痙攣と連動するかの如く静まっていった。

 ホールにいる者の中で一人だけ叫び続けているのは、ベルトナールが飲んだであろう毒入りのワインを配っていた給仕の男だ。


「私じゃありません! 本当です、私にはベルトナール様を殺す理由がありません。本当です。信じて下さい、お願いします」


 給仕の男を見下ろす国王ギュンターの瞳は、まるでガラス玉のように感情が籠っていない。


「この者の身元、家族、友人、知人、不審な者はいないか、連れ去られて脅迫の原因となっている者がいないか全て洗い出せ」

「はっ!」


 ギュンターは給仕の連行を命じた後、参列した貴族に対する聞き取りを衛士に指示を出し、治癒士にはベルトナールの遺体の安置を命じた。


「アルブレヒト、カストマール、付いて参れ。ディルクヘイム、警護の衛士を付ける、警護を固めて暫く屋敷から出るな」


 ギュンターがアルブレヒトとカストマールを連れて向かった先は、城の奥にある王の私室だった。

 普段から重要事項の決定に際して、宰相や有力貴族との密談に使われる部屋で、厳重な上にも厳重な警備の施された城の最奥に位置している。


 六人ほどが座れる円卓に、等間隔で腰を落ち着けた後、おもむろにギュンターは話を切り出した。


「既に城の結界を働かせた。ここで話す内容は、どこにも洩れぬし、余人に知られる心配は無い。これから何を話すのかなど、改めて説明する必要はないだろうが、その前に一つだけ話しておく事がある。ワシは王の座に座るまでに、二人の兄を失脚させ、自死に見せかけて命を奪った」


 ギュンターの突然の告白は、王子達にとっても初めて聞く驚くべき内容で、普段は反目している二人が思わず顔を見合わせたほどだった。


「王の座とは、生まれついた血筋によって座るものではなく、己の意志で掴みとるものだ。それ故に、そなたらがベルトナールを亡き者としたのであっても責めるつもりなど無いし、罪を問い失脚させるつもりも無い。率直に話せ、そなたらの仕業か?」


 ギュンターの問いに、まず答えたのはアルブレヒトだった。


「私は、私こそが次の王になるべき者だと常々考えております。ベルトナールごときを排斥するのに、毒殺などという小細工を用いる必要などございません」


 殊更に胸を張り、カストマールを見下ろすように言い放った言葉には、第一王子としての誇りが垣間見えた。

 続いて、ギュンターの視線に促されてカストマールが口を開く。


「私は、最も優れた者が王となり、国を治めていくべきだと考えております。ベルトナール兄上は、確かに優れた資質の持ち主ではございましたが、王としての器の大きさに欠けておりました。わざわざ私が手を下すまでもなく、早晩自ら王へと至る階段から転げ落ちていたことでしょう」


 ギュンターは、二人の答えを聞いて二度、三度と頷いた後に言い放った。


「オミネスに攻め入り、カルダットをアルマルディーヌの支配下に置く!」


 互いを王位を巡るライバルと再認識し、視線をぶつけ合っていたアルブレヒトとカストマールは再び驚愕させられた。


「父上、何故オミネスなのです。アルマルディーヌに仇成すはサンカラーンの獣人共ではないのですか?」

「仮にもオミネスは友好国です。いきなり戦を仕掛けて街を奪ったとなれば、戦は長引き、今後の取引に悪影響を及ぼします」


 席を立って声を荒げた二人に対して、ギュンターは底光りのする強い視線を向けた後、手振りで座るように促した。


「今回のベルトナールの毒殺にはオミネスが絡んでおる。なぜなら、ベルトナールが死んで得をする者は、王位を争う者以外にはおらぬからだ。お前達は、自分の派閥に属する貴族が暴走したのでは……と考えているかもしれぬが、貴族共は自分たちの利に敏い。自分達が後ろ盾となっているお前らが王になった時の利益と、ベルトナールを失う不利益を天秤にのせた場合、どちらに重きを置くべきか見誤ったりせぬぞ。お前達が手を下していない以上、この件にはオミネスが絡んでおる」


 ギュンターの言葉は、暗に毒殺されたベルトナールの方が、二人よりも有用であると貴族から思われていると示唆しているのだが、自覚があるのか、あえて触れないようにしたのか、そこについては二人は反論しなかったが、カストマールが疑問を呈した。


「ですが、父上。オミネスが関わっているとしても、国としてではなくサンカラーンの獣人に雇われた冒険者の可能性もございます」

「雇い主が誰であろうと、公的な地位に就いていようがいまいが、オミネスの者が関わっているのは明白だ。ならば当然の報いを受けさせるのみだ」

「ならば、父上。サンカラーンの獣人共には、何の報復もしないのですか?」


 あくまでも敵は獣人と思い込んでいるアルブレヒトの言葉に、ギュンターはニヤリと笑ってみせた。


「武力を行使するだけが報復ではないぞ。ノランジェールからカルダットを押さえてしまえば、オミネスの北側は我らの支配地域となる。これは、サンカラーンとオミネスを分断する形だ。鉄器や穀物の取引きが出来なくなれば、サンカラーンの獣人共にとっても大きな痛手となるだろう」


 近年、オミネスとサンカラーンの間では穀物の流通量が増えている事をアルマルディーヌでも把握している。

 食糧事情の改善は、当然国力の増強にも繋がるので目を光らせているのだが、サンドロワーヌや王城から物資を盗んでいったのが、ダンムールの兵馬であるとは気付いていない。


「しかし父上、オミネスは友好国ですし、戦となれば多くの者が死に、将来に禍根を残す事になりませんか」

「カストマールの懸念は当然だが、それでは王子を毒殺されても黙っていろと言うのか?」

「それは、抗議文を送るなり、容疑者の引き渡しを求めるなり……」

「ぬるいぞ、カストマール。次に狙われるのは己だと、なぜ思わぬ。アルマルディーヌの王族を手に掛ければ、どれほどの報いを受けるのか、オミネスの全ての民に思い知らせてやらねばならぬ。それに死人を減らす策ぐらいは考えてある」


 ギュンターの語ったオミネス侵攻作戦は、サンカラーンに対する侵攻を取りやめ、守りを固めるという名目で始められる。

 部隊を率いるのはカストマールで、サンドロワーヌとノランジェールに2千人ずつの派兵を行うという触れを出し、オミネスへも通知を行う。


 ただし、通知は対外的な工作で、実際にはサンドロワーヌに5千の増兵、ノランジェールには1万の兵を送り込む。

 派兵に際し、前触れの通り2千人には武装させ、残りの者には商人の服装をさせ、装備を積み荷として移動させる。


 ノランジェールでの集結が終わり次第、オミネスへの宣戦布告を行い一気にカルダットを目指す。

 その際、人族は降伏を受け入れ、身分も財産も保証するが、獣人族については見つけ次第処刑すると布告する。


 カルダットに対しても、人族には国がオミネスからアルマルディーヌに変わるだけで、今まで通りの生活を保証すると布告を行い、降伏を促す。


「父上、そのような詐術を用いて他国を侵略しては、王国の名折れと……」

「たわけ! アルブレヒト、貴様は下らぬ外面のために国の利益や安寧を台無しにするつもりか!」

「も、申し訳ございません」


 これまで、戦果が思わしくない時にでも、大声で叱責された事など無かったアルブレヒトは、初めて接する父ギュンターの剣幕に圧倒され反射的に頭を下げた。


「良いか、正しい者が勝つのではない、勝った者が正しいのだ。いくら格好をつけようが、負けた者の言い訳に意味など無い。これまで王位継承争いに外からの手出しが無かったから何も言っては来なかったが、次の戦は国の行く末に関わるものとなる。くだらぬプライドのために無駄に兵を損じるような戦いは許さぬ。その意味が分からないと申すなら、この場で儂が斬って捨てる!」

「い、異論はございませぬ」

「ならば、地に伏し、泥にまみれ、平民の笑い者になったとしても遮二無二勝利を掴み取れ!」

「はっ、肝に銘じます」


 ギュンターは、アルブレヒトが叱責されるのを見て、薄ら笑いを浮かべたカストマールを見据えた。


「次の戦、貴様が兵を率いると布告するのは何故だか分かるか?」

「いかに兵の損害を減らしつつカルダットを制圧するためでございますか?」

「たわけが! 次の戦いは国の行く末に関わるものとなると、たった今話したばかりだが、貴様は聞いていなかったのか。戦いの成否は、カルダットを手に入れられるか否かだ。もたもたと時間を掛けてオミネスの応援が駆け付け、カルダットを制圧しそこなえば全てが無駄になると何故気づかぬ!」

「も、申し訳ございません」


 ギュンターの厳しい叱責に、カストマールの薄ら笑いは瞬時に吹き飛んだ。


「貴様が兵の損耗を嫌う戦いをする事は、敵味方に知れ渡っておる。口の悪い者は臆病者などとぬかしておるが、平時の評価などはどうでも良いし、今回はその評判を利用する。貴様が兵を率いると聞けば、多くの者が布告の通りに守りを固めると思い込むであろう。だからこそ奇襲、速攻が成立する。良いか、降伏する人族には慈悲を与え、それ以外の者は容赦無く切り捨てて進め! 兵を惜しむな、時間を惜しめ!」

「はっ、畏まりました」


 ギュンターが人族には降伏を認め、獣人族は皆殺しにしろと命じるのは、単なる差別意識からだけではなく、敵を分断させるためでもある。

 降伏も、従来からの生活も保証されるならば、人族が戦意を保つのは難しいだろう。


 一方の獣人族は降伏すら認められないとなれば、残された手段は徹底抗戦か逃亡だが、下手をすれば昨日までの隣人すら敵になるかもしれないと考えれば、殆どの者は逃亡を選択するであろう。

 そうなれば、大きな戦いをせずにカルダットを手に入れ、同時に獣人族の排除も完了させられるというのがギュンターの狙いだ。


 ギュンターは、姿勢を正した二人をジロリと睨んだ後で、また予想外の話を始めた。


「用意が整い次第、ジリオーラとディルクヘイムは誅殺する。理由を言う必要は無いな?」


 一瞬息を飲んだアルブレヒトとカストマールだったが、視線を交わした後で揃って頷いてみせた。

 ギュンターがアルマルディーヌ王族から、オミネスとの繋がりを完全に断つつもりなのは明白だ。


 無論、二人ともディルクヘイムが自分のライバルになるとは考えていないが、存在していればオミネスの手の者に自分達が毒殺される可能性が残る。

 その意味ではギュンターの決定に異論を唱える気は無かったが、カストマールが懸念を口にした。


「父上、今第四王妃とディルクヘイムを誅殺すれば、その知らせがオミネスに届き、警戒を抱かせるのではありませんか?」

「であろうな。だから、オミネスには王位継承を巡る国内での争いであると伝える。アルマルディーヌ国内の問題であれば、オミネスは口を出せぬ。そして、こちらが国内問題だと言っているのだから、まさかそれを理由に攻め入って来るとは思わぬだろう」

「なるほど……」


 大きく頷いたカストマールに対して、アルブレヒトは顔を顰めてみせた。


「アルブレヒト、勝つためには相手を騙せ。油断させ、隙を作り、一気に切り崩せ。敵に情けを掛けるな。アルマルディーヌの王位継承を自分達の利益となるように画策する者共が、友好国と呼べるのか?」

「いいえ、奴らは敵です」

「そうだ、先に刃を振るってきたのは奴らだ。再び友好関係を築きたくば、相応のツケを払ってもらわねばならぬ」


 この後、三人による話し合いは、途中不審者が二人の兵を殺して城外へと逃亡したらしいという知らせによって一旦中断されたが、最終的には深夜まで続けられた。


  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。